探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅥ:詐欺捜査

#16

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 自宅から、5分程歩いたところに、小さな公園がある。私が小さい頃は、ブランコなどの遊具もあったのだが、2~3年前に、老朽化が原因で撤去されてしまった。今では、砂場と水飲み場、ベンチと時計があるだけで、閑散としている。
 「それは大変だったねぇ…。」
 公園の入り口近くにあったベンチに三人で腰を下ろした。時刻は16時半を刻み、日も傾き始めていた。
夏至も終わり、後はお盆を待つだけの7月。本来なら、夏の大会に向けて忙しくなっていた筈だ…。
大変だった。私の話を聞いた、家族を含めた皆がそう言う…。楽器が、ある日突然吹けなくなった。そう言われても、現実味が湧かないのかもしれない。私自身、理解するのにかなりの時間を要したわけだから、仕方がない…。
 スポーツの世界に、イップスがあるように、音楽の世界にも、それは存在する。フォーカルジストニアの原因は未だよくわかっておらず、確立された治療法も存在せず、カウンセリングの様な物を行っている。更に、精神的な病気の為、治るかどうかは私自身にある…。
 ただ、今は治そうとういう気には、とてもなれない。

 「私、音楽に嫌われたんですかね…。」
 嫌われるという事が、これ程凶悪で恐怖的な物だとは思いもしなかった。そんな事を悩んだ時点で、どうにかなる物でもなかったが、少しでも、『音楽が出来ない』に言い訳が欲しかった。
 嫌われたのなら、諦めが付く…。
 「それは、私でも分からないねぇ…。ただ、好きだったものが、離れて行く時は、何かが無くなったときだよ…。」
 おばあさんがゆっくりとした口調で、諭す様に話し始めた。
 私とおばあさんの間に座っていた男の子が、 目をこすり始め、私に凭れ掛かってきた。
 「この子には父親がいなくて、母親とも一緒に暮らせなくて…。」
 この子は、隼也というらしい。彼の母親は三年ほど前に、結婚詐欺に遭い、お金だけむしり取られ、捨てられた。
 母親の両親は既に他界しており、頼れる親類も居なかった。更には、身重になっており、どうすることも出来なかった…。
 やっとの思いで産んだは良いものの、お金もなく、産まれて間もない彼を、施設に泣きながら預けに来たらしい。
 「『私が充分稼げるまで、お願いします。』って、冬の寒い時期に来て…。この子にはセーター巻かせて、自分は薄着で…。」
 母親は、休みの日とかを利用して、彼に会いに来ているらしい…。
 「この子は当然母親の事は好きだろうし、母親もまたしかり…。どっちかが欠ける事は、あってはならない…。好きだった物が無くなれば、お互い苦しいだろうし、託された周りも辛い…。
 貴女も、もしかしたら、知らないうちに、無くした物があるんじゃない?」
 少し、情けなく感じた…。
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