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第二十九話

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 わたしがアレを知ってしまったのは本当に偶然だった。
 
 あの日、ラヴィリオ皇子殿下が公務で遠出をすることになった日だ。
 普段は、護衛のためにとラヴィリオ皇子殿下に同行していたジーン様がわたしの部屋にやってきたのだ。
 
「皇子妃殿下。本日、ラヴィリオ様は視察のため皇城を離れます。その間、皇子妃殿下の守護を任されました。ジーン・マイアードです。改めて、ご挨拶いたします」

 ジーン様の声を聴いて、わたしはすぐに思い至る。
 わたしをマルクトォス帝国まで送ってくれた騎士様だと。
 
「貴方様は、わたしをディスポーラ王国まで迎えに来てくれた方ですね」

「はい。覚えていてくださり、光栄に存じます」

「いいえ、その節はありがとうございました」

「妃殿下! どうか頭をお上げください」

 わたしが頭を下げたとたん、慌てるようにジーン様にそう言われてしまった。
 あまりにも動揺した声をしていたため、慌てて頭を上げると、安心したかのようにジーン様が言ったわ。
 
「俺は、ラヴィリオ様に仕えている身です。なので、俺に頭を下げる必要はありませんよ」

「いいえ、親切にしていただいたんだもの。お礼を言うのは当然です」

「……、妃殿下はとてもお優しい方なのですね」

「?」

「いえ、何でもありません。俺は、マイアード侯爵家の次男なので、今後もラヴィリオ様にお仕えしますので、妃殿下もどうぞ俺のことは気軽にジーンと呼んでください」

 優し気にそう言われても侯爵家は、高位貴族だ。わたしなんかが気軽に接していいものなのか……。
 それでも、ジーン様の善意を無下にも出来ず、曖昧な答えで返してしまっていた。
 
「分かりました……。善処します」


 その日も、一日ぼんやりと過ごしていた。
 目が見えていないので、刺繍など出来ないし、もちろん本も読めない。
 と言っても、目が見えていても字なんてわからないし、刺繍なんてもっと分からないから考えても無駄なことだった。
 日がな一日、ぼんやりとしながら薄く上した魔力で周囲の様子を探るのがわたしの日々の過ごし方だった。
 
 ただ、ソファーに座って身じろぎ一つしないわたしに気を使ってくれたのか、ジーン様がお茶の用意をしてくれた。
 こちらに来てから、ラヴィリオ王子殿下から、様々な食べ物や飲み物を教えてもらっていた。
 初めてあった時に聞いたぱふぇなるものも口にさせてもらった。
 あれは……、とても甘くてすぐにお腹がいっぱいになってしまったわ。
 
 そんなことを思っていると、とてもいい匂いがわたしの鼻に届いた。
 今まで嗅いだことのない香りにわたしは好奇心が湧いてくるのを感じていた。
 
「とてもいい香りですね」

 わたしがそう言うと、ジーン様は少し嬉しそうに言うのだ。
 
「はい。俺が好んで嗜んでいる紅茶です」

「紅茶ですか?」
 
 紅茶は、ラヴィリオ王子殿下から頂いて何でも飲んでいたけど、こんな匂いのものは初めてだった。
 どう表現していいのか分からないけれど、お腹が空く匂いというのかしら……?
 
「これはですね。紅茶をミルクと数種類のスパイスで煮出したものです」

 すぱいす?
 初めて聞く言葉だった。
 軽く首を傾げていると、ジーン様が教えてくれた。
 
「このスパイスは、海を渡った先の大陸から仕入れた物なんです。調味料の一種で、料理に風味や辛味などを出すために用いられる香辛料ですね。今回一緒に煮出したのは、ほんのりとした辛味と、その辛味からくる風味がとても気に入っているんです。体にもいいものなので、ぜひ妃殿下に飲んでいただきたくて」

 説明を受けたわたしは、初めて感じる不思議な香りの紅茶を口にしてその不思議な美味しさにあっという間に紅茶を飲み干してしまっていたわ。

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