レトロな事件簿

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
31 / 309
3章:違い

1 注文

しおりを挟む
 次の日も私は、お店に来ていた。昨日の雨も朝方には、完全に止み、夏の匂いが感じられるほどの暑さだった。
 店内は冷房が効いたが、万年長物のインナーを着ている私とっては、冷房は苦手だった…。
 「古川さん、その箱何ですか?」
 
 開店準備のため、本日のおすすめメニューの看板を手書きしていた時、古川マスターが段ボール箱を抱えて、休憩室から出てきた。
 「九条様が来てから、お見せしようと思います。彼の方が、多分扱い方を心得ていると、思いますので。」
 少し自慢げに話す、古川マスターを見るのは初めてだった。
 「そうですか…。それはそうと、おすすめはどうします?」
 「今日は、暑いですから、グァテマラにしましょう。一昨日、SHBも入荷できましたし。」
 
 SHB(ストリクトリー・ハードビーン)というのは、コーヒーの銘柄・『グァテマラ』の品質格付けの最高峰に位置づけられ、標高一三五〇メートル以上の高地で収穫される、上質の珈琲である。
 フルーツの様な酸味とチョコレートの様な甘味が特徴的な豆で、深入りしても甘味が潰れにくいことから、ブレンドのベースとしても使われる。
 アイスにしてもスッキリとした味わいがあるため、この時期にはぴったりのコーヒーである。
 
 「飲みたそうな顔していますね?」
 古川マスターが優しく聞いてきた。
 「まだ、開店前ですので、一杯くらい構いませんよ。」
 「じゃぁ、お言葉に甘えます。」
 
 このお店の売りは、メニューや銘柄が方なだけではない。煎り度合や抽出方法も指定できる。
 煎り方は『浅』『中』『深』の三通りだが、実際は八段階ある。
 そのため、常連や通の方になると、事前に指定してくることもある。
 また、裏メニューって程でもないが、要望に合わせてオリジナルのブレンド作ることもあり、時期やタイミングによっては、希少な豆が入荷することがある。
 コーヒーに困ったらここに来れば、解決するほど、『珈琲喫茶』とは名ばかりではない。
 
 古川マスターは棚から、ステンレス製の蓋つきのタンブラーを取り出した。
 それにしても、暑い…。看板を置くため、店外に出た。大通りからは、ビル一本分離れているとは言え、車が通るたびに、熱風が体をかすめる。
 急いで、店内に戻った。
 「暑いですね…。」
 「えぇ、昨日降った雨のせいで、湿度も上がっていますからね…。」
 そういうと、タンブラー差し出してきた。
 「温目に入れましたので、お好きな時に。」
 「ありがとうございます。」
 そうこうしている間に、格子戸が開いた。
 
 「いらっしゃいませ。」
 振り返りながら、入り口の方を見た。
 「香織ちゃん、来たよ~。」
 入り口に立っていたのは、彩と寧々だった。
 「寧々、彩!きてくれたんだ!」
 驚いて、少し大きい声を出してしまった。
 「香織様のお知り合いですか?」
  古川マスターがカウンターから、こちらを覗いた。
 「はい、大学の友人です。」
 「そうでしたか。では、カウンターにどうぞ。」
 古川マスターがお冷をコップを二つ、並べて置いた。それに合わせて二人も座った。
 「ごめんね、連絡入れば良かったんだけど、急遽行こうってなって…。」
 彩が申し訳なさそうに話す。
 「構わないよ、寧ろ来てくれてありがとう。」
 私は、心の底からそう思った。
 
 「それにしても、香織ちゃん。それ、似合ってる。」
 寧々が品定めする様に私をまじまじと見た。彩も頷く。
 「そんなことないよ…。それより、注文はどうする?」
 褒められ慣れてないので、慌てて話を逸らす。
 「そっか、じゃぁ私アイスコーヒー!」
 寧々は元気よく注文したが、彩はあたりをきょろきょろ見回す。それを見て寧々も「そっか」と呟いた。
 「古川さん、苦くないコーヒーって出せますか?」
 私が聞くと、古川マスターも何か察したのか、「とっておきのがあります」といい、カウンター脇の倉庫に入って行った。
 「ごめんね…。」
 彩がまた申し訳なさそうに謝った。
 「大丈夫、古川さんもプロだから、彩の納得のいく物、淹れてくれるはず。」
 「ありがとう…。そういえば、九条さんは?」
 「彼は、早くても昼頃にならないと…。」
 その時また、格子戸が開いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

死者からのロミオメール

青の雀
ミステリー
公爵令嬢ロアンヌには、昔から将来を言い交した幼馴染の婚約者ロバートがいたが、半年前に事故でなくなってしまった。悲しみに暮れるロアンヌを慰め、励ましたのが、同い年で学園の同級生でもある王太子殿下のリチャード 彼にも幼馴染の婚約者クリスティーヌがいるにも関わらず、何かとロアンヌの世話を焼きたがる困りもの クリスティーヌは、ロアンヌとリチャードの仲を誤解し、やがて軋轢が生じる ロアンヌを貶めるような発言や行動を繰り返し、次第にリチャードの心は離れていく クリスティーヌが嫉妬に狂えば、狂うほど、今までクリスティーヌに向けてきた感情をロアンヌに注いでしまう結果となる ロアンヌは、そんな二人の様子に心を痛めていると、なぜか死んだはずの婚約者からロミオメールが届きだす さらに玉の輿を狙う男爵家の庶子が転校してくるなど、波乱の学園生活が幕開けする タイトルはすぐ思い浮かんだけど、書けるかどうか不安でしかない ミステリーぽいタイトルだけど、自信がないので、恋愛で書きます

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

アルファポリスで書籍化されるには

日下奈緒
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスで作品を発表してから、1年。 最初は、見よう見まねで作品を発表していたけれど、最近は楽しくなってきました。 あー、書籍化されたい。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

アルファポリスで規約違反しないために気を付けていることメモ

youmery
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスで小説を投稿させてもらう中で、気を付けていることや気付いたことをメモしていきます。 小説を投稿しようとお考えの皆さんの参考になれば。

処理中です...