上 下
37 / 113
第二部

第四章 蓋をしたはずの気持ち 5

しおりを挟む
「ぬっ殺す!!愚弟!!ぬっコロコロ殺す(だっ、誰がそこまでしていいといった!!許さん、許さんぞ!!)」

 そう言って、暴れるフェルエルタがシエテとともに草陰から転がり出てきた。
 
 しかし、転がり出てきたフェルエルタとシエテはとんでもない事になっていた。
 
 フェルエルタは、シエテの左腕を両足で挟んだ状態で、その左の親指を天に向くような形にした上で手首を掴み、自身の体に密着させていた。
 そして、骨盤周辺を支点にシエテの左腕を反らせていた。
 シエテの左腕の肘関節は完全に極まっていた。
 
 俗に言う、腕ひしぎ逆十字固めをシエテに極めた状態でフェルエルタは、クリストフに狂犬のような獰猛な視線を向けていた。
 
 シエテは「ちょっ、フェルエルタ!ギブ!ギブ!!」と、フェルエルタに訴えていたが黙殺されていた。
 
 クリストフは、「ちっ!後もう少しだったのに」と、悪怯れる様子もなくシエテに関節技を極めている姉を一瞥した後にため息を吐いた。
 
 そして、シーナの体の上から退いてから、シーナの身を起こして言った。
 
「シーナちゃん。急にごめんね。でも、俺は本気だから。冗談でないから、俺を一人の男として意識して欲しい。シーナちゃんの隣りにいる男として俺を見て欲しい」

 そう言ってから、優しくシーナの髪を手櫛で梳いた。
 
 シーナは、産まれて初めて異性からアプローチをされたことに遅れて気が付き急に恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。

(うっ、うそ……。クリストフが、私のこと。えっ、ど、どうしたらいいの?でも、クリストフは友達で……。どうしよう、どうしよう) 

 シーナが自分のことで狼狽えて、耳まで赤くなっている様子を見たクリストフはこれで良かったと腹を決めた。
 シーナの様子がおかしくなったのは、領主が屋敷に戻ってきた日だと気がついていた。しかし、いくら何でも二人の間に何もあるはずはないと高を括っていた。
 だが違った。先程カインを見たときの、シーナの見せた一瞬の怯えたような表情にクリストフは、何かあったのだと確信した。
 少し焦っていたのもあったが、どうしても抑え切れなかったのだ。
 誰にも奪われたくない、無垢なシーナの全てが欲しいと。
 
 正直、クリストフは転がり出てきた姉に感謝をしていた。
 もし、あの時姉が出てこなかったら、無理やり唇を奪うだけではなく、とんでもないことをしでかしていた自信があった。
 
 クリストフは、これからはもう照れ隠しで道化を装うのはやめようと決意した。
 
 そうでないと、いつどこの誰にシーナを奪われてしまうか分からないのだと今回のことで気付かされたのだ。
 だから、出来るだけ優しくし、甘やかし、愛を囁く。
 
 シエテの牽制だって関係ない。
 もう、心は偽れない。
 
 クリストフがそんな事を決意している一方、事の次第を見ていたカインは胸のモヤモヤが先程の比ではないことに動揺していた。
 
(俺はどうしたんだ?もしかして……。いや、それはない。そうだ、もし、もしだ。あのまま、彼女と結ばれていたら、きっとあの子くらいの子供だっていたかもしれない。そうだ、娘のように思っていたあの子の、あんな所を見てしまって俺は、動揺しているだけだ……。それ以外ありえない……)

 自分に言い聞かせるようにカインは、何度も何度もそう心の中でそう繰り返し考えた。
 
 
 カインがその場を去っていくのを横目に見ていたシエテは、これで良かったんだと思いつつも、未だに自分の関節を極めたままのフェルエルタに腹の底から訴えた。
 
「フェルエルタ~~~~。いい加減にしろ!!!!」

 そう言われた、フェルエルタは慌てる素振りもなく関節技を解いた。
 そして、無表情で小首をかしげながら言った。
 
「(本気で)忘れてた(てへぺろ(・ω<))」

「いや、普通忘れないからな!!それに、首を傾げても、凄んでるようにしか見えないから、逆に怖いわ!!」

 相変わらずの二人のやり取りに、クリストフは思い出したと言わんばかりに言った。
 
「そう言えば、姉ちゃんはどうしてシエテに腕ひしぎ逆十字固めを極めてたんだ?」

 そう言われた二人は顔を見合わせてから、それぞれ明後日の方向に視線をさまよわせてから声を揃えて言った。
 
「シーたんのため」

「シーちゃんのため」

 見事にシンクロした後、二人は顔を見合わせて心から嫌そうな顔をした。
 ただし、表情筋の一切動かなかったフェルエルタはいつも通りの無表情だったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令嬢、死す。

ぽんぽこ狸
恋愛
 転生令嬢、死す。  聖女ファニーは暇していた。それはもう、耐えられないほど退屈であり、このままでは気が狂ってしまいそうだなんて思うほどだった。  前世から、びっくり人間と陰で呼ばれていたような、サプライズとドッキリが大好きなファニーだったが、ここ最近の退屈さと言ったら、もう堪らない。  とくに、婚約が決まってからというもの、退屈が極まっていた。  そんなファニーは、ある思い付きをして、今度、行われる身内だけの婚約パーティーでとあるドッキリを決行しようと考える。  それは、死亡ドッキリ。皆があっと驚いて、きゃあっと悲鳴を上げる様なスリルあるものにするぞ!そう、気合いを入れてファニーは、仮死魔法の開発に取り組むのだった。  五万文字ほどの短編です。さっくり書いております。個人的にミステリーといいますか、読者様にとって意外な展開で驚いてもらえるように書いたつもりです。  文章が肌に合った方は、よろしければ長編もありますのでぞいてみてくれると飛び跳ねて喜びます。

今日であなたを忘れます〜公爵様を好きになりましたが、叶わない恋でした〜

桜百合
恋愛
シークベルト公爵家に仕える侍女カリーナは、元侯爵令嬢。公爵リンドへ叶わぬ恋をしているが、リンドからは別の貴族との結婚を勧められる。それでもリンドへの想いを諦めきれないカリーナであったが、リンドの婚約話を耳にしてしまい叶わぬ恋を封印する事を決める。 ムーンライトノベルズ様にて、結末の異なるR18版を掲載しております(別タイトル) 7/8 本編完結しました。番外編更新中です。 ※ムーンライト様の方でこちらのR-18版掲載開始しました!(同タイトル)

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?

バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。 カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。 そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。 ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。 意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。 「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」 意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。 そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。 これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。 全10話 ※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。 ※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

処理中です...