1 / 40
第一話
しおりを挟む
幼いころ、天使のような男の子に会った。
キラキラと輝く金色の髪、涙に濡れた澄んだ空のような青い瞳。
わたしは無意識に手を伸ばして男の子の涙を拭っていた。
涙に触れたわたしは、こんなに温かい涙があることを初めて知った。
幼いわたしは、今思うととても無神経に天使のような男の子に聞いていたわ。
「綺麗……、天使さん?」
わたしに声をかけられた男の子は驚いて顔をあげてまじまじとわたしの顔を見上げていた。
視線があったわたしは、泣き顔が綺麗すぎて心臓が飛び出るかと思って、無意識に胸を両手で押さえていた。
そんなわたしに男の子は、涙を拭いながら睨みつけるように言った。
「なんだお前?!」
「えっと……、天使さんはどうして泣いているの?」
わたしにそう言われた男の子は、泣いているところを見られたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて吠えるように言葉を吐き出していた。
「お前には関係ない!!」
「でも……、天使さんのことなんだか放っておけなくて……」
わたしにそう言われた男の子は、さらに顔を赤くして叫ぶように言ったわ。
「うるさい!! それに俺は天使なんかじゃない!」
そう言って、両手でわたしを押したの。
男の子の行動にわたしは簡単に尻もちをついてしまっていた。
転んだ瞬間に、前髪で隠していた顔が露わになって慌てて下を向いたけど遅かったみたい。
わたしの顔を見た少年は目を丸くさせてプイっと横を向いてしまった。
わたしは、誰にも見られなくなかった秘密を見られてしまい震えてしまっていた。
そんなわたしに気が付いた男の子は慌てて言ったわ。
「悪い! ごめんな……。俺は男なのに、女のお前に暴力を振るってしまった……」
そう言いながら膝を付いた少年は、わたしの乱れた髪を手で梳くように整えた後に、優しい手つきで頬を撫でながら言うの。
「お前のその目、綺麗だな。母上から頂いた、菫の砂糖漬けみたいで美味しそうだな」
そう言って、わたしの右目を見つめた後にこりと微笑んだのだ。
わたしは、痛みも感じなくなったはずの左目があった場所がずきりと痛んだ気がして、強く両手を握りこんでいた。
そんなわたしに気が付いた男の子は、そっとわたしの両手を包み込むように握ってからとんどもないことをしてくれた。
握った両手を持ち上げて、わたしの両手の甲にキスをしたのだ!
そして天使のような笑顔でわたしの心の傷を抉る。
「その左目、怪我が早く治るといいな」
男の子は、適当に巻かれた包帯で隠れていたわたしの左目を見て言った。
でも、奪われたものは戻ってこない。わたしの左目が元に戻ることなどないのだ。
天使のような顔が無邪気に微笑むのにイラついたわたしは、悪意を持って少年の傷を抉ろうとした。
「ふん。そんな事より、泣き虫の天使さんは、ママのところに帰らなくてもいいのですか?」
わたしにそう言われた男の子は、目を丸くさせた後に素直な気持ちを何故かわたしに向かって吐き出していた。
「はは……。俺は……父上の跡を継ぐのは兄上だと思っている。なのに、誰もかれもが俺こそがそうだとうるさく言うんだ。母上もそうだ……。いくら俺が優秀だとしても……」
少年の言葉にわたしはさらにイライラが募るのを感じた。
だってそうだろう。少年は自分は優秀で、兄よりも優れているけど面倒ごとはごめんだと、そんな物自分より劣る兄にでもさせておけばいいと心のどこかで思っているように感じたのだ。
だからわたしも言葉を選ぶことはしなかった。
「そう。なら、ならなければいい。貴方がそれほど優秀だというのなら、そう仕向ければいいだけの話よ」
わたしにそう言われた男の子は、言われて初めて気が付いたとばかりに瞳を輝かせていた。
そんな愚かだけど、この世の何よりも美しい天使のような少年。
少年は、そのあと誰かを待たせていることを思い出したようで、慌てて駆け出したのだ。
明るい笑顔をわたしに向けて、手を大きく振って、「またな!」なんて言って、嬉しそうに走り去ったの。
わたしは、あの男の子が誰か知らなかったし、あの男の子もわたしが誰かを知らなかった。
だから、二度と会うことなどないと思っていた。
あの頃の面影などない、バケモノになり果てたこんなわたしなんて知られたくなかった……。
キラキラと輝く金色の髪、涙に濡れた澄んだ空のような青い瞳。
わたしは無意識に手を伸ばして男の子の涙を拭っていた。
涙に触れたわたしは、こんなに温かい涙があることを初めて知った。
幼いわたしは、今思うととても無神経に天使のような男の子に聞いていたわ。
