探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅥ-ⅱ:癒しの森

#6

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 その言葉に背中を押され、私は楽器を組み立てた。
 手入れはしていたものの、組み立てるのは、本当に久々だった。それでも、身体は覚えている物で、ものの30秒程度で組み立て終わり、リードを湿らせた。
 少し怖い気がしたが、それでは前に進まない…。
 そう自分に言い聞かせ、楽器に口を着けた。
 『理想』の音はイメージせず、ただ、音を出すことを考え、息を送り込んだ。
 
 音が出た。

 それに驚いたが、身体は吹くのを辞めさせてくれなかった。
 決して美しいとは言えない音だったが、静かな森の中に、木霊する程、透き通った純粋な音だった。
その音が、私の息が続く限り、この空間に鳴り響いた。
 「で、出た…。」
 私が驚いていると、芥子さんが拍手した。
 「“初心忘るべからず”とは、よく言ったものね。」
 「初心…。」
 私が音楽を始めたきっかけは、仲の良い友人に誘われたからだった。
 音の出し方すら分からなかった、私は、兎に角音を出すことを考えていた。
 今の感覚もその時と全く一緒だ。
 それがいつしか、『よりいい音を』、『より良い技術を』と、欲張るようになった。
 私は、そんな単純な事すら、忘れていたとは…。

 「ありがとうございました。」
 頭を深々と下げた。一年半、躓いていたことが、やっと解明できたのだ、これ以上嬉しいことは無い…。
 すると、芥子さんは首を横に振った。
 「貴女がさっき、治したいと思ったから、こうしてまた吹ける様になったのよ?
 今まで、ずっと自分に対して、消極的だったから、治す隙も無かった。ただそれだけ…。」
 「それでも、切っ掛けを作ってくれたのは、芥子さんの協力があったからです。」
 すると、今まで横になっていた日下部さんが、むくりと起き上がった。
 「お礼なら、智実さんに。」
 「智実さんに?」
 ショウ君のお母さんの名前だ。
 「実は、今回の一件、智実さんが全額出してくれました。
 俺が個人的に依頼受けた事になっているから、そもそも費用なんて無いって伝えたら、だったら、真田さんを助けて欲しいって頼まれて。」
 「私も昨日会ってきたけど、ずっと貴女の事、気にかけてた見たいよ?
 やりたい事一杯あるだろうにって…。」
 あの人、今は自分の事でも手一杯だというのに…。
 私は結局、周りに助けてもらってばかりだ…。自分では、何もする事ができない…。
「そんな事は無いはずよ?貴女が動かなければ、智実さんも救われなかっただろうし、病気を治す頃すらできなかった。
 貴女は、自分で、最良の手段を選んでた。それだけで、十分すぎる程よ?」
 その言葉だけでも、嬉しかった。目に沁みない筈の、ユーカリの香りが、この時ばかりは、凄く強烈に感じた。
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