22 / 309
2章:想い
3 知人
しおりを挟む
時刻は十一時を回ったくらい。私と九条さんは、“甘味処 甘王”到着した。お店の外見は、一言で言うなら、『森』だった。というのも、建物を取り囲むかのように、木々が生い茂り、そこを割くように、飛び石と玉砂利が敷き詰められた通路の様なものがこっそりと覗いていた。通路の入り口向かって右側には申し訳程度に石レンガの壁に看板の様なものが見える。
通路は枝が伸びまくっており、私はギリギリ立って歩けるが、九条さんは頭を低くしないと通れないほどだ。ようやっと見えた建物はまるで茶室のような出で立ちだった。これぞ『侘び寂び』という感じの空間だった。
入り口はどこかで見たことある様な格子状の漆塗りの引き戸だった。
しかし、少々立て付けが悪いのか、九条さんが開けるとガタガタと大きい音が静寂の森に木霊した。
ようやっと見えた店内は、テレビで紹介されたとは思はないほど、閑散としていた。
「遠野のおっちゃん、居るかい?」
九条さんが声を掛けるが、誰も出てくる気配がない。
「留守じゃないですか?」
「いや、居るよ。ちょっと待ってて。」
そう言うと、彼は店の奥に消えていった。私は入り口近くの長椅子に腰を下ろした。
店内はすごく小さい。短いカウンターには二席。四人掛けのテーブル席が二組。奥に座敷形式の席が二組。狭い空間が好きな私にとってはとても居心地の良いところだった。
しばらくすると、奥の方から笑い声とともに、九条さんと優しそうな中年の白髪交じりのおじさんが出てきた。
「…じゃぁ、それで腰を痛めたと?」
「そうなんだよ、やっぱり年には敵わないね。」
「そもそも、厨房で居眠りする癖を何とかしなよ、だから客が来ても気付かないんだよ。」
「間違いないな、はは。」
「あの…。」
凄く楽しそうだったが、ほったらかしにされるのも癪なので、声を掛けた。
「あ、紹介するよ。バイトの香織ちゃん。」
「宮本香織です。よろしくお願いします。」
「遠野嘉です。この人からはおっちゃんって呼ばれるけど、それほど年は取ってないはずだから。」
遠野さんが九条さんを親指で指す。
「さっき年には敵わないって言ったばかりだろ…。」
「それより、こんな可愛らしい娘雇って、客も黙ってないんじゃないか?」
「客が来ないよりは、儲かってるよ。」
「ひどい事言いなさる…。さて!何にいたしましょう!」
急に寿司屋の店主みたいな口調になったのには、私も笑ってしまった。
「僕は、抹茶あんみつで。」
いつの間にか、九条さんから船瀬さんに変わっていた。
「お嬢さんは?」
「じゃぁ、同じ彼と同じので…。」
特にメニューを見る暇もなかったので、そういうしかなかった。
「フルーツとか好きにトッピングできるけど、どうします?」
船瀬さんが訊ねてくる。
「僕は特に何も乗せてないけど…って、何笑ってるんですか…。」
遠野さんがニヤニヤしていた。
「“彼”だって。か・れ。」
そこを強調されるとは思はなかった。私が無言でいると、まずいと思ったのかトッピングの話に戻した。
「そ、そう、トッピング。何にする?」
「お任せします。」
「おっちゃん、あまりウチのバイト、いじめないでくれるかい?」
船瀬さんが注意してくれた。
「それは失敬しました。」
申し訳なさがみじんも感じられない、ニコニコ顔で謝ってくる。
「じゃぁ、あんみつ作ってくるから、コーヒーとか勝手に淹れて飲んでて。」
「客にやらせるのか…。香織ちゃんコーヒーでいい?」
船瀬さんがあきれた口調で呟き、カウンターの中に立った。これまた慣れた手つきで、コーヒーの器具を棚の中からポンポンと出していく。
「ここで働いてたことあるんですか?」
あまりの手際の良さに、思わず質問してしまった。
「まぁね。ただ、今みたいに、手伝わされてただけですけど…。」
そう答え終わった時だった。ガタガタと立て付けが悪い格子戸が開いた。
「おっちゃん、来たよ~。あれ?」
私は驚いた。格子戸を開けて入ってきたこのこじんまりとした可愛らしい女の子は見慣れた娘だったからだ。背中には身の丈程の長方形の板状のリュックを背負っていた。
「香織ちゃん?どうして?」
間違いない…。
「彩こそどうして…。」
つい、同じ質問をしてしまった…。
通路は枝が伸びまくっており、私はギリギリ立って歩けるが、九条さんは頭を低くしないと通れないほどだ。ようやっと見えた建物はまるで茶室のような出で立ちだった。これぞ『侘び寂び』という感じの空間だった。
入り口はどこかで見たことある様な格子状の漆塗りの引き戸だった。
しかし、少々立て付けが悪いのか、九条さんが開けるとガタガタと大きい音が静寂の森に木霊した。
ようやっと見えた店内は、テレビで紹介されたとは思はないほど、閑散としていた。
「遠野のおっちゃん、居るかい?」
九条さんが声を掛けるが、誰も出てくる気配がない。
「留守じゃないですか?」
「いや、居るよ。ちょっと待ってて。」
そう言うと、彼は店の奥に消えていった。私は入り口近くの長椅子に腰を下ろした。
店内はすごく小さい。短いカウンターには二席。四人掛けのテーブル席が二組。奥に座敷形式の席が二組。狭い空間が好きな私にとってはとても居心地の良いところだった。
