レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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2章:想い

3 知人

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 時刻は十一時を回ったくらい。私と九条さんは、“甘味処 甘王”到着した。お店の外見は、一言で言うなら、『森』だった。というのも、建物を取り囲むかのように、木々が生い茂り、そこを割くように、飛び石と玉砂利が敷き詰められた通路の様なものがこっそりと覗いていた。通路の入り口向かって右側には申し訳程度に石レンガの壁に看板の様なものが見える。
 通路は枝が伸びまくっており、私はギリギリ立って歩けるが、九条さんは頭を低くしないと通れないほどだ。ようやっと見えた建物はまるで茶室のような出で立ちだった。これぞ『侘び寂び』という感じの空間だった。
入り口はどこかで見たことある様な格子状の漆塗りの引き戸だった。
 しかし、少々立て付けが悪いのか、九条さんが開けるとガタガタと大きい音が静寂の森に木霊した。
 ようやっと見えた店内は、テレビで紹介されたとは思はないほど、閑散としていた。

 「遠野のおっちゃん、居るかい?」
 九条さんが声を掛けるが、誰も出てくる気配がない。
 「留守じゃないですか?」
 「いや、居るよ。ちょっと待ってて。」
 そう言うと、彼は店の奥に消えていった。私は入り口近くの長椅子に腰を下ろした。

 店内はすごく小さい。短いカウンターには二席。四人掛けのテーブル席が二組。奥に座敷形式の席が二組。狭い空間が好きな私にとってはとても居心地の良いところだった。
 しばらくすると、奥の方から笑い声とともに、九条さんと優しそうな中年の白髪交じりのおじさんが出てきた。
 「…じゃぁ、それで腰を痛めたと?」
 「そうなんだよ、やっぱり年には敵わないね。」
 「そもそも、厨房で居眠りする癖を何とかしなよ、だから客が来ても気付かないんだよ。」
 「間違いないな、はは。」
 「あの…。」
凄く楽しそうだったが、ほったらかしにされるのも癪なので、声を掛けた。

 「あ、紹介するよ。バイトの香織ちゃん。」
 「宮本香織です。よろしくお願いします。」
 「遠野嘉です。この人からはおっちゃんって呼ばれるけど、それほど年は取ってないはずだから。」
 遠野さんが九条さんを親指で指す。
 「さっき年には敵わないって言ったばかりだろ…。」
 「それより、こんな可愛らしい娘雇って、客も黙ってないんじゃないか?」
 「客が来ないよりは、儲かってるよ。」

 「ひどい事言いなさる…。さて!何にいたしましょう!」
 急に寿司屋の店主みたいな口調になったのには、私も笑ってしまった。
 「僕は、抹茶あんみつで。」
 いつの間にか、九条さんから船瀬さんに変わっていた。
 「お嬢さんは?」
 「じゃぁ、同じ彼と同じので…。」
特にメニューを見る暇もなかったので、そういうしかなかった。
「フルーツとか好きにトッピングできるけど、どうします?」
 船瀬さんが訊ねてくる。
 「僕は特に何も乗せてないけど…って、何笑ってるんですか…。」
 遠野さんがニヤニヤしていた。
 「“彼”だって。。」
 そこを強調されるとは思はなかった。私が無言でいると、まずいと思ったのかトッピングの話に戻した。
 
 「そ、そう、トッピング。何にする?」
 「お任せします。」
 「おっちゃん、あまりウチのバイト、いじめないでくれるかい?」
 船瀬さんが注意してくれた。
 「それは失敬しました。」
 申し訳なさがみじんも感じられない、ニコニコ顔で謝ってくる。
 「じゃぁ、あんみつ作ってくるから、コーヒーとか勝手に淹れて飲んでて。」
 「客にやらせるのか…。香織ちゃんコーヒーでいい?」
 船瀬さんがあきれた口調で呟き、カウンターの中に立った。これまた慣れた手つきで、コーヒーの器具を棚の中からポンポンと出していく。

 「ここで働いてたことあるんですか?」
 あまりの手際の良さに、思わず質問してしまった。
 「まぁね。ただ、今みたいに、手伝わされてただけですけど…。」
 そう答え終わった時だった。ガタガタと立て付けが悪い格子戸が開いた。

 「おっちゃん、来たよ~。あれ?」
 私は驚いた。格子戸を開けて入ってきたこのこじんまりとした可愛らしい女の子は見慣れた娘だったからだ。背中には身の丈程の長方形の板状のリュックを背負っていた。
 「香織ちゃん?どうして?」
 間違いない…。
 「こそどうして…。」

 つい、同じ質問をしてしまった…。
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