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ファイルⅡ:誘拐事件
#12
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躊躇いがないのは、時として残酷だ。五メートルもあろう二階から、飛び降りて拳銃を弾き飛ばす様な行為は賞賛されるであろう。
人に向けて拳銃を発砲することは、この国では許されるべき行為ではない。ましてや、躊躇いがないとなると、完全に殺人未遂だ。
そして、躊躇いなく銃口を向けられた元軍人の男を弾き飛ばし、負傷した彼女はどうなるのだろうか。
元軍人というだけあって、防弾チョッキ等の装備をしていても不思議ではない。むしろ、そう考えるのが一般的かもしれない。工藤刑事や岡本さんもそうだった。
しかし、彼女にとっては確信がない以上、それは無いに等しい。完璧主義の末路と言うべきことなのだろうか。
「柏木さん!」
左の上腕部を撃たれていた。致命傷に至るほどではない。彼にはそれは分かっていたが、目の前で仲間の血が流れていた。それも、自分に当たる筈だった銃弾で。スイッチが入るには充分だった。
「お嬢ちゃんを撃ち抜くつもりじゃなかったが、まぁ良い。これで分かっただろ。俺たちが……。」
父親の声が詰まったのは恐怖を感じたからだった。目の前に、自分よりも強大な殺気を放っている男が居たからだ。
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。いや、蛇と言うにはあまりにも大きすぎる。前に居るのは、『竜』だ。
殴られたと気付くまでに数秒を要した。しかも、二撃目の膝蹴りを食らったときだった。
無言のまま人を傷付ける様は、拳銃と何も変わらない。
こうなってしまっては、宮間さんくらいしか止められない。彼の班員総出で止めに入るが、意に介さない。
「安心しろ。骨は折らんし、息の根は止めん。」
リンさんとクドーさんが呼んでいる声が聞こえる。それだけではなく、イヤホンマイクからもミカちゃんの声も聞こえる。
致命傷ではないにしても、左腕が動かない。血が流れているのも感じられる。その所為か、鼓動が早くなっている。
母親と絶縁していて良かった。普通なら、自分の娘がこんな危険な事に巻き込まれているとなれば、大問題だろう。いや、どちらにせよ、あたしに興味がないのならば、関係ない事なのかもしれない。
腕を撃たれたはずなのに、足も動かない。彼との距離は十メートルもない。唯一動く右手を伸ばすが、届かない。
岡本さん達が束になっても、敵わなかった日下部さんの動きが止まった。柏木さんの位置からは見えないが、小さい指輪をはめた手が見えた。
「これ以上はダメ。」
「退けアマキ。このイカレ野郎潰す。」
まるでクマとリスの様な体格差だ。当然彼女一人で止められる筈がないが、どちらも動かない。流石に天木さん相手となると、手加減する様だ。
初めて工藤刑事が会ったとき、天木さんと柏木さんは凄く仲が良い様に見えた。今日だってそうだった。休みを返上してまで、天木さんの買い物に付き合うほどの仲だ。
本来なら一目散に柏木さんの容体を確認したいところだろう。だが、彼女が右手を伸ばしている内は、彼が止まらない限りは、ここを退くわけにはいかない。
完璧主義者の彼女はそれを許さないから、必ず無茶をする。だから、これ以上は…。
「背後が、がら空きですよ。」
急にスイッチが切れた様に、日下部さんが動かなくなった。
「間に合ってはいないが、来てやったぞ。」
動かなくなった、日下部さんを軽々と持ち上げたのは、宮間さんだった。それだけでなく、土屋さんも天木さんの頭を撫でた後、そこら辺で伸びている、父親ともども、一か所にまとめ上げる。最後に一番奥に転がっている、女の子のリュックも回収した。
外からは救急車やパトカーのサイレンの音がけたたましく響いていた。
それで我に返った天木さんが柏木さんの元に駆け寄った。
「ごめん…。もっと早く気付いてれば…。」
「大丈夫、掠っただけだから…。」
息も途切れ途切れだったから、ちゃんと言えたかは、分からない。視界も若干ぼやけているが、天木さんの顔がぐしゃぐしゃに濡れているのは分かった。
「カエ。良い部下を持ったな。」
土屋さんがスマートウォッチを見せてきた。それは、土屋さんが応答した時しか会話できない様になっている。しかし、画面には、「緊急事態」の文字が表示されていた。
こんな芸当できるのは、日下部さん以外にもう一人。
「緊急だったので、強制的にシステム解除させて頂きました…。流石に手こずりましたよ…。」
イヤホンマイクからミカちゃんの声が聞こえた。
人に向けて拳銃を発砲することは、この国では許されるべき行為ではない。ましてや、躊躇いがないとなると、完全に殺人未遂だ。
そして、躊躇いなく銃口を向けられた元軍人の男を弾き飛ばし、負傷した彼女はどうなるのだろうか。
元軍人というだけあって、防弾チョッキ等の装備をしていても不思議ではない。むしろ、そう考えるのが一般的かもしれない。工藤刑事や岡本さんもそうだった。
しかし、彼女にとっては確信がない以上、それは無いに等しい。完璧主義の末路と言うべきことなのだろうか。
「柏木さん!」
左の上腕部を撃たれていた。致命傷に至るほどではない。彼にはそれは分かっていたが、目の前で仲間の血が流れていた。それも、自分に当たる筈だった銃弾で。スイッチが入るには充分だった。
「お嬢ちゃんを撃ち抜くつもりじゃなかったが、まぁ良い。これで分かっただろ。俺たちが……。」
父親の声が詰まったのは恐怖を感じたからだった。目の前に、自分よりも強大な殺気を放っている男が居たからだ。
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。いや、蛇と言うにはあまりにも大きすぎる。前に居るのは、『竜』だ。
殴られたと気付くまでに数秒を要した。しかも、二撃目の膝蹴りを食らったときだった。
無言のまま人を傷付ける様は、拳銃と何も変わらない。
こうなってしまっては、宮間さんくらいしか止められない。彼の班員総出で止めに入るが、意に介さない。
「安心しろ。骨は折らんし、息の根は止めん。」
リンさんとクドーさんが呼んでいる声が聞こえる。それだけではなく、イヤホンマイクからもミカちゃんの声も聞こえる。
致命傷ではないにしても、左腕が動かない。血が流れているのも感じられる。その所為か、鼓動が早くなっている。
母親と絶縁していて良かった。普通なら、自分の娘がこんな危険な事に巻き込まれているとなれば、大問題だろう。いや、どちらにせよ、あたしに興味がないのならば、関係ない事なのかもしれない。
腕を撃たれたはずなのに、足も動かない。彼との距離は十メートルもない。唯一動く右手を伸ばすが、届かない。
岡本さん達が束になっても、敵わなかった日下部さんの動きが止まった。柏木さんの位置からは見えないが、小さい指輪をはめた手が見えた。
「これ以上はダメ。」
「退けアマキ。このイカレ野郎潰す。」
まるでクマとリスの様な体格差だ。当然彼女一人で止められる筈がないが、どちらも動かない。流石に天木さん相手となると、手加減する様だ。
初めて工藤刑事が会ったとき、天木さんと柏木さんは凄く仲が良い様に見えた。今日だってそうだった。休みを返上してまで、天木さんの買い物に付き合うほどの仲だ。
本来なら一目散に柏木さんの容体を確認したいところだろう。だが、彼女が右手を伸ばしている内は、彼が止まらない限りは、ここを退くわけにはいかない。
完璧主義者の彼女はそれを許さないから、必ず無茶をする。だから、これ以上は…。
「背後が、がら空きですよ。」
急にスイッチが切れた様に、日下部さんが動かなくなった。
「間に合ってはいないが、来てやったぞ。」
動かなくなった、日下部さんを軽々と持ち上げたのは、宮間さんだった。それだけでなく、土屋さんも天木さんの頭を撫でた後、そこら辺で伸びている、父親ともども、一か所にまとめ上げる。最後に一番奥に転がっている、女の子のリュックも回収した。
外からは救急車やパトカーのサイレンの音がけたたましく響いていた。
それで我に返った天木さんが柏木さんの元に駆け寄った。
「ごめん…。もっと早く気付いてれば…。」
「大丈夫、掠っただけだから…。」
息も途切れ途切れだったから、ちゃんと言えたかは、分からない。視界も若干ぼやけているが、天木さんの顔がぐしゃぐしゃに濡れているのは分かった。
「カエ。良い部下を持ったな。」
土屋さんがスマートウォッチを見せてきた。それは、土屋さんが応答した時しか会話できない様になっている。しかし、画面には、「緊急事態」の文字が表示されていた。
こんな芸当できるのは、日下部さん以外にもう一人。
「緊急だったので、強制的にシステム解除させて頂きました…。流石に手こずりましたよ…。」
イヤホンマイクからミカちゃんの声が聞こえた。
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