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ファイルⅠ:連続ひったくり事件
#11
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それから三か月後、ミヤマは日本に戻らなくてはならなくなった。というより、料理人も辞めなくてはならなかった。
帰国後は相当荒れた…。毎日のように、飲み歩き、帰るのは必ず、朝方頃だった。
そんな生活も一年近く続けば、金も尽きてくる。両親たちの反対を押し切ってまで、ドイツに渡ったというのに、のこのこ帰ってきてしまった。そのため、頼れる親戚も、友人もいなかった。
その年の冬の公園、とうとう彼の気力もそこを突き、これが最後の晩餐と言わんばかりに、様々な酒を買った。酒は好きだった。だが、どれも味がしない…。その時、誰かに声を掛けられた。
「あんた、大丈夫かい?」
男だった。髪は長くて、指が長い。暗くて顔までは見えないが、鋭い眼光だけがこちらを見ていたのは覚えている。
「大丈夫じゃねぇよ、ご覧の有様だよ。」
そう言い、ミヤマは酒を掻っ込む。
「世の中は残酷なものだな…。使えなくなった瞬間、捨てられるんだぜ。」
「確かに残酷だが、世の中は非常に狭いものだな。」
男がミヤマの前にしゃがみこむ。よく見たら、学ランを着ていた。そしてこのどこかで聞いたことある様な声。
「あんた、どこかで…。」
今気づいた、今までこの男と会話していた言語は、ドイツ語だった…。
「もう、気付いたんじゃないかい?お兄さん?」
「あの時の喫茶店の…。」
男はミヤマの隣に座った。
「日本にいるってことは、やっぱり辞めたのか、料理人。」
「何でもお見通しってことか…。辞めた理由もか?」
「舌だろ。あの時、あんたに出したのは、コーヒーじゃない、紅茶だ。普通なら、匂いで分かるはずだが、あの時のあんたからは、少量だが、アルコールの匂いがした。だが、酔ってる感じじゃなかった。じゃあ、考えられることは一つ。味覚障害だ。」
「ご名答…。飲みすぎだとよ…。まぁ、どのみち今日で全て終わるんだ…。邪魔してくれるな。」
ぶっきら棒に言う、ミヤマの声は弱弱しかった。
「何を終わるんだ?」
男が話しかけてくる。
「何って、決まってんだろ。もう、ここまで壊れちまえば、後は決まった様な…」
「あんたは、もう自由なんだぞ。何を急ぐ必要がある。」
「あ?」
突然割って入られたからじゃない。まだ、ミヤマよりも数年若い小僧から説教まがいなことを言われたからだ。
「味覚を使わない仕事は山ほどある。もっと違うこと、してみたらどうだ…。」
「お前に何が分かる!」
ミヤマが男の胸倉を掴む。
「俺の夢がなくなったんだぞ!確かに飲みすぎでこんな体になった、俺の責任ではあるかもしれん。けど、諦めきれねぇことだったあるんだよ…。」
力なく手を放す。
「だったら、その要らない人生、俺にくれよ。」
「…は?」
「諦めきれないこと、投げ出してまででも、もう辞めたいんだろ。だったらその、要らない余分な人生、この俺にくれよ。」
男の目は何もかも見透かしたような、鋭さがあった。なのに、どこか、だが確実に、温かさがあった。
「少なくとも、俺は今、あんたを必要とした。これだけじゃ、生きる材料にはならんか。」
そう言った男の声は、ボロボロだったミヤマの身体には、十分すぎるほどだった。
「あなたも物好きだな…。このどうしようもない俺の人生が欲しいなんざ…。悪魔なのかそれとも神なのか…。」
「どちらでもない。俺もあんたも、ちゃんとした人間だ。」
何故か知らないが、肩の荷が下りた気がした。
「はは、よく言うぜ…。あんた、名前は…。」
「名前は…ザッキーとでも言っておこうか。」
「そこは明かせねぇのか…。俺は宮間。宮間修二だ。」
「ミヤマ…。」
ザッキーが呟く。
「で?俺は何をすればいい…。」
宮間が酒瓶を傾けながら、聞く。
「決まっている。まずは体を治せ。ある程度治ったら、ここに来い。」
一枚の紙を渡してきた。どうやら住所の様だ。
「ここで何するんだ?」
「さぁ、それはまだ決めてない。」
そう言い終わると男は立ち上がった。
「それはそうと、あんたいくつだい。」
宮間が一番聞きたかったことを聞いた。
「十五だ。」
そう言いながら、後ろ向きに手を振りながら去っていった。
「俺より五つも下なのに、すげぇな…。」
次の日から宮間は入院した。入院生活は楽しくはなかったが、日に日に体が楽になっていく。
