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ファイルⅢ:行方不明調査
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事件から一夜明けた。クマちゃんには、早速捜査を依頼した。ある男を探ってもらっていた。私はというと、都心のとある地下鉄のホームに居た。ある人を待っていた。時刻は八時少し前。地上はオフィス街だけあり、スーツ姿の男女が多く行きかっている。
私は、階段裏にあるベンチに腰を下ろし、その人が来るのを待った。
来る確証はないが、今の状況を打開してくれるのは、彼しかいないと思っていた。行きかう人々の中、彼に似た人を見つけては、目を光らせる。
すると、一人の男性がこちらに近付き、数席分離れて、私の隣に座った。男は無言のまま、スマホを弄っていた。間違いない、彼だ。久々に会うと、いくら私でも、緊張する。何から話していいのか分からない。喉も乾いてきた。
「あ、あの、久しぶり…だね…。」
彼は無言のままだ。そのスマホを弄る長い指先。全てを見透かしている様な、鋭い目。胸元に下げているそのリングは、私が今はめているこのリングと一緒だ。
「元気だった?」
「世間話しに来たの?僕も暇じゃないんだけど。」
「そうだよね…。あの、調べて欲しい…事がある…ます。」
言葉がうまく出てこない。そのお陰で、普段使わない敬語が出てしまった。それに、彼が声を上げて、小さく笑った。席を立ちあがり、私の隣に移動してきた。
「らしくないね。前はそんなに、おしとやかだった?」
「誰の所為だと…思ってるんですか…。」
また小さく笑った。
「話は聞いているよ。力にはなるが、あまり期待しないでくれよ。昔とは違うんだ。」
そう言うと、立ち上がり、私の頭にその大きな手を乗せた。この感覚も懐かしい。
「強くなったな。」
頭を何度か撫でながら、そう呟いた。
「終わったら、戻るよね?」
その質問に、深く頷いた。
すると、遠くで彼の名を呼ぶ、女性の声が聞こえた。それに釣られる様に、「じゃぁな」とだけ、言い残して、来た道を戻って行った。
声を掛けた女性は、歳や身長はカエと変わらない。髪は内側にカールしたセミロング。
目が合う前に、私もその場を後にした。
昔のことを思い出していたのは、集中治療室で眠る彼もだった。いや、夢を見ていた。
生れてすぐ、両親に捨てられた彼は、海を渡り、とある紛争地域に居た。生まれて十年。名前はあるが、戸籍も国籍も真面なものがない彼らは、武装集団を鎮圧するための武装集団に所属していた。彼みたいな存在は、都合がよく、幼い頃から、銃の扱い方や体力作りを強要されていた。男も女も関係なく。
「今日はなかなか引かないね。」
装甲車の裏で身を潜めていた、金髪の女性が話しかけてきた。
彼女は『アキラ』生まれは日本らしいが、本当のところは不明。慣れた手つきで、マガジンを外し、弾を詰めっていく。
「あの人たちも、生活が懸かってるからね。」
装甲車の下に潜り、ライフルを構えているのは、後の日下部である。当時は、『竜司』という名前はなく、アジア人というだけで、『リュウ』と呼ばれていた。
「生活ね…。私たちは、生れてからずっと、命がけで生きているのに。」
「僕らは、ただの数字だからね。生きているだけ。」
それを言い終え、四回引き金を引いた。彼の放った弾丸は、敵の武装車両のタイヤに全弾命中した。車両が傾き、乗っていた兵の何人かが、滑り落ちた。さらにその兵一人に向けて、赤いレーザーポインターを照射する。それに気付き、慌てて撤退していく。
「やるねぇ…。」
双眼鏡で見ていたアキラが、呟いた。
「今日はもう戻ろう。」
ライフルを彼女に持たせ、三日前に就任したばかりの隊長を背負った。もう既に冷たくなっており、重い。それでも、彼を持ち帰らなければならない。それが、彼が生きた唯一の証だから。
「また減ったね…。」
走りながら彼女がそう呟いた。装甲車から、百メートルほど離れたあたりで、アキラが振り返り、ハンドガンを数発撃った。そのうちの一発が、去り際に取り付けた爆薬に当たり、爆発した。僕らはまだ装甲車を操縦することができない。かといって、そのままにして置くと、敵兵に使われてしまう。だから、こうするしかない。
追いついてきた彼女の顔は、見ていられなかった。だって、あの装甲車の中には、彼らと同世代の仲間が三人、息絶えていたのだから…。