しばらくすると、奥の方から笑い声とともに、九条さんと優しそうな中年の白髪交じりのおじさんが出てきた。
「…じゃぁ、それで腰を痛めたと?」
「そうなんだよ、やっぱり年には敵わないね。」
「そもそも、厨房で居眠りする癖を何とかしなよ、だから客が来ても気付かないんだよ。」
「間違いないな、はは。」
「あの…。」
凄く楽しそうだったが、ほったらかしにされるのも癪なので、声を掛けた。
「あ、紹介するよ。バイトの香織ちゃん。」
「宮本香織です。よろしくお願いします。」
「遠野嘉です。この人からはおっちゃんって呼ばれるけど、それほど年は取ってないはずだから。」
遠野さんが九条さんを親指で指す。
「さっき年には敵わないって言ったばかりだろ…。」
「それより、こんな可愛らしい娘雇って、客も黙ってないんじゃないか?」
「客が来ないよりは、儲かってるよ。」
「ひどい事言いなさる…。さて!何にいたしましょう!」
急に寿司屋の店主みたいな口調になったのには、私も笑ってしまった。
「僕は、抹茶あんみつで。」
いつの間にか、九条さんから船瀬さんに変わっていた。
「お嬢さんは?」
「じゃぁ、同じ彼と同じので…。」
特にメニューを見る暇もなかったので、そういうしかなかった。
「フルーツとか好きにトッピングできるけど、どうします?」
船瀬さんが訊ねてくる。
「僕は特に何も乗せてないけど…って、何笑ってるんですか…。」
遠野さんがニヤニヤしていた。
「“彼”だって。か・れ。」
そこを強調されるとは思はなかった。私が無言でいると、まずいと思ったのかトッピングの話に戻した。
「そ、そう、トッピング。何にする?」
「お任せします。」
「おっちゃん、あまりウチのバイト、いじめないでくれるかい?」
船瀬さんが注意してくれた。
「それは失敬しました。」
申し訳なさがみじんも感じられない、ニコニコ顔で謝ってくる。
「じゃぁ、あんみつ作ってくるから、コーヒーとか勝手に淹れて飲んでて。」
「客にやらせるのか…。香織ちゃんコーヒーでいい?」
船瀬さんがあきれた口調で呟き、カウンターの中に立った。これまた慣れた手つきで、コーヒーの器具を棚の中からポンポンと出していく。
「ここで働いてたことあるんですか?」
あまりの手際の良さに、思わず質問してしまった。
「まぁね。ただ、今みたいに、手伝わされてただけですけど…。」
そう答え終わった時だった。ガタガタと立て付けが悪い格子戸が開いた。
「おっちゃん、来たよ~。あれ?」
私は驚いた。格子戸を開けて入ってきたこのこじんまりとした可愛らしい女の子は見慣れた娘だったからだ。背中には身の丈程の長方形の板状のリュックを背負っていた。
「香織ちゃん?どうして?」
間違いない…。
「彩こそどうして…。」
つい、同じ質問をしてしまった…。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。
面白ミステリー『名探偵マコトの事件簿』
naomikoryo
ミステリー
【少年の心を持つ、ミステリー好きユーザーにお届けします】
——ある日、消えた消しゴム! 逃げたハムスター! ぺちゃんこになったボール! そして…消えた校長先生の椅子!?
この学校、事件が多すぎるッ!!
だけど安心してくれ! この学校には、名探偵がいるのだ!!
その名も……
名探偵マコト!(小学4年生)
テレビの探偵ドラマに憧れて、学校中の「事件」を解決しまくるぞ! でも、毎回どこかちょっとズレてる気がするのは…気のせい!?
そんなマコトを支えるのは、しっかり者の学級委員長 早紀!
「真人、また変なことしてるでしょ!」って、ツッコミながらもちゃんと助けてくれるぞ!
そしてクラスメイトの 健太、翔太、先生たち まで巻き込んで、ドタバタ大騒ぎの探偵ライフが始まる!
果たして、マコトは本物の名探偵になれるのか!? それともただの 迷探偵(?) のままなのか!?
大爆笑まちがいなし! 事件の真相は、キミの目で確かめろ!!
鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~
さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。
第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。
* * *
家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。
そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。
人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。
OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。
そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき――
初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる