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ファイルⅡ:誘拐事件
#14
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「ついこの間、泣きながら入社してきたカエデさんが、俺らより立派な大人だなぁと思ってね。」
手に持っていたコンビニ袋をテーブルの上に乗せた。中にはゼロカロリーのコーラとフルーツゼリーが幾つか入っていた。
「そうだっけ…。」
忘れるわけがない…。幾ら酷い扱いを受けたとしても、実の親と縁を切ったわけだから。
あれ程反対していても、『絶縁』の二文字を出せば、簡単だった。それが悔しかった。あたしが普通に生きることが、実の親を苦しめていた事が。私があたしになるのに、親のあのホッとした様な顔は一生の忘れるわけがない。あの息苦しい所から抜け出せたのに、ただただ悔しかった。
慰めて欲しかったわけではないが、気付けばあの扉の前に立っていた。そこには、あたしを理解してくれる人たちが居る事を知って居たから。
「それより、リンさんのカレーたべそこなっちゃったなぁ…。」
「私も食べたかったです。」
「あたしのカレーなんて、いつでもたらふく食べさせてあげますよ。」
「カエデさん、今大人っぽいって褒めたばかりなんですけど…。」
それから少し雑談して解散した。ミカちゃんは用事があるとかで、途中で帰って行った。
急に静かになった病室は少し寂しかった。独りで居る事に慣れていると思っていたが、実際そうじゃなかった。
下校中は猫たちが、自宅にはエビたちが、職場には彼らが居た。複雑な事だが、あの銃弾とこの傷に教えられた。
久々に他人から剥いて貰ったリンゴは少しだけ、酸っぱかった。
「まだ俺たちからしたら子どもなのに、必死で生き抜いて、辛い環境で育っても、強くて優しい娘なのに…。」
病院からの帰り道、彼が口を開いた。あたしだってそうだったが、一番悔しかったのは彼だろう。彼も、元はリューさんの班で、それなりの戦闘能力はあった。しかし、今回は保護された女の子を守るのが、彼の任務だった。
「蓋を開けてみれば、泣き虫で寂しがり屋。班長の多趣味はその延長線上なのかもね…。」
完璧主義はもしかしたら、そんな自分を否定する為に、無意識の内に身に着けた彼女なりの生きる術だったのだろう…。
「あたしは買い物して帰るけど、リョータ君はどうする?」
「俺も用事があるので、ここで。」
そっちの道はホームズに続いている…。彼の用事を聞くのは少し野暮かもしれない。
『私』と『あたし』。班長は忘れてるかもしれないけど、初めて会ったとき、そう言い直した。あたしの一人称が変わったのもその頃だった気がする。必死に自分の過去を否定してる様なそんな気がしたから。
事情聴取が終わった頃には、日は完全に沈んでいた。ドラマやアニメの様にカツ丼やラーメンが出る訳もなく、当然お腹が鳴る。
「別に待ってなくても良かったのに。」
「お腹空いた…。」
「俺に集ろうってか?」
「何食べさせてくれるの?」
「うどん。」
そんな会話をしながら、警察署を出た。しかし、うどんはもう一杯増えそうだ…。
「アマキさん、お疲れ様です。お願いがあってきました。」
「来ると思ってた、ミカちゃん。だからツッチー待ってたんだよ。」
「そっか…。じゃぁ、肉でも食いに行くか。」
カシワギさんが無事なのは知って居る。ミヤマさんから聞いた。さっき目を覚ましたのもミカさんから聞いた。実際、カシワギさんが庇ってくれなければ、確実にあの弾丸は、俺を殺していた。そして、アマキさんが必死で止めてくれなければ、俺が奴を殺していた。俺は完全に守られていた。
昔だったら、考えられない。他人を傷付けるだけの、一度は『凶器』とまで呼ばれた男が、女子どもに守られたとなると、滑稽だ。
もっと強くならねば。
ホームズの床に横になりながら、深いため息を吐いた。扉が開いた。ミヤマさん以外、立ち入り禁止の扉押し開けたのは、懐かしい顔だった。
「そんな所で寝そべってないで、喧嘩、しましょう。」
「丁度いい…。俺も今、そんな気分だ。」
時間は少し遡るが、その日の昼前。男は新聞を読みながら、トーストを加えていた。昨日のショッピングモールでの発砲事件の事が新聞の一面に載っていた。被害者一名・軽傷と書かれている。
それを読みながら、マグカップを持ち上げた。持ち上げた方の左手が傷んだ。昔は十発殴った程度では平気だったが、今はこの有様…。湿布とサポーターで少し良くはなっているが、体質の所為で眠い…。今日は大事な用があるから、早めに起きて来たが、まだ時間はたっぷりある。少し横になっていても、大丈夫だろう。自分のロッカーからチェスの本を取り出し、ソファに横になった。
