8 / 17
第八話
しおりを挟む
「おかしい……」
シユニナが騎士団に入団して数日のことだった。
最初に所属していた第十三班の隊長から移動命令が下されたのは。
そして、命令があった移動先が副団長の雑務係だったことにシユニナは首を傾げるばかりだった。
それでも、最愛のミハエルの傍で仕事が出来ることが嬉しくて、最初に感じていた疑問もいつしか薄れていたのだ。
それでも、副団長として忙しい身のミハエルの仕事を減らすための雑務係なのに、現在のシユニナはその仕事がなくて非常に困っていたのだ。
「副団長様。お仕事を下さい。何でもいいので、お仕事を下さい」
シユニナがそう訴えてもミハエルは、淡々と言うのだ。
「今、君に振れる仕事がないんだ。だから、そこのソファーに座って休んでいなさい」
「いえ、そういう訳には……。それに、今副団長様がされているお仕事は、本来私がするべき雑務だと思うのですが……」
「いや、これくらいは俺が処理した方が早い。だから、シユは休んでいなさい。これは上官命令だ」
「…………」
騎士団に身を置くうえで、男になってしまったことを公表していないシユニナは、シユと名乗って騎士団に所属していた。
ミハエルの配下として配属されたものの、するべき仕事がないためシユニナは、どうしたものかと頭を抱えていたのだ。
しかし、このまま何もしないわけにはいかないと考えたシユニナはミハエルに許可を求める。
「それでは、訓練場に行ってまいります。よろしいですか?」
「だっ…………。はぁ、分かった。行ってきなさい。しかし、ほどほどのところで休むことを忘れないようにすることだ。シユは頑張りすぎるところがあるからな」
「はい!」
ミハエルから許可を得たシユニナは、訓練場に向かった。
そこには、今回の試験で入った同期の騎士がすでに訓練を始めていたのだ。
「おーい! 私も混ぜてください」
「おお、シユ! 久しぶりだな! 異動になってから訓練に顔出してなかったから心配してたんだ」
「あっ、シユ! 元気だったか? 副団長の部下は大変だって聞くからさ。俺たち心配してたんだよ」
「大変? 副団長様はとてもお優しいですよ? 全然大変じゃないです。むしろもっと仕事を振ってほしいくらいです!」
シユニナが、仕事の少なさの不満を同僚の騎士に愚痴っていると、近くにいた先輩騎士が信じられないとばかりにシユニナに言ったのだ。
「おいおい。そんな訳ないだろうが? 副団長は、騎士団内でも鬼だとか冷血漢だとか言われている男だぞ?」
「えっ? 全然! とてもお優しいです」
「信じられないな」
そんなやり取りとしていると、訓練所にいた教官騎士が手を叩いて間に入ってきた。
「はいはい。ここでは口を動かすのではなく、体を動かすこと」
教官騎士にそう釘を刺されてしまった一同は、深く頭を下げた後に、それぞれの訓練メニューに戻って行った。
教官騎士は、久しぶりに顔を出したシユニナの頭を撫でながら今日はどうするのかを聞いてきた。
「今日は、軽く走った後に素振りをしようと思います」
「分かった。しっかり準備運動をしてから走るようにな」
「はい。ありがとうございます」
教官騎士にお礼を言ったシユニナは、じっくり体を解した後に訓練場の周りを自分のペースで走り出した。
十分体が温まってきた後は、木刀で素振りを黙々と行う。
そんなシユニナに、先輩の一人が声を掛ける。
「おーい。手合わせするのに人数が足りないんだけど、付き合ってもらえないか?」
シユニナに断る理由はなかったので、喜んでその申し出を受ける。
お互いに木刀を合わせた後に、実戦さながらの手合わせが開始された。
互いに足捌きや、体捌きを駆使して相手に有効打を打たせないように警戒しつつ、数合木刀を合わせる。
カンカンカン!!
