上 下
14 / 97
本編

第二章 欠陥姫と騎士(9)

しおりを挟む
 その日、セイラは家事を片付けた後に食料調達と情報収集をするために出掛けていて、ミリアリアは一人で過ごしていた。
 ミリアリアは、定位置となりつつある木の根元で暖かい陽の光を浴びながらうたたねをしてしまっていた。心地いい陽の光と緩く吹く風を頬で感じながら夢を見ていたのだ。
 
 そこは、色とりどりの花が咲き乱れる見たこともない花畑だった。
 ミリアリアは、その見たことのない花畑を誰かと手をつないで散歩をしていた。
 ミリアリアの右側を歩く、身長の高いその人は、ミリアリアの歩調に合わせてゆっくりと歩てくれる、たったそれだけのことだったが、夢の中のミリアリアにはとてもうれしいと思えたのだ。
 他愛もないおしゃべりを楽しみながら、花畑を歩く。
 たったそれだけの夢だった。
 しかし、実際にはそんなことあり得ないことだった。
 それでも、夢の中だけでも自由に歩き回り、声に出して気持ちを相手に伝えられることがどうしようもなく幸せだった。
 ミリアリアの隣を歩く背の高いその人が急に立ち止まり、その身を屈めて口を開いたのだ。
 
「ミリーちゃん。好きだよ。結婚しよう。俺のお嫁さんになって欲しい」

 そう言って、いつか読んだ小説のワンシーンのように片膝を付いてミリアリアの右手の甲に口付けたのだ。
 ミリアリアは、それが嬉しくて美しい花のような笑顔で答えていた。
 
「はい。わたしもお慕いしておりました。わたしをお嫁さんにしてください」

 そう言って頬をバラ色に染めたミリアリアにその人は微笑みかけたのだ。
 そのはずだった。
 しかし、笑顔のはずのその人の顔は真っ黒に塗りつぶされていて表情を知ることが出来なかったのだ。
 顔が真っ黒に塗りつぶさていてその人がどんな顔をしているのか分からずに不安に思っていると、その人の優しい声が耳に届いたのだ。
 優しくて、それでいて低く耳に心地い声。
 その声を聴いているとミリアリアは、心が落ち着いて行くのを感じた。
 
「わたし……リートさまが好き。リートさまに会いたい……。でも、そんなこと許されない。だってわたしは人質としてここにいるんだもの。この気持ちは誰にも知られてはいけない。忘れないと……。これは夢。だから、今だけはリートさまの傍に居させてほしい。夢から覚めたらこの気持ちは忘れるから、今だけは……どうか、今だけはこの幸福を感じさせて……」




 ミリアリアが目を覚ました時、頭を撫でる優しい指先を感じて、まだ夢を見ているのかと微睡んでいると、頭上から甘やかすような優しい声が聞こえてきたのだ。

「ミリーちゃんは、本当に可愛いなぁ。俺の部屋に連れ帰って閉じ込めてしまいたいよ。なんてね。そんなこと許されないけどね」

 そんな、独り言が聞こえてきたのだ。
 いまだに夢心地のミリアリアは、ごろりと寝返りを打って温かな体温に身を寄せるようにして目の前にの布を握りしめた。
 手を伸ばした先にある布に顔を埋めてから深く深呼吸をした。
 
(不思議……、夢の中なのに匂いが分かる。くすくす。リートさまの匂い……。なんだかすごく安心する。このままリートさまを感じていたい……。あれ? 夢にしてはなんかリアルな気が……)

 そう感じたミリアリアは、急激に目が覚めていった。
 焦りながら現状の確認をするミリアリアは、自分が横になっていて何かを枕にしているということは把握できたが、それがいったいどういう状況でそうなっているのかは全く理解できていなかった。
 しかし、それがどんな状況なのか全く理解できずに固まっていると、頭上から甘やかすようなリートの声が聞こえてきたのだ。
 
「ミリーちゃん、恥ずかしいからそんなに俺の匂いを嗅がないで欲しいな……。眠っているミリーちゃんに勝手に膝枕した俺がいうのもあれなんだけど……」

 リートのその照れ臭そうでいて、それでいて嬉し気な声を聴いたミリアリアは、まさかリートの膝で眠っていたなどとは夢にも思っていなかったのだ。
 現状を理解できた証拠に耳まで赤くしたミリアリアは、両手で顔を隠しながリートの膝枕から抜け出していた。
 
(ひっ、膝枕~~。ははははははずかしい!わたしったらなんてことを。ううううぅ、穴があったら入って埋まってもう出てきたくないよう……)

 ミリアリアが恥ずかしさからそんなことを考えていると、リートはそれを全く気にもしないで楽しそうにミリアリアいつものように膝の上に乗せたのだ。
 そして、緩く抱きしめながら見ているものが居ればきっと目を背けただろう甘い微笑みを浮かべていたのだ。
 
 そんな事を知らないミリアリアは、混乱から抜け出せずに、とんでもない行動を取っていた。
 嫌がるように身じろぎをすると、リートが抱きしめる腕を緩めてくれたのだ。
 ミリアリアは、緩んだ腕を抜けてリートの隣に座り直した後に、リートの服を軽く引っ張っり、恥ずかしそうに自分の太腿をポンポンと叩いて見せたのだ。
 
 それを見たリートは、一瞬固まった後に、喉を上下に動かしてから小さく呟いていた。
 
「これってつまり、俺に膝枕をしてくれるってことでいいのか……」

 リートの小さな呟きが聞こえていたミリアリアは、コクンと頷いて見せたのだった。


しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

処理中です...