探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅨ:人質事件

#13

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 銃を下ろした、三島は、深いため息を吐いた後、こう語り出した。
 「三年前にも、お前みたいな刑事が居たら、少しは、変わったのかもしれないな…。」
 「三年前、一体何があったんだ?お前の今回の騒動は、警察の態度や対応に対しての、憎しみじゃ、ないだろ?」
 

 三年前の今日、当時は、日が高く昇り、茹だる様な暑さだったのを、よく覚えて居る。俺は、女房との結婚を機に自衛隊を辞め、消防職員として、働いていた。
 その日は、珍しく緊急発進がなく、『平和だな』と同僚と、話していた。
 女房は、定期健診で、電車に乗って、大きな総合病院に向かっていた。事件は、その帰りに起きた。
 女房は、俺の晩飯を買うために、駅ビルに入っている、スーパーに寄っていた。それがまずかった。
 贔屓目が、在ったとしても、俺の女房は、とても美人とは言えない。だが、母性の根源の様な、包容力があった。
 だから、俺の友人や知人、男女問わずに、人気があった。
 犯人の男も、女房のその魅力に、一目惚れしたらしく、買い物を終えた彼女の後を着け、当時は古いビルが建って居た、この場所で、犯行に及んだ。
 買い物袋に、俺の好物だった、ビーフシチューの、材料が、入っていたことから、それが判明した。駅ビル内に設置されていた、監視カメラの映像で、男の素性が浮かび上がった。男の、知人や友人への、聞き込みで、男の性格が、分かった。
 これだけ、証拠がそろって居ながら、俺は、犯人の顔を見ることも、謝罪を受けることもなかった。あったのは、慰謝料と損害賠償で支払われた、大金だけだった。
 俺にとっては、何の価値もない、ただの紙切れだった。俺の女房と、未だ見ぬ息子が、たった1.5億程度の金で、代わりになるはずがない。
 それを、何度も警察、検事、裁判官に訴えたが、状況が覆る事はなく、事件は解決したと、世間には、報じられた。
 
 それから、俺は、どうやって、この三年間、生きてきたのかも、よく解らなかった。
 職場の同僚や知人からは、励ましや、気を遣うメールやメッセージが届いていたが、何も心に響かなかった。
 親類からは、カウンセリングや、気晴らしなどを提案されてはいたが、全て、無視していた。
 それ程、俺の感情は、死んでいた…。いや、これも、“彼奴”に殺されたと言っても、過言ではない。
 
 「その男の正体は、誰だったんだ?」
 「今は、副総理、当時は、幹事長、『本堂宗久』の次男、『本堂誠人』だ。」
 三島のその言葉に、息を飲む声が店内に響いた。
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