なんども木刀のぶつかり合う音が響く。
しかし、先輩騎士の方が実戦経験の差もあり、徐々に攻撃回数が増していき、シユニナは防戦一方になっていた。
何度目かの打ち合いをした時だった。
先輩騎士の打ち下ろしを受け止めきれなかったシユニナは、後ろによろめいていた。
そんな隙を見逃さなかった先輩騎士は、シユニナの足に自分の足をひっかけて態勢を崩させた後に、そのまま押し倒すようにして木刀を眼前に突きつけた。
地面に転がされたシユニナは、「参りました」と降参の声を上げる。
先輩騎士は、素直に負けを認めたシユニナに明るい笑みを見せた後に、手を差し出す。
「ほら」
「ありがとうございます」
転がっていたシユニナは、お礼を言いつつ伸ばされた手を借りてその身を起こす。
先輩騎士もシユニナを引き起こすために掴まれた手を思いっきり引いたのだ。
しかし、先輩騎士は、ムキムキのマッチョの見た目のシユニナは重いだろうと考えて思い切り手を強く引いたのだが、想像よりもシユニナが軽くて、その勢いのまま、シユニナと二人で地面を転がってしまうのだ。
「悪い……。力が強すぎたみたいだ」
「いいえ、こちらこそ、すみません?」
「はは! なんでお前が謝るんだ?」
「だって、先輩は親切で手を貸してくれたのに、私がとろくさい所為でこんなことに……」
「ははは! お前、面白いやつだな! それにそんな見た目でその軽さはちょっと心配だぞ? ちゃんと食っているか? 腰も細いな……」
「ふふっ……。くすぐったいですよ」
先輩を下敷きにした格好のままそんなやり取りをしていたシユニナと先輩騎士だったが、頭上からの低い声に顔を引きつらせることとなったのだ。
「お前たち、楽しそうだな……」
聞こえてきたミハエルの地を這うような低い声に先輩は、飛び起きてアワアワとしていたが、そんなことなど眼中にないとばかりに寝転がっていたままのシユニナを肩に抱き上げたミハエルの不機嫌そうな顔を見た騎士たちは、震えあがる。
そして、連れ去られたシユニナの無事を祈るのだった。
シユニナが騎士団に入団して数日のことだった。
最初に所属していた第十三班の隊長から移動命令が下されたのは。
そして、命令があった移動先が副団長の雑務係だったことにシユニナは首を傾げるばかりだった。
それでも、最愛のミハエルの傍で仕事が出来ることが嬉しくて、最初に感じていた疑問もいつしか薄れていたのだ。
それでも、副団長として忙しい身のミハエルの仕事を減らすための雑務係なのに、現在のシユニナはその仕事がなくて非常に困っていたのだ。
「副団長様。お仕事を下さい。何でもいいので、お仕事を下さい」
シユニナがそう訴えてもミハエルは、淡々と言うのだ。
「今、君に振れる仕事がないんだ。だから、そこのソファーに座って休んでいなさい」
「いえ、そういう訳には……。それに、今副団長様がされているお仕事は、本来私がするべき雑務だと思うのですが……」
「いや、これくらいは俺が処理した方が早い。だから、シユは休んでいなさい。これは上官命令だ」
「…………」
騎士団に身を置くうえで、男になってしまったことを公表していないシユニナは、シユと名乗って騎士団に所属していた。
ミハエルの配下として配属されたものの、するべき仕事がないためシユニナは、どうしたものかと頭を抱えていたのだ。
しかし、このまま何もしないわけにはいかないと考えたシユニナはミハエルに許可を求める。
「それでは、訓練場に行ってまいります。よろしいですか?」
「だっ…………。はぁ、分かった。行ってきなさい。しかし、ほどほどのところで休むことを忘れないようにすることだ。シユは頑張りすぎるところがあるからな」
「はい!」
ミハエルから許可を得たシユニナは、訓練場に向かった。
そこには、今回の試験で入った同期の騎士がすでに訓練を始めていたのだ。
「おーい! 私も混ぜてください」
「おお、シユ! 久しぶりだな! 異動になってから訓練に顔出してなかったから心配してたんだ」
「あっ、シユ! 元気だったか? 副団長の部下は大変だって聞くからさ。俺たち心配してたんだよ」
「大変? 副団長様はとてもお優しいですよ? 全然大変じゃないです。むしろもっと仕事を振ってほしいくらいです!」
シユニナが、仕事の少なさの不満を同僚の騎士に愚痴っていると、近くにいた先輩騎士が信じられないとばかりにシユニナに言ったのだ。
「おいおい。そんな訳ないだろうが? 副団長は、騎士団内でも鬼だとか冷血漢だとか言われている男だぞ?」
「えっ? 全然! とてもお優しいです」
「信じられないな」
そんなやり取りとしていると、訓練所にいた教官騎士が手を叩いて間に入ってきた。
「はいはい。ここでは口を動かすのではなく、体を動かすこと」
教官騎士にそう釘を刺されてしまった一同は、深く頭を下げた後に、それぞれの訓練メニューに戻って行った。
教官騎士は、久しぶりに顔を出したシユニナの頭を撫でながら今日はどうするのかを聞いてきた。
「今日は、軽く走った後に素振りをしようと思います」
