探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅣ:天木涼子の捜査記録

#5

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 起きるのも嫌だった。目を覚ますたび、あの憂鬱な時間が待っていた。現実の方が、全て悪い夢だったらと何度も思っていた。
 今でも、あの時の事を、思い出してしまう…。もう大丈夫だと、分かってはいるが、一度経験すれば、簡単には拭えない。それが、『孤独』という、私にとっての、最も凶悪で冷たい、凶器だった。
 だが今は、不思議と、嫌な感じはしなかった。まるで、柔らかい物で包まれている。そんな、安心感があった…。

 目が覚めたのは、あれから数時間後だった。時計を見ると、もう20時になろうとしていた。
 結構、熟睡していたらしく、頭がボーっとしている。
 次第に、焦点が合い、ここが、事務所のソファの上だと言うのが、解った。
 「やっと起きた…。」
 身体を起こすと、それに気が付いたのか、柏木の声が響いた。勉強中だったのか、手元のテーブルには、分厚い本や筆記用具が広げられている。
 彼女だけでなく、宮間や土屋、入院していた筈の日下部まで揃っている。宮間と土屋は、暇なのか、ポーカーをしている。日下部はと言うと、相変わらず、ウトウトとしている。
 「よく眠れました?」
 「あ、う、うん…。それより、猫は?」
 「猫は、コージ君が、無事に飼い主の所に、届けました。」
 一安心し、固まった身体を伸ばした。すると、自分の服から、ほんの僅かだが、ラベンダーの香りがする。
 アロマだ…。あの時、マキさんの纏っていた匂いは、安眠効果のある、ラベンダーの香りだった。そのお陰か、久々にぐっすりと、眠れた。
 「これから、皆で何か食べに行くつもりだけど、無いに食べたい?」
 「ん~…。しゃぶしゃぶ…。」
 特に食べたかったわけではないが、何となく、そう答えた。
 「よっしゃ!」
 嬉しそうに反応したのは、土屋だった。どうやら、寝ている間に、私がなんと答えるか予想していたらしい。
 「じゃぁ、しゃぶしゃぶしに行きますか。」
 トランプを仕舞いながら、宮間が発した。
 結構自分でも、意外な答えを述べたはずだが、ドンピシャで当てるとは…。土屋慎介、恐ろしい男だ。
 ただ、彼だからこそ、当てられたのだろう。
 今は、昔と違い、目を開ければ誰かが居る。私が眠っていても、邪魔することなく、待っていてくれる。身体に異常があれば、気に掛けてくれる。多少、イジってくる人も居るが、昔の過激なものに比べれば、大したことない。
 10年前には、とてもじゃないが、想像すらしなかった環境だ。こんな環境を作ってくれた、彼も含めて、皆には感謝しかなかった。
 「皆。」
 今では、思ったこともすぐに、言えるようになった。
 「リューも起こしてやって…。」
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