レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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2章:想い

8 昔話

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 泣き止むまで、結構な時間が掛かった。
 それまで、今井さんが、背中を摩ってくれ、古川さんが蒸しタオルを準備してくれていた。
 彼はというと、私がやるはずだったコーヒーゼリー用のコーヒーを作っていた。
「ここからは、自分で話せますね。」
 彼が、優しく言った。
 私は、こくりと頷く。
 「私が生まれた時は、まだ、普通の一人の人間でした。
 歯車が狂いだしたのは、妹生まれてからでした…。」


 今から十五年前、私に妹が生まれました。私は当時二歳でした。
 その直後から、両親は私を『姉だから』というだけで、色々我慢させられることが増えました。ここまでなら、普通の家庭でも変わらない。
 ですが、それが区別じゃなく、差別だと気が付いたのは、小学二年の時でした。

 妹には洋服や髪留め、玩具などは全部新品で、誕生日やクリスマスは必ず妹の希望が通りました。私には、文具系のみ。
 でも一度だけ、四歳の誕生日に母方のおじいちゃんが大きいクマの縫いぐるみをくれました。そのおじいちゃんは、その年のクリスマスを待たずして、亡くなりました。それが、私への最初で最後の愛情でした。
 母はそれが気に入らなかったのか、区別は次第に差別に変わり、妹ばかりを可愛がる様になりました。父は最初こそは若干妹寄りではありましたが、気が付けば出張のお土産は私の分だけ無くなっていました。
 小学校への入学式は両親とも来てはくれたものの、形だけ。他の子が親に手を引かれながら帰って行く光景に私は入れませんでした。

 成績が良ければ、両親たちも見直してくれる。と思いながら、勉強や運動は人一倍頑張りました。ですが、二年の夏休みの自由研究が校内で賞を取り、それを報告したとき、『あっそ』で済まされ、完全に心が折れました。
 子どもながら、何しても無駄だと知り、成績も人並みに落としました。
 それから、妹が同じ学校に入学してきて、私の唯一の逃げ場だった学校生活も終わりました。
 我儘に育った妹は、家でも学校でも虐めてきました。取り巻きも徐々に増え、毎日のように私物や文具などは隠され、壊され、捨てられました。

 唯一の癒しは、例のクマの縫いぐるみだけ。それを触っているときだけは、嫌なことを忘れられていました。
 事件が起きたのは、その年の秋でした。学校から帰宅すると、自室とは名ばかりの押し入れから、クマの縫いぐるみが消えていました。すぐに妹の仕業だと気付き、妹のいる部屋に行きました。でも、もう手遅れでした。
 その縫いぐるみは捨てられて、その日の朝に回収されていました。流石の私も泣きました。
でも、その日の夜、妹は或る事無い事母親に報告し、私は『躾』と称され、お風呂場で熱湯を右肩に掛けられました。
 その時の感覚は今でも覚えています。流石の妹もそこまでされるとは、想像していなかったのか、引き攣った顔をしていたのは、何故か印象的だった。
 
 その日を境に私は泣くのも辞めました。『躾』もその一回だけで、目に見えての暴力はありませんでした。ですが、それでも私に対する接し方は変わらず、旅行や外出は全て私抜きでした。
 修学旅行の費用まで出していなかったのには、驚きはしなかったですが、流石に悔しかったです。当然その件で担任や教頭たちが連日説得しに来ていました。が、四回目以降は諦めた様でした。
 高校に進学。と言っても、地元じゃぁ、名前を書けば合格できる様な、底辺校でしたが。
 そこで、真由美と知り合いました。彼女の実家は地元では有名な旅館でした。女将さんや麻由美にはざっくりと事情を話し、高校三年間の夏休みや長期休みを利用して、住み込みで働いていました。高校卒業したら、上京するために…。
 女将さんの協力もあり、給料や通帳等は全て管理してもらっていました。その時に、厨房で働いていた方から、コーヒーを淹れてもらって、これは使えると思いました。
 両親たちは私に興味がないので、一ヶ月いなくとも、気にしていなかったようです。
 
 「そして、ようやっとあの家を抜けられました…。今の学費はおじいちゃんの最後の施しで何とかなっています。」
 所々、言葉に詰まりながらも、話した。今井さんは、涙ぐみながら聞いてくれていた。古川さんは、時々相槌を淹れてくれていた。
 「そうですか…。」
 彼は、腕組みをしながらそう呟いた。
 「はい…。今日はだから久々に泣けました…。」
 コーヒーを啜った…。
 泣いたからだろうか、話を聞いてもらったからだろうか、少しだけ、楽になれた気がした…。
 
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