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第一章 聖女召喚(5)
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そして翌日、志乃は冷たい水と罵声を浴びせられながら目覚めることとなった。
昨日の老婆ではない、五十代くらいの恰幅のいい女性が、表情を鬼のように顰めて、志乃を罵る。
「この役立たず! いつまで寝てるんだい! さっさと仕事をしないと日が暮れちまうよ!」
頭に響くような大音量での怒鳴り声に志乃は、重い体を起こしていた。
周囲を見ると、日が昇ってまだそんなに経っていないことが分かった。
目の前の怒り狂う女性は、志乃がなかなか行動を起こさないことに苛立ち、とうとう握ったこぶしを振り下ろしたのだ。
頬を拳で殴られた志乃は、衝撃に言葉を失っていた。
それでも、再び女性が拳を振り上げるのを見ると、反射的に体を丸めて身を庇うような態勢をとっていた。
それが気にくわなかったのだろう、女性は鼻を鳴らした後に、志乃の背中を踏みつけた。
気が済むまで志乃を踏みつけた女性は、「さっさと水汲みの仕事をしな!」と怒鳴りつけたかと思うと、さっさとどこかに行ってしまった。
志乃は、痛む体を擦りながらなんとか立ち上がっていた。
昨日老婆に言われた仕事を思い出したのだ。
そして、先ほどの状況から、言われたことを済ませないともっとひどいことをされるかもしれないと思うと、全身の血が凍ったように寒気が走った。
よろよろとした足取りで、近くにある井戸から水を汲む。
井戸で水など汲んだことなどない志乃は、ロープの付いた桶を見つけて、多分これでいいだろうと、桶を井戸の中に落としていた。
水の入った桶は重く、引き上げるのも大変で、結局、言いつけられた水汲みを時間内に終えることができなかった。
老婆は、宣言通り志乃に食事を与えなかった。
そして老婆は言った。
「食事が欲しかったら、これくらいのことはおやり。働けないものを養えるほどここは生ぬるいところじゃないんでね」
それから志乃は、日が昇るよりもだいぶ早い時間に起きだして、何とか水汲みを終えられるように懸命に働いた。
言いつけられた仕事を終えると、老婆は志乃にカビの生えたカチカチのパンを与えた。
それでも、志乃にとってはご馳走に見えた。
これまで、飢えを凌ぐために、寝床にある藁だったり、その辺に生えている草を食べて凌いでいたのだ。
しかし、そんなものを食べればお腹を壊してしまうのは当然だったが、食べずにはいられなかったのだ。
そんな物を口にし続けたのには理由があった。それは、異世界に来てから志乃の体は変化しつつあったからだ。
こちらの世界にきて一か月ほど経った時に気が付いたことだった。
どんな怪我をしても、どんなに体調が悪くても、翌日になるとそれらが回復していた。
当初は、怪我の治りが早い程度だった。
それが、前日に酷い熱を出した時に一晩寝ると、体調が良くなっていたのだ。
劣悪な環境の中で考えられないような出来事だった。
熱を出しているさ中、志乃は次の日目を覚まさず、このまま死ぬかもしれないと思うほどだったのだ。
それが、翌日には具合も良くなっただけではなく、全身の怪我が完治していたのだ。
それからだった。
食事を抜かれたときは、藁でも草でも食べた。
酷いときは、虫だって食べたし、木の皮や根だって口にして何とか耐え忍んだのだ。
空腹に耐えられず、虫を口にしたときは、どうしてこんなことにと泣いて、死んだら楽になれるのにと考えたこともあった。
それでも、自ら死を選ぶことだけはしたくなかった。
それは、志乃が小学生の時だった。
仲良くなった友人が現代医学では治せないという難病にかかり命を落としたのだ。
その時、友人を見舞った志乃に、機械と沢山の管が繋がれ、枯れ木のようにやせ細った体のその子は、いつも楽しそうに、もし病気が治ったらやりたいことがたくさんあるのだと語っていた。
そんな彼女が一度だけ、志乃に言ったのだ。
「もっと生きたかった」と。
