レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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1章:香り

8 交換

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 それから、なるべく関係ないことを質問して、話の内容を色々変えた。
 くだらない話にもちゃんとは笑いながら答えてくれた。


 車が止まったのは、大きめのサービスエリアだった。テレビや雑誌でも数えきれないほど紹介されていたのは、流石の私でも覚えている。
 十五分ほど休憩とのことで、九条さんと別れた。
 
十五分とは、短いようで長い。私は店内に入り、名物のメロンパンとコーヒーを購入し、車の近くまで戻った。彼は、まだ戻っていなかった。当然だが、鍵はかかっている。
 仕方なく、ベンチに腰を下ろした。

 世の中には色んな人が居て、色んなことを隠して、生きている。私にも言えない秘密があった。だが、さっきの彼の口ぶりだと、私の秘密もあらかた、知られてしまっている可能性がある。
 
 彼が話したように、いずれ、私も…。

 チリーン。

 耳元で鈴の様な音がした。音のする方を向いたら目の前に可愛らしい猫のキーホルダーだった。

 「こう見えて、収集癖があってさ。こういうの見ると思わず、買っちゃって…。せっかくだからあげるよ。」
 そう言ったのは、九条さんだった。

 持っていた、キーホルダーを私の手のひらに置いた。

 「ごめん、待った?顔色悪いみたいだけど、大丈夫?ちょっと酔った?」
 「いえ、ちょっと考え事してて…。」

 九条さんはまたしても、微笑んだ。

 「そんなに思いつめることないと思うよ。話したい事は話さなくていいし、話したくなったら話せばいい。」
 九条さんは、私の隣に座った。
 「九条さん強いんですね、そんな話を会って数日しかたってない私にできるくらいに。」
 
 私は、思ったことを言った。何というか、彼がうらやましかった。
 
 「私は、そういうの昔からできなくて…。人の顔色見て、行動するのが癖になって…。」
 そう言った後、彼が優しく微笑みこういった。


 「君も君で、君なりの強さを持っていると、僕は思っているよ。そろそろ、行こうか。」
 九条さんは立ち上がり、車に向かった。
 
 「あ、九条さん、キーホルダー、ありがとうございます。代わりになるか、わかりませんが、これ…。」
 私は、メロンパンを差し出した。九条さんが振り返り、私の持っている、メロンパンを見つめた。
 すると、彼が一瞬目を瞑った。

 「九条さん?」
 彼はゆっくりと目を開ける。それと同時に自分の手のひらを眺めていた。
 「九条さん、メロンパン、食べますか?」
 「えぇ、頂きます。それと、今の僕は、九条ではなく、“船瀬幸一”と申します。ちなみに、この間君にコーヒーを出したのは、僕です。」
 「え?」
 思わず聞き返してしまった。

 人格が変わっても、声が変わる訳でもなければ、顔が変わる訳でもない。だけど、口調と雰囲気が何となく違う。

 「僕は、美味しそうなものに目がなくてね?何か食べるときや飲むとき、料理するときは僕が担当しています。」

 とてもにこやかな顔だった。九条…いや、船瀬さんはメロンパンを受け取り、一口頬張った。彼は、一言美味しいと述べ、改めて車に向かった。私は彼を追いかける様に、車に向かった。
 

 目的地のワインショップに到着したのは、休憩後、約一時間後の十一時前ころだった。

 「どんな人格に代わっても、僕のことは、九条という名前で通してください。」
 車から降りる前に、船瀬さんが言った。先ほどの休憩所でメロンパンを食べてから、ずっと船瀬さんの人格のままだった。
 「一応世の中には、九条で通していますので…。大丈夫です、記憶は共有していますので。」
 と言い、車を降り、店内に入っていった。

 店内には当然のことながら、ワインがたくさん並んでいた。私はお酒に詳しくないので、ただ眺めるしかなかった。
 すると、店の奥から九条さんと同じ身長ほどの青年が出てきた。
 「九条、久しぶりだなぁ。何だぁ、彼女かこの色男!」
 青年が九条さんの肩を叩きながら言った。私の方もチラチラと見てくる。
 「違いますよ、彼女はバイトの娘です。特にやましい事なんてありませんよ。」

 九条さんは肩を掃い、男性と握手する。
 「紹介します。彼は僕の古い友人で、ここのワインショップを経営している、月島康平。」
 「よろしく。」
 月島さんが、ニコッとした顔で手を差し伸べた。
 「宮本香織です。よろしくお願いします。」
 差し出してきた手を握った。

 「早速だが、件の物を…。」
 九条さんが月島さんの肩を掴んだ。
 「おう、ちょっと待っててな。」
 そう、言い残し店の奥に消えていった。

 その間、九条さんと店内のワインを見て回る。もちろん私はワインにも疎い。九条さんが所々説明してくれているが、へぇーと相槌を打つしかなかった。
 「お待たせ。」
 そう言い、月島さんがワイン片手に戻って来た。
 「ありがとう…。」
 九条さん手を伸ばした。しかし、その手がワインを掴むことがなかった。九条さんは「どういうつもりか」と訊ねた。
 
「これ手に入れるの、結構苦労したんだがなぁ。」
 といい、ワインを高々と上に掲げる。
 「もちろんお支払いはします。」
 九条さんも少し、ムッとしたように答える。
 「いや、金は要らん。ただ、少し頼み事がある。」
 そう月島さんが言った後、九条さんが目を閉じた。
 「お、察しが良いな。君の出番であってるよ、。」
 「え?」
 思わず声が出た。
 「話してみな。怪しい香りは大好物だ。」
 
 九条さんの目つきが変わった。

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