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第三章 デュセンバーグ王国へ(4)

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 ジークリンデ。ジーク……。その名前を心の中で呟く志乃は、胸の前で両手を組んで目を閉じた。
 命の恩人のジーク。いつかこの人に恩返しを。そんなことを考える志乃。
 ぱっと閉じていた目を開いた志乃は、深々と頭を下げた。
 
「でも、それでもお礼を言わせてください。ジークリンデさん……、ありがとうございます」

「駄目」

「え?」

「ジーク」

「……えっと?」

「俺のことはジークって呼んで。それ以外の呼び方は却下だ」

 どうしても志乃に愛称で呼んでほしかったジークリンデは、そう言って志乃をじっと見つめた。
 強い視線に眩暈がしそうな志乃だったが、恩人の願いだと、最後には諦めて愛称で呼ぶことにしたのだ。
 
「分かりました。ジークさん」

「駄目だ。さんも要らない。ジークだ」

「…………ジーク?」

「うん」

 志乃がジークと愛称で呼べば、嬉しそうににこりと微笑むジークリンデ。
 なんだかそれが面白くて、志乃はついつい笑ってしまっていた。
 志乃の可愛い笑顔に見入っていたジークリンデだったが、さらに志乃を笑顔にすべくこう言っていた。
 
「シノ、大丈夫そうだったら、湯に浸かるか?」

 その言葉に、志乃は瞳を輝かせていた。
 こちらに来てからというもの、時たま井戸の水を使って体を拭くくらいで、お風呂など夢のまた夢だったのだ。
 だが、見知らぬ男の下で風呂なんてと、思う自分もいて、悩んでいると、ジークリンデが志乃を突然横抱きにして抱き上げたのだ。
 突然のことに驚いた志乃は、落ちてしまわないようにととっさにジークリンデにしがみ付く。
 ぎゅっと小さな手で服を握られたジークリンデは、志乃の可愛らしい仕草にぐっと来るものを感じながら浴室に向かった。
 そこには、猫足の付いた白磁のバスタブがあった。
 すでに湯が溜まっており、いつでも入れるようになっていたのだ。
 キラキラした瞳でバスタブを見ている志乃に微笑んだジークリンデは、志乃をそっと浴室に置いてある籐の椅子に降ろした。
 そして、いったん浴室の外に出て、買ってきたばかりの物を持って、再び浴室に入ってくる。
 
「ほら、石鹸に洗髪剤。髪につけるオイルと、体に塗る香油だ。それと、これだな」

 そう言って、可愛らしい寝間着と下着を籠に入れたのだ。
 どうしたらいいのか分からない志乃は、籠の中の物とジークリンデを交互に見る。
 その仕草が小動物が好物を前にどうしたらいいのか分からずにそわそわしている様に見えたジークリンデは思わず口を滑らせていた。
 
「ふむ。遠慮はするな。そうだな。一人で不安だというなら、俺が入れてあげようか?」

 ニヤリとした表情でそういうジークリンデを見た志乃は、ぱっと笑顔になっていた。
 ジークリンデが、敢えて志乃が負担に思わないように軽口を叩いたのだと勘違いしたのだ。
 しかし、ジークリンデは、ワンチャンあるかもと言った下心で言ったことだったが。
 
「ふふふ。ジークは優しいんですね。はい。それでは、ありがたくお風呂を頂戴しますね」

「ああ、ゆっくりしてていいからな。だが、長湯は駄目だぞ?」

 まるで母親のようなそのセリフに志乃は笑みを深める。
 
「はい。気を付けます」

「ならいい」

 ジークリンデは、志乃を残してその場を後にする前に一言言っておく。
 
「それと、扉には鍵がある。外からは開かないから安心しろ」

 ジークリンデの気遣いが嬉しく思えた志乃は、再び笑みを深めたのだった。
 
 
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