探偵注文所

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
108 / 281
ファイルⅥ-ⅱ:癒しの森

#3

しおりを挟む
 「さて、本題に入ります。」
 芥子さんはそう言うと、自分用のコーヒーを淹れ、私と向かい合う様に椅子に腰かけた。
 「ジストニア。真田さんはどこまで、自分の病気について知ってるの?」
 マグカップの湯気越しにそう訊ねてきた。
 私は、医者に言われたことをそのまま話した。ストレスが原因で起こる、運動障害だという事。ストレスの原因は正確な反復練習。
 私は、中学三年間、ほぼ毎日楽器を触り、練習していた。難しい曲があれば、身体が慣れるまで。音色に納得いかなければ、ちゃんとしたイメージが付くまで…。
 それ程私は、音楽と楽器に漬かっていた。そんな生活をしていれば、いずれ、こうなることはも、何となくだが予想はしていた。
 だから、病気に関しては、納得しているし、割り切った部分もある。
 「治療方法があるのは知ってるよね?」
 「知ってます。ですが、そこまでして治そうとは思ってません。」
 病院では、治療方法などの紹介もされたが、何故か受診する気にはならなかった。
 「楽器が吹けなくなったのは、ちょっと残念ですが、音楽の楽しみ方は他にも色々ありますし…。」
 「ちょっと?」
 「え?」
 芥子さんの言葉は、口調こそ優しかったものの、冷たく感じた。
 「“ちょっとだけ”残念だったの?」
 「ちょっとではないです…。かなり残念です。」
 「何が残念?」
 「楽器を…演奏できないこと…?あれ…?」
 何かが違う気がした。楽器が演奏できなくなった事は、確かに悔しかったが、それはもう割り切った。
 では何故、未だに楽器を手元に置いてるのか…。
 私の自前のサックスは、メーカーこそ有名どころではないが、知らないことなどないくらい、その楽器を知り尽くしていた。
 上ずりやすい音やメッキが剥がれている箇所…。
 愛着があるとは言え、今でも毎日磨いたり、凹みが無いか、観察している。
 内心、もしかしたらを期待しているのかもしれない…。
 それなのに、毎日のように落ち込んでいる…。他人の演奏を聴いては、羨ましいと思う事さえある…。
 「それ、楽しめてるの?」
 その瞬間、頭を強打されたような感覚が襲った。目の前は暗くなり、呼吸も乱れ、吐き気もしてきた。
 何故か、ボロボロと涙も溢れてきた。
 
 私は、ずっと、音楽をしていなかった。病気になるずっと前から…。
 「毎日が必死でした。音楽経験なんて、ほとんどないから、他の人達に置いて行かれない様に、毎日死に物狂いで…。
 両親には、楽器も買ってもらって、より一層、手を抜いたらダメだと思ってて…。」
 笹井さんの背中を摩られ、泣きながらそんなことを伝えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説投稿サイトの比較―どのサイトを軸に活動するか―

翠月 歩夢
エッセイ・ノンフィクション
小説家になろう エブリスタ カクヨム アルファポリス 上記の4つの投稿サイトを実際に使ってみての比較。 各サイトの特徴 閲覧数(PV)の多さ・読まれやすさ 感想など反応の貰いやすさ 各サイトのジャンル傾向 以上を基準に比較する。 ☆どのサイトを使おうかと色々試している時に軽く整理したメモがあり、せっかくなので投稿してみました。少しでも参考になれば幸いです。 ☆自分用にまとめたものなので短く簡単にしかまとめてないので、もっと詳しく知りたい場合は他の人のを参考にすることを推奨します。

日常探偵団2 火の玉とテレパシーと傷害

髙橋朔也
ミステリー
 君津静香は八坂中学校校庭にて跋扈する青白い火の玉を目撃した。火の玉の正体の解明を依頼された文芸部は正体を当てるも犯人は特定出来なかった。そして、文芸部の部員がテレパシーに悩まされていた。文芸部がテレパシーについて調べていた矢先、獅子倉が何者かに右膝を殴打された傷害事件が発生。今日も文芸部は休む暇なく働いていた。  ※誰も死なないミステリーです。  ※本作は『日常探偵団』の続編です。重大なネタバレもあるので未読の方はお気をつけください。

継母ですが、娘を立派な公主に育てます~後宮の事件はご内密に~

絹乃
キャラ文芸
母である皇后を喪った4歳の蒼海(ツァンハイ)皇女。未来視のできる皇女の養育者は見つからない。妃嬪の一人である玲華(リンホア)は皇女の継母となることを誓う。しかし玲華の兄が不穏な動きをする。そして玲華の元にやって来たのは、侍女に扮した麗しの青年、凌星(リンシー)だった。凌星は皇子であり、未来を語る蒼海の監視と玲華の兄の様子を探るために派遣された。玲華が得意の側寫術(プロファイリング)を駆使し、娘や凌星と共に兄の陰謀を阻止する継母後宮ミステリー。※表紙は、てんぱる様のフリー素材をお借りしています。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

家電ミステリー(イエミス)

ぷりん川ぷり之介
ミステリー
家にある家電をテーマにいろいろな小話を作りました。 イヤミスと間違えて見に来てくれる人がいるかなと思い、家電ミステリー、略して“イエミス”というタイトルをつけました。厳密にいえば、略したら“カミス”なのかもしれませんが大目に見てください。ネタ切れして、今や家電ミステリーですらありませんが、そこも大目に見てください。 あと、ミステリーと書いてますが、ミステリーでもホラーでもなく単なるホラ話です。

犬と殺人と夜の散歩

あらら
ミステリー
木村太郎は、普段はぐーたら刑事で仮眠室で寝ているが事件が起こると頭脳明晰な天才刑事になる。一瞬で事件解決します。

仮面の裏の虚像

Ms.ward 19
ミステリー
○作品紹介  変わりのない高校生活を送っている椎名悟。友人である佐藤誠一から問われた。「正義とは何か」それぞれの思いが交錯する中で突如起こった事件。椎名悟はあるきっかけで事件の真相を追うが、その最中で第二の事件。不可解な点が見られる事件の真相は何なのか。 ○主な登場人物 ・椎名悟→主人公 ・佐藤誠一→友人 ・桑原智久→友人 ・桜田椿→友人 ・桜田楓→桜田椿の妹 ・川上隼斗→生徒会長 ・山下大五郎→クラスの担任 ・安倍→大男 ○作者よりコメント  (注)この作品は、暴力シーンを含みます  物語の都合上、人物が多々登場します。困惑しないために名前を省略するときがあります。ご了承下さい。  出来るだけリアルに、フェアに書きたいと思って書いています。もし真相を自ら明かしたいと思われた方は最終章を読む前に推理することをお勧めします。なおミステリーは第1章の終盤から始まります。始めから読んでもらえれば幸いです。  因みに表紙画像がバベルの塔です。色々ある中から1番見やすいものを選ばせていただきました。  最後に、処女作ですので暖かい目で読んで頂ければ幸いです。

処理中です...