「綺麗……、天使さん?」
わたしに声をかけられた男の子は驚いて顔をあげてまじまじとわたしの顔を見上げていた。
視線があったわたしは、泣き顔が綺麗すぎて心臓が飛び出るかと思って、無意識に胸を両手で押さえていた。
そんなわたしに男の子は、涙を拭いながら睨みつけるように言った。
「なんだお前?!」
「えっと……、天使さんはどうして泣いているの?」
わたしにそう言われた男の子は、泣いているところを見られたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて吠えるように言葉を吐き出していた。
「お前には関係ない!!」
「でも……、天使さんのことなんだか放っておけなくて……」
わたしにそう言われた男の子は、さらに顔を赤くして叫ぶように言ったわ。
「うるさい!! それに俺は天使なんかじゃない!」
そう言って、両手でわたしを押したの。
男の子の行動にわたしは簡単に尻もちをついてしまっていた。
転んだ瞬間に、前髪で隠していた顔が露わになって慌てて下を向いたけど遅かったみたい。
わたしの顔を見た少年は目を丸くさせてプイっと横を向いてしまった。
わたしは、誰にも見られなくなかった秘密を見られてしまい震えてしまっていた。
そんなわたしに気が付いた男の子は慌てて言ったわ。
「悪い! ごめんな……。俺は男なのに、女のお前に暴力を振るってしまった……」
そう言いながら膝を付いた少年は、わたしの乱れた髪を手で梳くように整えた後に、優しい手つきで頬を撫でながら言うの。
「お前のその目、綺麗だな。母上から頂いた、菫の砂糖漬けみたいで美味しそうだな」
そう言って、わたしの右目を見つめた後にこりと微笑んだのだ。
わたしは、痛みも感じなくなったはずの左目があった場所がずきりと痛んだ気がして、強く両手を握りこんでいた。
そんなわたしに気が付いた男の子は、そっとわたしの両手を包み込むように握ってからとんどもないことをしてくれた。
握った両手を持ち上げて、わたしの両手の甲にキスをしたのだ!
そして天使のような笑顔でわたしの心の傷を抉る。
「その左目、怪我が早く治るといいな」
男の子は、適当に巻かれた包帯で隠れていたわたしの左目を見て言った。
でも、奪われたものは戻ってこない。わたしの左目が元に戻ることなどないのだ。
天使のような顔が無邪気に微笑むのにイラついたわたしは、悪意を持って少年の傷を抉ろうとした。
「ふん。そんな事より、泣き虫の天使さんは、ママのところに帰らなくてもいいのですか?」
わたしにそう言われた男の子は、目を丸くさせた後に素直な気持ちを何故かわたしに向かって吐き出していた。
「はは……。俺は……父上の跡を継ぐのは兄上だと思っている。なのに、誰もかれもが俺こそがそうだとうるさく言うんだ。母上もそうだ……。いくら俺が優秀だとしても……」
少年の言葉にわたしはさらにイライラが募るのを感じた。
だってそうだろう。少年は自分は優秀で、兄よりも優れているけど面倒ごとはごめんだと、そんな物自分より劣る兄にでもさせておけばいいと心のどこかで思っているように感じたのだ。
だからわたしも言葉を選ぶことはしなかった。
「そう。なら、ならなければいい。貴方がそれほど優秀だというのなら、そう仕向ければいいだけの話よ」
わたしにそう言われた男の子は、言われて初めて気が付いたとばかりに瞳を輝かせていた。
そんな愚かだけど、この世の何よりも美しい天使のような少年。
少年は、そのあと誰かを待たせていることを思い出したようで、慌てて駆け出したのだ。
明るい笑顔をわたしに向けて、手を大きく振って、「またな!」なんて言って、嬉しそうに走り去ったの。
わたしは、あの男の子が誰か知らなかったし、あの男の子もわたしが誰かを知らなかった。
だから、二度と会うことなどないと思っていた。
あの頃の面影などない、バケモノになり果てたこんなわたしなんて知られたくなかった……。
10
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。
予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。
嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍
バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。
全11話
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる