探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅥ-ⅱ:癒しの森

#4

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 私の通っていた学校は、言うほど強豪校だった訳では無いが、過去に何度か全国大会に出場する程の、実力校だった。
 特に私たちの世代は、入部員数も多く、人数制限のある大会やコンクールに出場するには、周りに認められる程の実力と腕が必要だった。
 更に、音楽経験など一切ない私は、人一倍努力が必要になる。
 だから、毎日血の滲む努力をした。幸いなことに、先輩や同期達は私を見限る事なく、練習に付き合ってくれた。
 その甲斐あり、冬の少人数でのコンクールでは、校内予選を勝ち抜き、最終的には県大会まで出場することができた。結果は、所謂『ダメ金』だった。
 その悔しさを糧に、またひたすら練習し、学年が変わる頃には、『練習の鬼』とまで言われる様になった。
 だがそれは、自分が振り落とされないようにする為でもあった。
 楽器は、休んだ分だけ周りから遅れるといわれる程、シビアな物。私には休んでいる暇は無かった。
 努力は確かに裏切らなかったが、それ以上の事は何もなかった。
 主力メンバーに選ばれ、色々なコンクールや演奏会に行くことは増えたが、それで満足ではなかった。
 結局、『次』があるため、いつも気が抜けなかった。一度上に立ってしまえば、それを維持す必要も出てくる。
 実際、私の同期で二人、後輩や別の同期から、その場を奪われた人もいた。
 次は自分が…。そう思うだけで、気が気ではなかった。
 だから練習に明け暮れた。楽しむ為ではなく、誰かに認められる為に…。
 手に入れてきた技術も才能も、人に気に入られる為の、模造品でしかなかった。
 そんな音楽もありなのかもしれないが、個人的には、好きではない。無意識の内に、そんな音楽を避けようとしていたのかもしれない。
 一頻り泣き、独り言のようにその事を話した。
 「自分の『好き』な物と『理想』な物は、必ずしも同じとは限らない。
 貴女はただ、理想を自分に押し付けすぎてしまっただけ。その所為で、自分の求める物が分からなくなったのかもね。」
 芥子さんがそう言い、コーヒーを啜った。
 確かにそうだ。私は好きでもないことを、理想として押し付け、それを強要してきた。
 満足いかなければ、何度もやり直させた…。挙句、出来上がったのは、周りが満足するだけの音楽だ…。
 「どうすれば、治りますかね…。」
 私は、もう分からなかった。芥子さんに聞いたところで、答えが出るかどうかなんてわからない…。
 すると、芥子さんは、また微笑み、話し出した。
 「ちょっと、着いてきて。」
 そう言いながら立ち上がり、リリィとジャックを起こした。
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