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第一部
第五話 少年は運命と出会う
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研究室に籠りっきりの生活を続けるノルンの元に、アーノルドが愚痴を言いにやってきたのは、昼下がりのことだった。
昼食後、昼寝でもしてから研究の続きをしようと思っていたノルンの部屋にやってきたアーノルドは、持参したティーセットを広げながら言うのだ。
「ノルン先生、聞いてくださいよ。うちの息子がぐれてしまったんです~」
そう言われたノルンは、指を折ってぐれたという息子の年齢を計算する。
「確か……。十歳か? えっ? 十歳でどうぐれるんだ?」
その言葉に、アーノルドは、瞳を潤ませるのだ。
「それが、最近勉強はサボりがちだし、剣術指南から逃げ出していて……。物は壊すしで……」
そう言って、肩を落とすのだ。
ノルンは、なるほどという顔になる。そして、アーレスが何故そんなことをするのかと考えると、なんとなく理由が想像できたのだ。
「はぁ……。アーノルドは、そう言うところ鈍いというか……。父親としてちゃんとしないとだめだぞ?」
そう言って、アーノルドの額を小突いたノルンは説教モードで言うのだ。
「アーレスに、確か弟がいたよな?」
「はい。ジェイクと言って、今年四歳になります。もう、可愛くて可愛くて! もうね、妻に似たみたいで!!」
そのはしゃぎように、ノルンは額を片手で押さえて溜息を吐くのだ。
「はぁ。それだと思うぞ?」
「え?」
「きっと、弟ばかり構われていると思って、自分を見て欲しくて乱暴なことをしたりするんだと思うよ」
アーノルドは、瞬きをした後ににヘラと笑うのだ。
「やだなぁ。私は、アーレスもジェイクもどっちも可愛がっていますよ? 二人とも可愛い私の愛息子ですからね!」
「だが、本人はそう思ってはいないようだぞ? こんなところでジジイなんかとお茶している場合ではないと思うが? 息子と二人きりで話す時間でも取ってみろ」
そう言われたアーノルドは、にこりと笑って言うのだ。
「何を言うのです。先生は、相変わらず美しいですよ?」
「なっ! あほうめ! 私のことはいいから、早く息子のところにでも行け!」
そう言って、ノルンは手近にあったクッションをアーノルドに投げつけるのだ。
しかし、アーノルドは、そのクッションを軽く避けた後に、楽しそうに笑って、部屋を出て行ったのだ。
「先生、ありがとうございます。でも、先生のそう言う照れ隠しが下手なところ、可愛いですよ~」
「あほうめが……」
耳を赤くさせたノルンは、ぶっきらぼうに扉に向かってそう言うのだが、その言葉を聞く者は誰もいなかったのだった。
なんだが疲れたように感じたノルンは、日差しの入る場所に置いてあるソファーに移動していた。
ポカポカと差し込む日差しに、眠気が膨らんでいたノルンは、小さな欠伸をした後に、ごろりと横になっていた。
しばらくすると、すーすーと寝息を立てるノルンがいたのだった。
しんと静まり返った室内の扉が開く音がしたのは、だいぶ日が落ちてきた時分だった。
夕暮れの赤に染まった室内に侵入してきたのは、少年だった。
足音を立てないように、こっそりと室内に入ってきたのは、銀髪碧眼の見目麗しい少年だった。
少年は、ゆっくりと周囲を見回しながらポソポソと口の中で呟くのだ。
「妖精爺は、ここにもいないなぁ。僕が妖精爺を生け捕りにしたら、きっと父上は驚いて、僕のこと見てくれるようになる……はず?」
そんなことを呟きながら、少年は慎重な足取りで泳ぐように部屋を進む。
部屋の中は、様々な本や道具が散乱していた。
足の踏み場は辛うじてある程度の状態だったのだ。
そんな場所を進んでいた少年は、足元に転がっていた薬瓶の存在に気が付かず、それを蹴とばしてしまったのだ。
コンッと、軽い音をさせた後、薬瓶はコロコロと転がっていく。
少年がまずいと思った時、窓に面した場所のソファーの上で身じろぐ気配があったのだ。
「んぅ…………」
聞こえてきた小さな声に、少年は慌てて口を両手で塞いで悲鳴を押し込める。
そして、身を硬くして、時間が過ぎるのを待っていると、耳にすーすーという寝息が聞こえてきたのだ。
少年は、その寝息に安堵の息を吐いていた。
しかし、少年はすぐに部屋を出ることはしなかった。好奇心に駆られるまま、眠っている人物に近づいたのだ。
少年は、ソファーの上で寝息を立てるノルンの姿を見て息をのむ。
夕焼けに赤く染まった、淡い金の髪。長い睫毛に覆われた瞳は閉じられていた。小さな鼻と、薄く小ぶりな唇。柔らかそうな頬と、華奢な首筋。
少年の瞳に映るノルンは、とても美しいものに見えていたのだ。
それと同時に、少年の心臓は高鳴り、全力疾走でもした後のような息苦しさも感じたのだ。
少年は無意識に眠っているノルンに手を伸ばしていた。
そして、薄い唇に指先で触れたのだ。
その瞬間、少年は指先から全身に向かって痺れるような感覚を味わうのだ。
そして、あるところに熱が集まっていくのを感じた少年は、なんだか怖くなって、その場を全力で逃げ出していた。
その日の夜、その少年は生まれて初めて淫靡な夢を見る。
