探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅩ:潜入捜査

#6

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 私は、裏にある、ブランケットを、引っ張り出し、彼の上に、掛けてやった。
もう、5月とはいえ、地下にあるこの事務所は、まだ、肌寒さを感じる。おまけに、事務所内には、まだ、エアコンは、設置されていない。ビルに、元々、設置されている、空調は、一括管理されており、既に、冷房に切り替わっていた。
 風邪を引かれて、うつされでもしたら、堪ったものではない…。ただ、それだけの理由だ。

 まだ16時だったが、この後、仕事の依頼もなく、事務処理も、出かける前に、終わらせていたので、今日は、帰ることにした。
 事務所の扉を開け、何時もの階段に、差し掛かった時だった。
 スーツを着た男が、一人、階段の踊り場に立っていた。男の顔は、覚えている。今日、私が、調査に参加した、『浮気調査』の依頼人の男性だ。
 今日で、結果は、出た物の、彼への、報告は、まだ、後日になる。だから、彼が、今日ここに来る、予定は、入っていない…。
 「あの?ウチに何か?」
 このフロアは、地下駐車場に、直結している部分を除けば、ウチしか、テナントは入っていない。だから、地下二階まで、降りてくる人物の、大半は、私たちの事務所に、用が、ある人たちだ…。
 「今回の調査、金なら、幾らでも出しますので、“妻が、浮気をした”ってことに、してもらえませんか?」
 男性は、踊り場に立ったまま、深々と、頭を下げた。
 私は最初、彼の言葉の意味を理解できなかった。そのため、
 「はい?」
 と、素っ頓狂な、返事で、返してしまった。
 「ですから、どんな結果になろうと、“妻が浮気した”って証拠を、捏造して下さい。」
 更に、噛み砕いて、再度、私に説明した。
 「それって、証拠をでっちあげろって事ですか?」
 「早い話、そう言う事です。」
 それは、無理な相談だった。私たちは、まだ、立ち上げてから、日も浅い、小規模な探偵屋。依頼者たちのとの、信頼関係が、まだ、発展途上だ。だから、自分たちの仕事に、最初から、泥を塗るわけには、いかない。
 「それは、ウチの社長と、直接相談してください。」
 良い言い訳が、見つからず、結局、宮間に丸投げする様な、形になってしまった。
 私は、そそくさと、彼の脇をすり抜け、上の階に、足を踏み入れた、その瞬間、パーカーのフードの部分を、引っ張られ、踊り場の壁に、叩き着けられた。
 幸い、頭は打たなかったものの、勢いがあったため、暫くの間、身体に、鈍い痛みと、吐き気を催すような、気持ち悪さが、走った。
 「こっちとら、下手に回って、頭下げてるんだからよ、少しは、融通利かせてくれよ…。」
 痛みで悶えていると、そう耳元で呟いた。
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