探偵注文所

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
41 / 281
ファイルⅡ:誘拐事件

#12

しおりを挟む
 躊躇いがないのは、時として残酷だ。五メートルもあろう二階から、飛び降りて拳銃を弾き飛ばす様な行為は賞賛されるであろう。
 人に向けて拳銃を発砲することは、この国では許されるべき行為ではない。ましてや、躊躇いがないとなると、完全に殺人未遂だ。
 そして、躊躇いなく銃口を向けられた元軍人の男を弾き飛ばし、負傷した彼女はどうなるのだろうか。
 元軍人というだけあって、防弾チョッキ等の装備をしていても不思議ではない。むしろ、そう考えるのが一般的かもしれない。工藤刑事や岡本さんもそうだった。
 しかし、彼女にとっては確信がない以上、それは無いに等しい。完璧主義の末路と言うべきことなのだろうか。
 
「柏木さん!」
 左の上腕部を撃たれていた。致命傷に至るほどではない。彼にはそれは分かっていたが、目の前で仲間の血が流れていた。それも、自分に当たる筈だった銃弾で。スイッチが入るには充分だった。

 「お嬢ちゃんを撃ち抜くつもりじゃなかったが、まぁ良い。これで分かっただろ。俺たちが……。」
 父親の声が詰まったのは恐怖を感じたからだった。目の前に、自分よりも強大な殺気を放っている男が居たからだ。
 蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。いや、蛇と言うにはあまりにも大きすぎる。前に居るのは、『竜』だ。
 殴られたと気付くまでに数秒を要した。しかも、二撃目の膝蹴りを食らったときだった。
 無言のまま人を傷付ける様は、拳銃と何も変わらない。
 こうなってしまっては、宮間さんくらいしか止められない。彼の班員総出で止めに入るが、意に介さない。
 「安心しろ。骨は折らんし、息の根は止めん。」
 
 リンさんとクドーさんが呼んでいる声が聞こえる。それだけではなく、イヤホンマイクからもミカちゃんの声も聞こえる。
 致命傷ではないにしても、左腕が動かない。血が流れているのも感じられる。その所為か、鼓動が早くなっている。
 母親と絶縁していて良かった。普通なら、自分の娘がこんな危険な事に巻き込まれているとなれば、大問題だろう。いや、どちらにせよ、あたしに興味がないのならば、関係ない事なのかもしれない。
 腕を撃たれたはずなのに、足も動かない。彼との距離は十メートルもない。唯一動く右手を伸ばすが、届かない。

 岡本さん達が束になっても、敵わなかった日下部さんの動きが止まった。柏木さんの位置からは見えないが、小さい指輪をはめた手が見えた。
 「これ以上はダメ。」
 「退けアマキ。このイカレ野郎潰す。」
 まるでクマとリスの様な体格差だ。当然彼女一人で止められる筈がないが、どちらも動かない。流石に天木さん相手となると、手加減する様だ。
 初めて工藤刑事が会ったとき、天木さんと柏木さんは凄く仲が良い様に見えた。今日だってそうだった。休みを返上してまで、天木さんの買い物に付き合うほどの仲だ。
 本来なら一目散に柏木さんの容体を確認したいところだろう。だが、彼女が右手を伸ばしている内は、彼が止まらない限りは、ここを退くわけにはいかない。
 完璧主義者の彼女はそれを許さないから、必ず無茶をする。だから、これ以上は…。

 「背後せなかが、がら空きですよ。」
 急にスイッチが切れた様に、日下部さんが動かなくなった。
 「間に合ってはいないが、来てやったぞ。」
 動かなくなった、日下部さんを軽々と持ち上げたのは、宮間さんだった。それだけでなく、土屋さんも天木さんの頭を撫でた後、そこら辺で伸びている、父親ともども、一か所にまとめ上げる。最後に一番奥に転がっている、女の子のリュックも回収した。
 外からは救急車やパトカーのサイレンの音がけたたましく響いていた。
 それで我に返った天木さんが柏木さんの元に駆け寄った。
 「ごめん…。もっと早く気付いてれば…。」
 「大丈夫、掠っただけだから…。」
 息も途切れ途切れだったから、ちゃんと言えたかは、分からない。視界も若干ぼやけているが、天木さんの顔がぐしゃぐしゃに濡れているのは分かった。
 「カエ。良い部下を持ったな。」
 土屋さんがスマートウォッチを見せてきた。それは、土屋さんが応答した時しか会話できない様になっている。しかし、画面には、「緊急事態」の文字が表示されていた。
 こんな芸当できるのは、日下部さん以外にもう一人。
 「緊急だったので、強制的にシステム解除させて頂きました…。流石に手こずりましたよ…。」
 イヤホンマイクからミカちゃんの声が聞こえた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

呪鬼 花月風水~月の陽~

暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?! 捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ウラナイ -URANAI-

吉宗
ミステリー
ある日占いの館に行った女子高生のミキは、老占い師から奇妙な警告を受け、その日から不安な日々を過ごす。そして、占いとリンクするかのようにミキに危機が迫り、彼女は最大の危機を迎える───。 予想外の結末が待ち受ける短編ミステリーを、どうぞお楽しみください。 (※この物語は『小説家になろう』『ノベルデイズ』にも投稿しております)

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

処理中です...