それは、少年が性に目覚めの瞬間だった。
翌日、生まれて初めての夢精で精通した少年は、男として目覚めていくのだった。
昼食後、昼寝でもしてから研究の続きをしようと思っていたノルンの部屋にやってきたアーノルドは、持参したティーセットを広げながら言うのだ。
「ノルン先生、聞いてくださいよ。うちの息子がぐれてしまったんです~」
そう言われたノルンは、指を折ってぐれたという息子の年齢を計算する。
「確か……。十歳か? えっ? 十歳でどうぐれるんだ?」
その言葉に、アーノルドは、瞳を潤ませるのだ。
「それが、最近勉強はサボりがちだし、剣術指南から逃げ出していて……。物は壊すしで……」
そう言って、肩を落とすのだ。
ノルンは、なるほどという顔になる。そして、アーレスが何故そんなことをするのかと考えると、なんとなく理由が想像できたのだ。
「はぁ……。アーノルドは、そう言うところ鈍いというか……。父親としてちゃんとしないとだめだぞ?」
そう言って、アーノルドの額を小突いたノルンは説教モードで言うのだ。
「アーレスに、確か弟がいたよな?」
「はい。ジェイクと言って、今年四歳になります。もう、可愛くて可愛くて! もうね、妻に似たみたいで!!」
そのはしゃぎように、ノルンは額を片手で押さえて溜息を吐くのだ。
「はぁ。それだと思うぞ?」
「え?」
「きっと、弟ばかり構われていると思って、自分を見て欲しくて乱暴なことをしたりするんだと思うよ」
アーノルドは、瞬きをした後ににヘラと笑うのだ。
「やだなぁ。私は、アーレスもジェイクもどっちも可愛がっていますよ? 二人とも可愛い私の愛息子ですからね!」
「だが、本人はそう思ってはいないようだぞ? こんなところでジジイなんかとお茶している場合ではないと思うが? 息子と二人きりで話す時間でも取ってみろ」
そう言われたアーノルドは、にこりと笑って言うのだ。
「何を言うのです。先生は、相変わらず美しいですよ?」
「なっ! あほうめ! 私のことはいいから、早く息子のところにでも行け!」
そう言って、ノルンは手近にあったクッションをアーノルドに投げつけるのだ。
しかし、アーノルドは、そのクッションを軽く避けた後に、楽しそうに笑って、部屋を出て行ったのだ。
「先生、ありがとうございます。でも、先生のそう言う照れ隠しが下手なところ、可愛いですよ~」
「あほうめが……」
耳を赤くさせたノルンは、ぶっきらぼうに扉に向かってそう言うのだが、その言葉を聞く者は誰もいなかったのだった。
なんだが疲れたように感じたノルンは、日差しの入る場所に置いてあるソファーに移動していた。
ポカポカと差し込む日差しに、眠気が膨らんでいたノルンは、小さな欠伸をした後に、ごろりと横になっていた。
しばらくすると、すーすーと寝息を立てるノルンがいたのだった。
しんと静まり返った室内の扉が開く音がしたのは、だいぶ日が落ちてきた時分だった。
夕暮れの赤に染まった室内に侵入してきたのは、少年だった。
足音を立てないように、こっそりと室内に入ってきたのは、銀髪碧眼の見目麗しい少年だった。
少年は、ゆっくりと周囲を見回しながらポソポソと口の中で呟くのだ。
「妖精爺は、ここにもいないなぁ。僕が妖精爺を生け捕りにしたら、きっと父上は驚いて、僕のこと見てくれるようになる……はず?」
そんなことを呟きながら、少年は慎重な足取りで泳ぐように部屋を進む。
部屋の中は、様々な本や道具が散乱していた。
足の踏み場は辛うじてある程度の状態だったのだ。
そんな場所を進んでいた少年は、足元に転がっていた薬瓶の存在に気が付かず、それを蹴とばしてしまったのだ。
コンッと、軽い音をさせた後、薬瓶はコロコロと転がっていく。
少年がまずいと思った時、窓に面した場所のソファーの上で身じろぐ気配があったのだ。
「んぅ…………」
聞こえてきた小さな声に、少年は慌てて口を両手で塞いで悲鳴を押し込める。
そして、身を硬くして、時間が過ぎるのを待っていると、耳にすーすーという寝息が聞こえてきたのだ。
少年は、その寝息に安堵の息を吐いていた。
しかし、少年はすぐに部屋を出ることはしなかった。好奇心に駆られるまま、眠っている人物に近づいたのだ。
少年は、ソファーの上で寝息を立てるノルンの姿を見て息をのむ。
夕焼けに赤く染まった、淡い金の髪。長い睫毛に覆われた瞳は閉じられていた。小さな鼻と、薄く小ぶりな唇。柔らかそうな頬と、華奢な首筋。
少年の瞳に映るノルンは、とても美しいものに見えていたのだ。
それと同時に、少年の心臓は高鳴り、全力疾走でもした後のような息苦しさも感じたのだ。
少年は無意識に眠っているノルンに手を伸ばしていた。
そして、薄い唇に指先で触れたのだ。
その瞬間、少年は指先から全身に向かって痺れるような感覚を味わうのだ。
そして、あるところに熱が集まっていくのを感じた少年は、なんだか怖くなって、その場を全力で逃げ出していた。
その日の夜、その少年は生まれて初めて淫靡な夢を見る。
それは、少年が性に目覚めの瞬間だった。
翌日、生まれて初めての夢精で精通した少年は、男として目覚めていくのだった。
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