「約束は守るぞ、ザッキー。」
そう心に誓い、回復に努めた。
帰国後は相当荒れた…。毎日のように、飲み歩き、帰るのは必ず、朝方頃だった。
そんな生活も一年近く続けば、金も尽きてくる。両親たちの反対を押し切ってまで、ドイツに渡ったというのに、のこのこ帰ってきてしまった。そのため、頼れる親戚も、友人もいなかった。
その年の冬の公園、とうとう彼の気力もそこを突き、これが最後の晩餐と言わんばかりに、様々な酒を買った。酒は好きだった。だが、どれも味がしない…。その時、誰かに声を掛けられた。
「あんた、大丈夫かい?」
男だった。髪は長くて、指が長い。暗くて顔までは見えないが、鋭い眼光だけがこちらを見ていたのは覚えている。
「大丈夫じゃねぇよ、ご覧の有様だよ。」
そう言い、ミヤマは酒を掻っ込む。
「世の中は残酷なものだな…。使えなくなった瞬間、捨てられるんだぜ。」
「確かに残酷だが、世の中は非常に狭いものだな。」
男がミヤマの前にしゃがみこむ。よく見たら、学ランを着ていた。そしてこのどこかで聞いたことある様な声。
「あんた、どこかで…。」
今気づいた、今までこの男と会話していた言語は、ドイツ語だった…。
「もう、気付いたんじゃないかい?お兄さん?」
「あの時の喫茶店の…。」
男はミヤマの隣に座った。
「日本にいるってことは、やっぱり辞めたのか、料理人。」
「何でもお見通しってことか…。辞めた理由もか?」
「舌だろ。あの時、あんたに出したのは、コーヒーじゃない、紅茶だ。普通なら、匂いで分かるはずだが、あの時のあんたからは、少量だが、アルコールの匂いがした。だが、酔ってる感じじゃなかった。じゃあ、考えられることは一つ。味覚障害だ。」
「ご名答…。飲みすぎだとよ…。まぁ、どのみち今日で全て終わるんだ…。邪魔してくれるな。」
ぶっきら棒に言う、ミヤマの声は弱弱しかった。
「何を終わるんだ?」
男が話しかけてくる。
「何って、決まってんだろ。もう、ここまで壊れちまえば、後は決まった様な…」
「あんたは、もう自由なんだぞ。何を急ぐ必要がある。」
「あ?」
突然割って入られたからじゃない。まだ、ミヤマよりも数年若い小僧から説教まがいなことを言われたからだ。
「味覚を使わない仕事は山ほどある。もっと違うこと、してみたらどうだ…。」
「お前に何が分かる!」
ミヤマが男の胸倉を掴む。
「俺の夢がなくなったんだぞ!確かに飲みすぎでこんな体になった、俺の責任ではあるかもしれん。けど、諦めきれねぇことだったあるんだよ…。」
力なく手を放す。
「だったら、その要らない人生、俺にくれよ。」
「…は?」
「諦めきれないこと、投げ出してまででも、もう辞めたいんだろ。だったらその、要らない余分な人生、この俺にくれよ。」
男の目は何もかも見透かしたような、鋭さがあった。なのに、どこか、だが確実に、温かさがあった。
「少なくとも、俺は今、あんたを必要とした。これだけじゃ、生きる材料にはならんか。」
そう言った男の声は、ボロボロだったミヤマの身体には、十分すぎるほどだった。
「あなたも物好きだな…。このどうしようもない俺の人生が欲しいなんざ…。悪魔なのかそれとも神なのか…。」
「どちらでもない。俺もあんたも、ちゃんとした人間だ。」
何故か知らないが、肩の荷が下りた気がした。
「はは、よく言うぜ…。あんた、名前は…。」
「名前は…ザッキーとでも言っておこうか。」
「そこは明かせねぇのか…。俺は宮間。宮間修二だ。」
「ミヤマ…。」
ザッキーが呟く。
「で?俺は何をすればいい…。」
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「決まっている。まずは体を治せ。ある程度治ったら、ここに来い。」
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「ここで何するんだ?」
「さぁ、それはまだ決めてない。」
そう言い終わると男は立ち上がった。
「それはそうと、あんたいくつだい。」
宮間が一番聞きたかったことを聞いた。
「十五だ。」
そう言いながら、後ろ向きに手を振りながら去っていった。
「俺より五つも下なのに、すげぇな…。」
次の日から宮間は入院した。入院生活は楽しくはなかったが、日に日に体が楽になっていく。
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