探偵注文所

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
15 / 281
ファイルⅠ:連続ひったくり事件

#6

しおりを挟む
 第三の被害現場から北に十キロメートルほど離れた、住宅街にある狭い交差点に四人は立っていた。一角には、少し広めの月極め駐車場があった。
 「四人目の被害者はこの近所に住む女子高生です。犯行時間は土曜日の午前八時半。ちょうど部活の練習に行く途中だったそうです。」
 住宅街と言っても家しかないわけでもない。近くにはショッピングモールもあるし、最寄りの駅までは、徒歩で十五分掛からない位のちょっと便利なところだ。
 「目撃者の情報は出なかったんだ。」
 天木さんが回りをふらふらと歩きながら聞く。
 「ええ、幸か不幸かその日は、朝から雨が降っていて、被害者以外の人通りはなかったそうです。
 ちなみに、盗まれたのは部活で使う道具一式が入ったショルダーバッグ、所謂スクールバッグです。」
 「犯人はこっちの駐車場から急に出てきて、犯行に及んだ…。」
 岡本さんが駐車場を色々見って回る。
 「被害女性の話だと、ひったくられたあと、向こうの駅の方に走っていったみたいです。」
 「カエは何か分かった?」

 天木さんが、柏木さんに訊ねる。
 「ん~さっぱり…。」
 「だよね…。私も同じ…。」
 ここにきて、ラストホームズ二人がお手上げとなると、どうしようもない。
 「あ。」
 
 天木さんが声を上げたのは駐車場の出入り口にある自販機の前だった。
 「天木さん?」
 「そういうことか…。」
 「アマキちゃん、どうしたの?」
 「タケ、向こうから肩から掛けて、傘差してる体でこっちに向かってきて。しかもそこそこの土砂降りの体で。」
 「はぁ。」
 天木さんが、自分のショルダーバッグを岡本さんの渡しながら、言った。
 大体五十メートルほど離れたところから、岡本さんがまるで、傘を差している感じに身を窄めながら歩いてくる。
 
 「もっと、土砂降りだよ土砂降り!」
 天木さんが、岡本さんを急かす。岡本さんは、下を向くように早歩きで歩いてくる。
 すると、柏木さんが駐車場からタイミングよく飛び出てくる。
 「おっと。」
 転びはしなかったものの、手を地面に着いた。工藤刑事にはデジャヴな気がした…。
 「なるほど…。」
 柏木さんが呟く…。
 「なるほどって?」
 「タケちゃんのバッグ見てみ?」
 
 特段変わったことはなく、肩に掛かったまま…。いや、だめだ。ひったくられていない。右利きの人が、右にバッグをかけていれば、左から出てきた人が、一瞬でバッグをひったくるのは、容易ではない。
 「どういうこと?」
 「つまり、ひったくり実行犯は左の駐車場から出てきたんじゃなくて、被害者の右側から来たってこと。」
 「それって…。」
 「さっきと同じ視線誘導を使えば簡単。あの日はそこそこな土砂降りだった。しかも、被害女性からは向かい風気味の。
 そうなると、自然と人は、傘を前かがみに差して、視線も下向きになる。」
 
 さっきの岡本さんがやってくれた様な身振りで、説明していく。
 「それで、被害者の当時持っていた傘は柄物。当然視界は最悪。そこに一瞬でも、視界の中に左から来たという情報だけだった場合、左にしか人は居ないと思い込む。」
 疲れたのか、自販機の前でしゃがみこむ。代わりに、柏木さんが説明を再開する。
 「左から急に現れた存在が居れば、そっちに意識が向く、当然後ろから来た別の存在には気付かずに…。で、ぶつかった拍子に、後ろから来た実行犯が、バッグをひったくる。あとは、ぶつかった犯人が、同じようなバッグを持って、駅の方に走っていけば、雨の音で、後ろを通る、人物の足音は消えちゃう。」
 「でも、それは可能なでんですか?」
 「じゃぁ、身近なマジシャンにでも聞いてみる?」
 「え?」
 
