レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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2章:想い

4 甘味

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 「彩ちゃん、帰ったのかい?」
 遠野さんが厨房からひょっこりと顔を出した。
 「何だい、君たち知り合いだったのか、おじさんびっくりだよ。」
 「同じ大学のね。」
 「ほぉ。じゃ、彩ちゃんも本職のコーヒー貰いな。」
  遠野さんが九条さんを指で示しながら言った。
「本職?もしかして、香織ちゃんのバイト先の?」
 私はこくりと頷く。
 「へぇ、近々寧々と行く予定だったけど、まさかこんな所で飲めるなんて。」
 彩が嬉しそうに言いながら、背負っていたリュックを近くの壁に立てかけて、私の隣に座った。

 「私は、ここの手伝いとしてよく来るの。まぁ、場所が場所だから、時間あるときしか来れないんだけどね。」
 「彩ちゃん…でしたっけ?」
 船瀬さんがカウンター越しに話しかける。
 「はい。遠野彩夏です。そこのおっちゃんは私の叔父です。」
 「それで…。」
 納得した。彼女のことは、『彩』としか呼んでいなかったから、上の名前を聞いたことがなかった。
「僕は九条です。よろしく。」
船瀬さんが出来上がったコーヒーを出しながら言った。
 「…美味しい…。」
 彩が一口啜りながら言った。
 「彩がコーヒー飲んでるところ初めて見たかも…。」
 私も思わず口を零してしまった。

 「私も、コーヒーってこんなにすっきりしてるとは思わなかった…。」
 不思議に思った。私に出されたコーヒーは、いつも飲んでいる味だったからだ…。
 「ちょっと、私にも飲ませて…。」
 そう言い、彩のコーヒーに口を付けた…。確かに私のより、少し甘味が強い気がした。香りからして、同じ豆、同じ煎り方なのは分かった。ここまで、味の出方が違うとなると…。
 「もしかして…。」
 「流石に香織ちゃんは分かっちゃいましたか…。そ、蒸らし方と豆の量が香織ちゃんと彩ちゃんとで、それぞれ違うんです。
 彩ちゃんの分だけ、甘味を少し強めにしてみました。」
 
 淡々と説明する船瀬さんに私も感心してしまった。でも、謎が一つ残る。
 「へぇ…。でも、どうして私がコーヒー苦手だと?」
 そう、彼女がコーヒーが苦手なことをさっき知り合ったばかりの船瀬さんが知る訳がない。
 「顔ですよ…。さっき、遠野のおっちゃんが“コーヒー貰いな”って言った時、一瞬眉が上がったのが見えました。だから、もしかしたらコーヒー苦手なのかなと…。極めつけは、香織ちゃんの顔です。あれだけ、心配そうな顔をしてしまえば、決定打になってしまいますよ。」
 「わ、私そんな顔してました?」
 私は、慌てて聞き返す。しかし、船瀬さんが右手の人差し指を立て、左右に振って見せた。まるで、“まだまだ”と言っている様な感じがした。
 「お待ちどう様でーす。」
 遠野さんがお盆にあんみつを三つ乗せて持ってきた。それぞれ、私たちの前に置いた。
 彩と私のあんみつには、サクランボやミカン、キウイなどフルーツがたくさん乗っていた。船瀬さんの方は、フルーツ系は私たちのよりは多くないが、抹茶アイスが大きいのが印象的だった。
 
 黒蜜を掛け、一口頬張った。コーヒーを飲んだ後だからだろうか、ものすごく美味しい…。テレビでも紹介されただけはあるなと、内心思った…。
 「…美味しいです、遠野さん。」
 「そいつは良かった。」
 遠野さんがニコニコ顔で返してくる。
 「うん、変わらない味だ。」
 「変わるのは、俺の年だけで充分だ。」
 たまに冗談を交えてくる、遠野さんが本当に良い人だと思った。

 「彩は羨ましいなぁ、こんな美味しいものしょっちゅう食べれて…。」
 おもむろに、彩の方をみた…。忘れていた。この娘、甘いもの食べると必ず幸せそうなまるで仏様の顔になる…。寧々は“幸せスマイル”と言って、毎回拝んでる…。
 「本当に好きだね…甘いもの…。」
 「うん…大好き…。」
 私は、ちらりと船瀬さんを見た。いや、雰囲気からして、船瀬さんではない。この感じは一条さんだ…。その一条さんが懐かしむように、彩の“幸せスマイル”を見つめていた。
 「九条さん?」
 ぼそりと呟くように名前を呼んだ。
 すると、急に我に返ったのか、船瀬さんに戻った。
 「あぁ、ごめん。昔彩ちゃんみたいに甘いもの食べる人が居てね。それを思い出してた。」
 声は、はっきりとしていたものの、私にはどこか、寂しそうに聞こえた。
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