上 下
30 / 40

第三十話

しおりを挟む
 ミルクの甘さの中にほんのりとした辛味があって、その初めて体験する味にわたしはとても驚いていた。
 これまで辛い物を食べたことはあっても、美味しいと感じたことはなかったからだ。
 
「お気に召していただけたみたいでよかったです」

「はい……。今まで、辛くて痛いと感じるものを口にしたことはありましたが、このピリッとした辛さは美味しいと感じました」

「ふふ。もしかして、妃殿下は俺と同じく辛党なのかもしれないですね」

「からとう? ですか?」

 初めて聞く言葉にわたしが戸惑っていると、ジーン様が教えてくれた。
 
「辛い物を好んで口にする者のことを辛党って言うんですよ」

「辛党……」

「もし興味がおありでしたら、俺のとっておきも試してみますか?」

 とっておき……。すごく興味をそそられるお誘いに、わたしは小さく頷いてしまっていた。
 ジーン様は、再び部屋を出た後に、独特な匂いのする何かを持って戻ってきたの。
 
「お待たせしました。これは、数十種類のスパイスを配合させたカーリーという料理です。今回用意できたのは、少し辛めのものなので、少しずつ試してください。決して無理はしないようにお願いします」

 そう言われたわたしだったけど、鼻腔をくすぐる香りに唾を飲んでしまっていた。
 わたしの目の前に置かれたお皿からは、先ほどの紅茶の比ではない独特な香りがしていた。
 でも、すごくお腹がすく香りだった。
 用意されていたスプーンを手に持って、目の前のお皿と向き合う。
 そして、スプーンで少しだけカーリーを掬ってみる。
 すこしとろみのあるスープだと気が付き、わたしは熱そうな湯気を感じて、何度も息を吹きかけてからスプーンを口に運んでいた。
 
 一口食べた瞬間、わたしは舌と唇に感じるヒリヒリとした痛みに驚く。
 でも、それは一瞬で、舌の上には辛味だけではなく、ほんのり感じる果物の酸味と甘み、他にもいろいろな味が複雑に混ざり合って、今までに感じたことのない美味しさをわたしは味わっていた。
 カーリーが喉を通るとき、喉が痛くて、お腹も熱かったけれど、もう一口食べたくなってしまって、どうしようかと悩む。
 でも、これ以上は駄目だと頭では分かっていても、体がカーリーを求めてしまう……。
 
「あむっ……。はふはふぅ……。ごくっ……。あむっ……。はふぅ……はふっ。ごくっ」

「妃殿下? 大丈夫ですか?」

「はふぅ……。ふぁい……。らいじょうぶれす……。とてもおいひいです……」

 とても美味しくて、なん口も夢中でカーリーを口に運んでしまっていたわたしは、自分の限界に全く気が付いていなかった。
 
 体は物凄く暑くて、全身から信じられないくらい汗が噴き出していた。
 舌も喉も痛いし、お腹は燃えるように熱かった。
 だけど、カーリーが美味しすぎて……。
 でも、確実に慣れない辛味にわたしの体はダメージを受けていたみたいで……。
 
 何口目か分からないカーリーを飲み込んだところで、目を回したわたしは気絶してしまっていた。
 
 その後、ラヴィリオ王子殿下には、物凄く怒られてしまったわ。
 それに、わたしにカーリーを用意してくれたジーン様も。
 ジーン様は、ちゃんと注意を促してくれたのに、欲張ってしまったわたしが悪いのに、わたしの所為でラヴィリオ王子殿下に叱られてしまった、ジーン様に申し訳なくて……。
 でも、あの辛味を知ってしまった今、ふとした瞬間にあの刺激的な味を求めてしまうわたしがいたわ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

わたしの好きなひと(幼馴染)の好きなひと(わたしの姉)から惚れ薬を渡されたので、

やなぎ怜
恋愛
魔が差して好きなひと(幼馴染)に惚れ薬を盛ってしまった。 ……風花(ふうか)は幼馴染の維月(いつき)が好きだが、彼の想い人は風花の姉・雪子(ゆきこ)だった。しかしあるとき雪子に惚れ薬を渡される風花。半信半疑ながら思い余って維月に惚れ薬を盛ったところ効果はてきめんで、風花は彼とキスをする。しかし維月の中にある己への愛情は偽りのものだと思うと、罪悪感で苦しくなってしまう。それでもズルズルと騙し続けていたが、風花自ら惚れ薬の効能を解く出来事が起こり――。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...