「分かった。しっかり準備運動をしてから走るようにな」
「はい。ありがとうございます」
教官騎士にお礼を言ったシユニナは、じっくり体を解した後に訓練場の周りを自分のペースで走り出した。
十分体が温まってきた後は、木刀で素振りを黙々と行う。
そんなシユニナに、先輩の一人が声を掛ける。
「おーい。手合わせするのに人数が足りないんだけど、付き合ってもらえないか?」
シユニナに断る理由はなかったので、喜んでその申し出を受ける。
お互いに木刀を合わせた後に、実戦さながらの手合わせが開始された。
互いに足捌きや、体捌きを駆使して相手に有効打を打たせないように警戒しつつ、数合木刀を合わせる。
カンカンカン!!
なんども木刀のぶつかり合う音が響く。
しかし、先輩騎士の方が実戦経験の差もあり、徐々に攻撃回数が増していき、シユニナは防戦一方になっていた。
何度目かの打ち合いをした時だった。
先輩騎士の打ち下ろしを受け止めきれなかったシユニナは、後ろによろめいていた。
そんな隙を見逃さなかった先輩騎士は、シユニナの足に自分の足をひっかけて態勢を崩させた後に、そのまま押し倒すようにして木刀を眼前に突きつけた。
地面に転がされたシユニナは、「参りました」と降参の声を上げる。
先輩騎士は、素直に負けを認めたシユニナに明るい笑みを見せた後に、手を差し出す。
「ほら」
「ありがとうございます」
転がっていたシユニナは、お礼を言いつつ伸ばされた手を借りてその身を起こす。
先輩騎士もシユニナを引き起こすために掴まれた手を思いっきり引いたのだ。
しかし、先輩騎士は、ムキムキのマッチョの見た目のシユニナは重いだろうと考えて思い切り手を強く引いたのだが、想像よりもシユニナが軽くて、その勢いのまま、シユニナと二人で地面を転がってしまうのだ。
「悪い……。力が強すぎたみたいだ」
「いいえ、こちらこそ、すみません?」
「はは! なんでお前が謝るんだ?」
「だって、先輩は親切で手を貸してくれたのに、私がとろくさい所為でこんなことに……」
「ははは! お前、面白いやつだな! それにそんな見た目でその軽さはちょっと心配だぞ? ちゃんと食っているか? 腰も細いな……」
「ふふっ……。くすぐったいですよ」
先輩を下敷きにした格好のままそんなやり取りをしていたシユニナと先輩騎士だったが、頭上からの低い声に顔を引きつらせることとなったのだ。
「お前たち、楽しそうだな……」
聞こえてきたミハエルの地を這うような低い声に先輩は、飛び起きてアワアワとしていたが、そんなことなど眼中にないとばかりに寝転がっていたままのシユニナを肩に抱き上げたミハエルの不機嫌そうな顔を見た騎士たちは、震えあがる。
そして、連れ去られたシユニナの無事を祈るのだった。
21
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる
月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。
小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました
春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。
国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない
迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。
「陛下は、同性しか愛せないのでは?」
そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。
ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました
当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。
リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。
結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。
指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。
そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。
けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。
仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。
「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」
ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる