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2章:想い
9 贈物
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「もう一つ、聞いていいですか?」
私は、カウンター越しに座る彼に聞いた。
「あの時、“嘘”つきましたよね?その時からわかってたんですか?」
そう、れとろのバイトを彼が誘ってくれた時、私は履歴書なんて持っていなかった。そもそも、バイト自体は探しては居たが、なかなか面接まで漕ぎつけていなかった。
当時、彼が嘘をついた意味が分からなかったが、今なら何となく分かる気がする。
「人は、念を押すとき、大事なところを複数回、反復させる。『香織。宮本香織。』
普通なら、下ではなく、上の名前の方が覚えて貰いやすいから、ほとんどの人の場合は、上の名を強調する。」
彼は、マキネッタにコーヒーの粉を詰めながら、ゆっくりとした口調で説明してくれた。
「なのに、君は下の名前を二度言った。わざわざ、苗字もちゃんと言ったのに…。無意識なのかどうかは分からないけど、共通するのは、『宮本』という名を呼ばせない為ってことは、理解したよ。
食堂での再会は本当に偶然だよ。たまたま、行ったら君を見かけて、聞き耳を立ててしまった。そしたら案の定、君は下の名前で呼ばれていた…。」
マキネッタとミルクの入った鍋をコンロに掛け、再度腰を下ろした。
「そこまで、頑なに苗字を呼ばせないのは、呼ばれたくないから。理由は憶測だけど、多分、君の家庭に何かあったんだろうなとは、想像できたよ…。」
「でもどうして、“あの時“じゃなくて、“今“だったんですか?」
ある程度温まった、ミルクをメッシュタイプのフォーマーに入れ、摘まみを上下させる。どうやら、カプチーノを作っているようだ。
「あの時は本当に試すつもりではなかった。
一度気になってしまったから、さり気なく探ろうとしただけ…。
でも君は、僕の嘘に嘘で返した…。それ以上は踏み込んじゃいけないと思ったよ。なのに君は僕の誘いに乗ってしまった。」
店内にコーヒーの良い香りが広がる。
エスプレッソはイタリア発祥のコーヒーで、そのまま飲むと、濃くて苦い感じがするが、味のバランスは絶妙に仕上がり、砂糖を入れることで、完成する。ただ、他の抽出方法とは違い、圧力をかけるので、濃厚に淹れられるが、その分時間が掛かるため、抽出量は少量になってしまう。
更に、これだけ濃いコーヒーなのに、カフェインが他のコーヒーと比べ、少ないのも魅力の一つである。
「君も本当は助けて欲しかったんじゃないかい?」
彼はカップに入れたエスプレッソにミルクを注ぎ込む。
「泣くことも、人を信じることもできない。叫びたいけどそれすら諦めてしまった、自分を嘆いた。だから、君はここで働くことを決意した。」
「おっしゃる通りです…。ようやっと抜け出せたと思ったのに、夜眠れない日が続いて、全然だめでした…。九条さんに誘われたとき、何故かは分かりませんが、何とかしてくれるかもと期待しました。」
補足する様に、答えた。
「ごめんね、もっと早く手を打つべきでした。でも、なかなか決定打が無くてね…。」
彼がカウンター越しに言った。
「いえ、貴方が謝る必要ありません。むしろ、感謝してます…。ありがとうございました。」
下げた頭を今井さんが優しく撫でた。
「ところで、さっきから何やってるの?」
今井さんが彼に訊ねた。
それに対して、彼は微笑みながら答える。
「僕の手品はまだ終わっていませんからね…。それ、もう開けていいよ。」
彼が、紙袋を指さした。
ゆっくりと開封した…。
「え?どうして…?」
私は、彼の顔見た。
「僕からプレゼントします。」
中から出てきたのは手のひらサイズのクマのマスコットの縫いぐるみだった。
サイズは小さいが、おじいちゃんから貰ったものと同じ物だった。
「どうです?あってますか?君の欲しかったもの。それともう一つ。」
最後に、「よし」と言い、私の前にソーサーを置いた。
「君が今日からコーヒーの所為にしなくて良い様に、カフェインを少なめにしました。」
そう言いながら、ソーサーに持っていたティーカップを置いた。
「あら~。」
最初に声を上げたのは、今井さんだった。
そのティーカップから、可愛らしいクマがこちらを覗いていた…。
私は、カウンター越しに座る彼に聞いた。
「あの時、“嘘”つきましたよね?その時からわかってたんですか?」
そう、れとろのバイトを彼が誘ってくれた時、私は履歴書なんて持っていなかった。そもそも、バイト自体は探しては居たが、なかなか面接まで漕ぎつけていなかった。
当時、彼が嘘をついた意味が分からなかったが、今なら何となく分かる気がする。
「人は、念を押すとき、大事なところを複数回、反復させる。『香織。宮本香織。』
普通なら、下ではなく、上の名前の方が覚えて貰いやすいから、ほとんどの人の場合は、上の名を強調する。」
彼は、マキネッタにコーヒーの粉を詰めながら、ゆっくりとした口調で説明してくれた。
「なのに、君は下の名前を二度言った。わざわざ、苗字もちゃんと言ったのに…。無意識なのかどうかは分からないけど、共通するのは、『宮本』という名を呼ばせない為ってことは、理解したよ。
食堂での再会は本当に偶然だよ。たまたま、行ったら君を見かけて、聞き耳を立ててしまった。そしたら案の定、君は下の名前で呼ばれていた…。」
マキネッタとミルクの入った鍋をコンロに掛け、再度腰を下ろした。
「そこまで、頑なに苗字を呼ばせないのは、呼ばれたくないから。理由は憶測だけど、多分、君の家庭に何かあったんだろうなとは、想像できたよ…。」
「でもどうして、“あの時“じゃなくて、“今“だったんですか?」
ある程度温まった、ミルクをメッシュタイプのフォーマーに入れ、摘まみを上下させる。どうやら、カプチーノを作っているようだ。
「あの時は本当に試すつもりではなかった。
一度気になってしまったから、さり気なく探ろうとしただけ…。
でも君は、僕の嘘に嘘で返した…。それ以上は踏み込んじゃいけないと思ったよ。なのに君は僕の誘いに乗ってしまった。」
店内にコーヒーの良い香りが広がる。
エスプレッソはイタリア発祥のコーヒーで、そのまま飲むと、濃くて苦い感じがするが、味のバランスは絶妙に仕上がり、砂糖を入れることで、完成する。ただ、他の抽出方法とは違い、圧力をかけるので、濃厚に淹れられるが、その分時間が掛かるため、抽出量は少量になってしまう。
更に、これだけ濃いコーヒーなのに、カフェインが他のコーヒーと比べ、少ないのも魅力の一つである。
「君も本当は助けて欲しかったんじゃないかい?」
彼はカップに入れたエスプレッソにミルクを注ぎ込む。
「泣くことも、人を信じることもできない。叫びたいけどそれすら諦めてしまった、自分を嘆いた。だから、君はここで働くことを決意した。」
「おっしゃる通りです…。ようやっと抜け出せたと思ったのに、夜眠れない日が続いて、全然だめでした…。九条さんに誘われたとき、何故かは分かりませんが、何とかしてくれるかもと期待しました。」
補足する様に、答えた。
「ごめんね、もっと早く手を打つべきでした。でも、なかなか決定打が無くてね…。」
彼がカウンター越しに言った。
「いえ、貴方が謝る必要ありません。むしろ、感謝してます…。ありがとうございました。」
下げた頭を今井さんが優しく撫でた。
「ところで、さっきから何やってるの?」
今井さんが彼に訊ねた。
それに対して、彼は微笑みながら答える。
「僕の手品はまだ終わっていませんからね…。それ、もう開けていいよ。」
彼が、紙袋を指さした。
ゆっくりと開封した…。
「え?どうして…?」
私は、彼の顔見た。
「僕からプレゼントします。」
中から出てきたのは手のひらサイズのクマのマスコットの縫いぐるみだった。
サイズは小さいが、おじいちゃんから貰ったものと同じ物だった。
「どうです?あってますか?君の欲しかったもの。それともう一つ。」
最後に、「よし」と言い、私の前にソーサーを置いた。
「君が今日からコーヒーの所為にしなくて良い様に、カフェインを少なめにしました。」
そう言いながら、ソーサーに持っていたティーカップを置いた。
「あら~。」
最初に声を上げたのは、今井さんだった。
そのティーカップから、可愛らしいクマがこちらを覗いていた…。
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