手に持っていたコンビニ袋をテーブルの上に乗せた。中にはゼロカロリーのコーラとフルーツゼリーが幾つか入っていた。
「そうだっけ…。」
忘れるわけがない…。幾ら酷い扱いを受けたとしても、実の親と縁を切ったわけだから。
あれ程反対していても、『絶縁』の二文字を出せば、簡単だった。それが悔しかった。あたしが普通に生きることが、実の親を苦しめていた事が。私があたしになるのに、親のあのホッとした様な顔は一生の忘れるわけがない。あの息苦しい所から抜け出せたのに、ただただ悔しかった。
慰めて欲しかったわけではないが、気付けばあの扉の前に立っていた。そこには、あたしを理解してくれる人たちが居る事を知って居たから。
「それより、リンさんのカレーたべそこなっちゃったなぁ…。」
「私も食べたかったです。」
「あたしのカレーなんて、いつでもたらふく食べさせてあげますよ。」
「カエデさん、今大人っぽいって褒めたばかりなんですけど…。」
それから少し雑談して解散した。ミカちゃんは用事があるとかで、途中で帰って行った。
急に静かになった病室は少し寂しかった。独りで居る事に慣れていると思っていたが、実際そうじゃなかった。
下校中は猫たちが、自宅にはエビたちが、職場には彼らが居た。複雑な事だが、あの銃弾とこの傷に教えられた。
久々に他人から剥いて貰ったリンゴは少しだけ、酸っぱかった。
「まだ俺たちからしたら子どもなのに、必死で生き抜いて、辛い環境で育っても、強くて優しい娘なのに…。」
病院からの帰り道、彼が口を開いた。あたしだってそうだったが、一番悔しかったのは彼だろう。彼も、元はリューさんの班で、それなりの戦闘能力はあった。しかし、今回は保護された女の子を守るのが、彼の任務だった。
「蓋を開けてみれば、泣き虫で寂しがり屋。班長の多趣味はその延長線上なのかもね…。」
完璧主義はもしかしたら、そんな自分を否定する為に、無意識の内に身に着けた彼女なりの生きる術だったのだろう…。
「あたしは買い物して帰るけど、リョータ君はどうする?」
「俺も用事があるので、ここで。」
そっちの道はホームズに続いている…。彼の用事を聞くのは少し野暮かもしれない。
『私』と『あたし』。班長は忘れてるかもしれないけど、初めて会ったとき、そう言い直した。あたしの一人称が変わったのもその頃だった気がする。必死に自分の過去を否定してる様なそんな気がしたから。
事情聴取が終わった頃には、日は完全に沈んでいた。ドラマやアニメの様にカツ丼やラーメンが出る訳もなく、当然お腹が鳴る。
「別に待ってなくても良かったのに。」
「お腹空いた…。」
「俺に集ろうってか?」
「何食べさせてくれるの?」
「うどん。」
そんな会話をしながら、警察署を出た。しかし、うどんはもう一杯増えそうだ…。
「アマキさん、お疲れ様です。お願いがあってきました。」
「来ると思ってた、ミカちゃん。だからツッチー待ってたんだよ。」
「そっか…。じゃぁ、肉でも食いに行くか。」
カシワギさんが無事なのは知って居る。ミヤマさんから聞いた。さっき目を覚ましたのもミカさんから聞いた。実際、カシワギさんが庇ってくれなければ、確実にあの弾丸は、俺を殺していた。そして、アマキさんが必死で止めてくれなければ、俺が奴を殺していた。俺は完全に守られていた。
昔だったら、考えられない。他人を傷付けるだけの、一度は『凶器』とまで呼ばれた男が、女子どもに守られたとなると、滑稽だ。
もっと強くならねば。
ホームズの床に横になりながら、深いため息を吐いた。扉が開いた。ミヤマさん以外、立ち入り禁止の扉押し開けたのは、懐かしい顔だった。
「そんな所で寝そべってないで、喧嘩、しましょう。」
「丁度いい…。俺も今、そんな気分だ。」
時間は少し遡るが、その日の昼前。男は新聞を読みながら、トーストを加えていた。昨日のショッピングモールでの発砲事件の事が新聞の一面に載っていた。被害者一名・軽傷と書かれている。
それを読みながら、マグカップを持ち上げた。持ち上げた方の左手が傷んだ。昔は十発殴った程度では平気だったが、今はこの有様…。湿布とサポーターで少し良くはなっているが、体質の所為で眠い…。今日は大事な用があるから、早めに起きて来たが、まだ時間はたっぷりある。少し横になっていても、大丈夫だろう。自分のロッカーからチェスの本を取り出し、ソファに横になった。
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