探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅢ:行方不明調査

#1 

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 身体が動かない。腕が上がらない。無理矢理動かそうとすれば、骨や筋肉が軋んだ。口の中は、錆びた鉄の様な味がする。頭や裂けた皮膚からは生暖かい液体が流れている。呼吸するので精一杯だった。
 この汚いコンクリートの床で、息が途切れ途切れになっているのは、俺だけじゃない。
 あの日下部竜司の班が、全滅している。
 「威勢が良かった割には、意外とあっけなかったな。
 あれから七年経ってるってのに、全然変わらねぇな。」
 何か答えようとしたが、声が擦れて真面な言葉が出てこない。
 「リュー!もう動かない方が良いって…。私は大丈夫だから…。」
 嘘なのは知って居る。後ろで縛られている彼女の手が震えている。殴られたのか、左の頬だけ赤くなっている。早く、助けなければ…。どうやって…。
 「涼子ちゃんもこういってることだし、ぐっすり眠りな。」
 そう言って、やつらはここを出て行った。去り際に、仲間の一人が、指を踏み付けて行った。

 事の始まりは四日前に遡る。
 カシワギさんが職場復帰するまでの間、特殊調査班。通称カシワギ班は一時的に解散。浅野亮太(リョータ君)は古巣の日下部班に、笹井美歌(ミカちゃん)は天木班にそれぞれ移動となった。大野鈴夏(リンさん)は宮間の接客及び事務の仕事をこなしている。柏木さんの様子見や近況報告も彼女が行っていた。
 柏木事態は既に退院しているが、暫くは絶対安静で、自宅療養中。
 変わったことはもう一つあり、工藤刑事が連日入り浸るようになっていた。彼女もまだ謹慎が解けていなく、自宅に籠りっぱなしと言う訳にもいかず、こうして足しげく通っていた。ここなら、駅からも職場の警視庁からも近く、呼び出しにも、簡単に駆け付けられる。
 この日も、昼前からホームズのカウンター席に腰を降ろしていた。
 「取り敢えず一安心ですね…。」
 工藤刑事の隣で事務作業をこなしていたリンさんが口を開いた。
 「ええ。柏木さんには悪いですが、本当に心臓止まるかと思いました。」
 宮間さんも頷く。彼女が目覚めた翌日に、工藤刑事も一度お見舞いに行っていた。ベッドの上では流石に退屈だったらしく、テーブルには何冊か雑誌が置かれていた。天木さんも来ていたらしく、缶ココア何本かを差し入れてくれたらしい。しかし、冷蔵庫は既にゼロカロリーコーラとフルーツゼリーでいっぱいだった。
 少し、話しただけでその時は終わったが、以前より明るくなった気がしていた。

 昨日は、天木さん達の班が忙しなく動いていたみたいだが、今日は割と静かだった。今もホームズには私たち三人しかいない。
リンさんと夕飯の相談しながら、何敗目かのハーブティーを啜っていた時、久々に扉が開いた。
 「それだったら、カレーが食べたいね。」
 柏木さんがカウンターに寄ってきて、工藤刑事の隣に座った。左腕には黒いアームホルダーを着けていた。
 「出てきて大丈夫なんですか?」
 「家に居ても退屈だし、何かと不便だしね。」
 左腕を右手の人差し指でトントンと叩いた。
 「それより、お腹空いちゃった。ミヤマさん何か作れます?」
 「簡単な物しかできないけど、良いかな?」
 柏木さんがこくりと頷く。待っている間、色々な話をした。途中からは工藤刑事の仕事の愚痴や慰めが始まった。途中、宮間さんが柏木さんにだしたお握り定食の様なメニューが異様に美味しそうだった。みそ汁は片手でも飲みやすい様にマグカップに入っていた。
 「中身は鮭と梅干の二種類です。」
 お握りの横には定番の沢庵漬け。小さい小鉢にはこれまた定番のひじきの煮物が入っていた。
 「簡単という割には随分と凝ってますね…。」
 リンさんが呟く様に宮間さんに訊ねた。
 「ケガにはタンパク質とビタミン、鉄を取らないからね。残さず食べてください。お二人の分もありますが、どうします?」
 お言葉に甘えて、頂くことにした。待っている間、先ほどの話の続きが始まった。
 暫くすると、扉が開いた。入ってきたのは天木さんと日下部さんだった。何やら揉めている様だった。
 「だから、今回の件は俺が行きますって。危険ですし。」
 「リューはダメ。最終的に武力行使になるでしょ。私ならもっと上手くやれるから。」
 「どちらにしても危険です。アマキさん一人では無理です。」
 「だから、ウチのコージとか男手連れて行くから大丈夫だって。」
 そんな感じの会話だった。
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