彼らは、この隊長とは違い、墓は作られるが、入れることはできない。隊長なら、指一本でも、入れることができるのに…。それがこの団体の暗黙の了解だった。
生き抜けば、墓に入れる。そんな矛盾した、理不尽な世界で、彼らはかれこれ、五年生き抜いた。
私は、階段裏にあるベンチに腰を下ろし、その人が来るのを待った。
来る確証はないが、今の状況を打開してくれるのは、彼しかいないと思っていた。行きかう人々の中、彼に似た人を見つけては、目を光らせる。
すると、一人の男性がこちらに近付き、数席分離れて、私の隣に座った。男は無言のまま、スマホを弄っていた。間違いない、彼だ。久々に会うと、いくら私でも、緊張する。何から話していいのか分からない。喉も乾いてきた。
「あ、あの、久しぶり…だね…。」
彼は無言のままだ。そのスマホを弄る長い指先。全てを見透かしている様な、鋭い目。胸元に下げているそのリングは、私が今はめているこのリングと一緒だ。
「元気だった?」
「世間話しに来たの?僕も暇じゃないんだけど。」
「そうだよね…。あの、調べて欲しい…事がある…ます。」
言葉がうまく出てこない。そのお陰で、普段使わない敬語が出てしまった。それに、彼が声を上げて、小さく笑った。席を立ちあがり、私の隣に移動してきた。
「らしくないね。前はそんなに、おしとやかだった?」
「誰の所為だと…思ってるんですか…。」
また小さく笑った。
「話は聞いているよ。力にはなるが、あまり期待しないでくれよ。昔とは違うんだ。」
そう言うと、立ち上がり、私の頭にその大きな手を乗せた。この感覚も懐かしい。
「強くなったな。」
頭を何度か撫でながら、そう呟いた。
「終わったら、戻るよね?」
その質問に、深く頷いた。
すると、遠くで彼の名を呼ぶ、女性の声が聞こえた。それに釣られる様に、「じゃぁな」とだけ、言い残して、来た道を戻って行った。
声を掛けた女性は、歳や身長はカエと変わらない。髪は内側にカールしたセミロング。
目が合う前に、私もその場を後にした。
昔のことを思い出していたのは、集中治療室で眠る彼もだった。いや、夢を見ていた。
生れてすぐ、両親に捨てられた彼は、海を渡り、とある紛争地域に居た。生まれて十年。名前はあるが、戸籍も国籍も真面なものがない彼らは、武装集団を鎮圧するための武装集団に所属していた。彼みたいな存在は、都合がよく、幼い頃から、銃の扱い方や体力作りを強要されていた。男も女も関係なく。
「今日はなかなか引かないね。」
装甲車の裏で身を潜めていた、金髪の女性が話しかけてきた。
彼女は『アキラ』生まれは日本らしいが、本当のところは不明。慣れた手つきで、マガジンを外し、弾を詰めっていく。
「あの人たちも、生活が懸かってるからね。」
装甲車の下に潜り、ライフルを構えているのは、後の日下部である。当時は、『竜司』という名前はなく、アジア人というだけで、『リュウ』と呼ばれていた。
「生活ね…。私たちは、生れてからずっと、命がけで生きているのに。」
「僕らは、ただの数字だからね。生きているだけ。」
それを言い終え、四回引き金を引いた。彼の放った弾丸は、敵の武装車両のタイヤに全弾命中した。車両が傾き、乗っていた兵の何人かが、滑り落ちた。さらにその兵一人に向けて、赤いレーザーポインターを照射する。それに気付き、慌てて撤退していく。
「やるねぇ…。」
双眼鏡で見ていたアキラが、呟いた。
「今日はもう戻ろう。」
ライフルを彼女に持たせ、三日前に就任したばかりの隊長を背負った。もう既に冷たくなっており、重い。それでも、彼を持ち帰らなければならない。それが、彼が生きた唯一の証だから。
「また減ったね…。」
走りながら彼女がそう呟いた。装甲車から、百メートルほど離れたあたりで、アキラが振り返り、ハンドガンを数発撃った。そのうちの一発が、去り際に取り付けた爆薬に当たり、爆発した。僕らはまだ装甲車を操縦することができない。かといって、そのままにして置くと、敵兵に使われてしまう。だから、こうするしかない。
追いついてきた彼女の顔は、見ていられなかった。だって、あの装甲車の中には、彼らと同世代の仲間が三人、息絶えていたのだから…。
彼らは、この隊長とは違い、墓は作られるが、入れることはできない。隊長なら、指一本でも、入れることができるのに…。それがこの団体の暗黙の了解だった。
生き抜けば、墓に入れる。そんな矛盾した、理不尽な世界で、彼らはかれこれ、五年生き抜いた。
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