 あまりの唐突なアマキさんの提案に戸惑う工藤刑事。天木さんがリアクションだけで笑う。
 「冗談、この自販機のカメラ、令状取って回収してきて。」
 「カメラ?」
 「そ、この自販機にはカメラ付いてるタイプだから、角度的に映ってるかも。」
 「な、なるほど。じゃあ今すぐ本部に連絡します。」
 工藤刑事が電話を掛け始めた。時刻はもう十七時になっていた。

 「カエ、今日はもう遅いから、帰ろ、明日、五件目行こ。」
 「りょーかい。タケちゃんはどうする?」
 「リューに指示もらって。私たちと来るなら、あとで連絡チョーだい。」
 「わかりました。」
 「私の頭じゃ足りないよ…ザッキー…。」
 その呟きは、柏木さんはもちろん、工藤刑事にも届いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日常探偵団2 火の玉とテレパシーと傷害

髙橋朔也
ミステリー
 君津静香は八坂中学校校庭にて跋扈する青白い火の玉を目撃した。火の玉の正体の解明を依頼された文芸部は正体を当てるも犯人は特定出来なかった。そして、文芸部の部員がテレパシーに悩まされていた。文芸部がテレパシーについて調べていた矢先、獅子倉が何者かに右膝を殴打された傷害事件が発生。今日も文芸部は休む暇なく働いていた。  ※誰も死なないミステリーです。  ※本作は『日常探偵団』の続編です。重大なネタバレもあるので未読の方はお気をつけください。

継母ですが、娘を立派な公主に育てます~後宮の事件はご内密に~

絹乃
キャラ文芸
母である皇后を喪った4歳の蒼海(ツァンハイ)皇女。未来視のできる皇女の養育者は見つからない。妃嬪の一人である玲華(リンホア)は皇女の継母となることを誓う。しかし玲華の兄が不穏な動きをする。そして玲華の元にやって来たのは、侍女に扮した麗しの青年、凌星(リンシー)だった。凌星は皇子であり、未来を語る蒼海の監視と玲華の兄の様子を探るために派遣された。玲華が得意の側寫術(プロファイリング)を駆使し、娘や凌星と共に兄の陰謀を阻止する継母後宮ミステリー。※表紙は、てんぱる様のフリー素材をお借りしています。

或ル古物商ノ話

すいせーむし
ミステリー
古物店"No admittanc"。 そこで手にしたモノにより、人々の生活は狂っていく。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

フリー声劇台本〜1万文字以内短編〜

摩訶子
大衆娯楽
ボイコネのみで公開していた声劇台本をこちらにも随時上げていきます。 ご利用の際には必ず「シナリオのご利用について」をお読み頂ますようよろしくお願いいたしますm(*_ _)m

真理の扉を開き、真実を知る 

鏡子 (きょうこ)
ミステリー
隠し事は、もう出来ません。

白昼夢 - daydream -

紗倉亞空生
ミステリー
ふと目にした一件の新聞記事が、忘れていた遠い昔の記憶を呼び覚ました。 小学生時代の夏休みのある日、こっそり忍び込んだ誰もいないはずの校舎内で体験した恐怖。 はたしてあれは現実だったのだろうか? それとも、夏の強い陽射しが見せた幻だったのだろうか? 【主な登場人物】 私………………語り手 田母神洋輔……私の友人      ※ シンジ…………小学生時代の私 タカシ…………小学生時代の私の友人 マコト…………同上 菊池先生………小学校教師 タエ子さん……?

ここは猫町3番地の5 ~不穏な習い事~

菱沼あゆ
ミステリー
「雨宮……。  俺は静かに本を読みたいんだっ。  此処は職場かっ?  なんで、来るたび、お前の推理を聞かされるっ?」 監察医と黙ってれば美人な店主の謎解きカフェ。 5話目です。

処理中です...