探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅥ:詐欺捜査

#14

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 そこは、児童養護施設だった。歌い方は幼いながらも、元気いっぱいの声は、音楽好きの私には、とても心地の良いものだった。
 開いていた窓から、こっそりと覗くと、小学校低学年あるいは、幼稚園生くらいの子どもたちが、先生が引いている小さなピアノを囲んでいる。
 「あの…。」
 声を掛けて来たのは、物腰柔らかそうな、おばあさんだった。つい、見とれてしまい、周囲を気にする余裕がなくなっていた。ここの職員だろうか…。まだ二歳にもならない様な小さい男の子の手を引いていた。
 いや…今の私は、凄く怪しいのではないだろうか…。
 「す、すみません。決して怪しい者とかではなくてですね…。」
 否定すればするほど、怪しくなる。まぁ、高校の制服を着ているのだから、無駄に焦る必要はないのだが…。
 「す、すみませんでした!」
 それでも、気が動転していた私は、考えるより先に、謝罪の言葉を言い、足早にその場を去ってしまった。今思えば、その行為こそ一番怪しいのだが…。
 帰宅し、私は自室に籠った。母親が夕飯に呼びに来る19時頃まで、特に何をするでもなく、ベッドに横になり、ボーっとしていた。
 最近はいつもこんな感じだった。何というか、何もかもやる気が出なかった。それほど私は、音楽に依存していた。
 楽器を吹けていた頃は、今のこんな自分を一ミリも想像できなかった。両親や兄は気を遣って、私の前で音楽や部活の話はしなくなった。
 それはそれで、私も辛かった。音楽一家という訳でもない為、尚更…。
 暫くし、私がウトウトしていると、母親が呼びに来た。夕飯まではまだ時間があるというのに、何事かと思い、一階に降りた。
 すると、先ほどのおばあさんと男の子が玄関に立っていた。
 私は驚き、思わず目を見開いた。すると、おばあさんは、持っていた物を差し出してきた。それは、私の生徒手帳だった。
 「さっき、落としていったでしょう?ないと困ると思って、届けに来ました。」
 「あ、ありがとうございます…。」
 「楽器、やられていらしたんですね。」
 「え?」
 「申し訳ないとは思ったけど、中、拝見させて貰いました。」
 この生徒手帳は、本当に手帳型になっており、最期のページに自宅の住所等が記入できるようになっている。私の場合、住所と自宅の電話番号だけ書いていた。あとは、表紙の裏に中三の夏の大会で撮った記念写真と自分の楽器の写真を挟めていた。
 「ま、まぁ…。でも、最近は…。」
 この次の言葉が出てこなかった。何て言えば良いのか…。
 そう言えば、私がジストニア症になってから、病気の事を話した事があるのは、友人のたった数人しかいなかった。
 見ず知らずの人には、何と説明すればいいのだろうか…。
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