そんな友人の姿を覚えている志乃には、自ら命を絶つという方法を選ぶことなどできなかったのだ。
昨日の老婆ではない、五十代くらいの恰幅のいい女性が、表情を鬼のように顰めて、志乃を罵る。
「この役立たず! いつまで寝てるんだい! さっさと仕事をしないと日が暮れちまうよ!」
頭に響くような大音量での怒鳴り声に志乃は、重い体を起こしていた。
周囲を見ると、日が昇ってまだそんなに経っていないことが分かった。
目の前の怒り狂う女性は、志乃がなかなか行動を起こさないことに苛立ち、とうとう握ったこぶしを振り下ろしたのだ。
頬を拳で殴られた志乃は、衝撃に言葉を失っていた。
それでも、再び女性が拳を振り上げるのを見ると、反射的に体を丸めて身を庇うような態勢をとっていた。
それが気にくわなかったのだろう、女性は鼻を鳴らした後に、志乃の背中を踏みつけた。
気が済むまで志乃を踏みつけた女性は、「さっさと水汲みの仕事をしな!」と怒鳴りつけたかと思うと、さっさとどこかに行ってしまった。
志乃は、痛む体を擦りながらなんとか立ち上がっていた。
昨日老婆に言われた仕事を思い出したのだ。
そして、先ほどの状況から、言われたことを済ませないともっとひどいことをされるかもしれないと思うと、全身の血が凍ったように寒気が走った。
よろよろとした足取りで、近くにある井戸から水を汲む。
井戸で水など汲んだことなどない志乃は、ロープの付いた桶を見つけて、多分これでいいだろうと、桶を井戸の中に落としていた。
水の入った桶は重く、引き上げるのも大変で、結局、言いつけられた水汲みを時間内に終えることができなかった。
老婆は、宣言通り志乃に食事を与えなかった。
そして老婆は言った。
「食事が欲しかったら、これくらいのことはおやり。働けないものを養えるほどここは生ぬるいところじゃないんでね」
それから志乃は、日が昇るよりもだいぶ早い時間に起きだして、何とか水汲みを終えられるように懸命に働いた。
言いつけられた仕事を終えると、老婆は志乃にカビの生えたカチカチのパンを与えた。
それでも、志乃にとってはご馳走に見えた。
これまで、飢えを凌ぐために、寝床にある藁だったり、その辺に生えている草を食べて凌いでいたのだ。
しかし、そんなものを食べればお腹を壊してしまうのは当然だったが、食べずにはいられなかったのだ。
そんな物を口にし続けたのには理由があった。それは、異世界に来てから志乃の体は変化しつつあったからだ。
こちらの世界にきて一か月ほど経った時に気が付いたことだった。
どんな怪我をしても、どんなに体調が悪くても、翌日になるとそれらが回復していた。
当初は、怪我の治りが早い程度だった。
それが、前日に酷い熱を出した時に一晩寝ると、体調が良くなっていたのだ。
劣悪な環境の中で考えられないような出来事だった。
熱を出しているさ中、志乃は次の日目を覚まさず、このまま死ぬかもしれないと思うほどだったのだ。
それが、翌日には具合も良くなっただけではなく、全身の怪我が完治していたのだ。
それからだった。
食事を抜かれたときは、藁でも草でも食べた。
酷いときは、虫だって食べたし、木の皮や根だって口にして何とか耐え忍んだのだ。
空腹に耐えられず、虫を口にしたときは、どうしてこんなことにと泣いて、死んだら楽になれるのにと考えたこともあった。
それでも、自ら死を選ぶことだけはしたくなかった。
それは、志乃が小学生の時だった。
仲良くなった友人が現代医学では治せないという難病にかかり命を落としたのだ。
その時、友人を見舞った志乃に、機械と沢山の管が繋がれ、枯れ木のようにやせ細った体のその子は、いつも楽しそうに、もし病気が治ったらやりたいことがたくさんあるのだと語っていた。
そんな彼女が一度だけ、志乃に言ったのだ。
「もっと生きたかった」と。
そんな友人の姿を覚えている志乃には、自ら命を絶つという方法を選ぶことなどできなかったのだ。
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