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第十話 ただ会いたくて
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フェデュイが部屋を訪ねてきた日の翌日、リリルはこれだはダメだと思い立ち、思い切って部屋を出ることにした。
尻尾のことは気になったが、できるだけ長いスカートを履いて隠すことにしたのだ。
そして、このまま捨てられてしまうくらいなら、少しでも記憶に残るようにしなければという思いに至ったのだ。
何故そう思ったのかは自分でも分からなかったが、このままではいけないということだけは分かったリリルだった。
しかし、リリルが勇気を出しても相手がいないことには、その勇気の揮いどころが無かったのだ。
あの日から、フェデュイがリリルをまるで避けるかのように行動していたのだ。
いつも以上に早く起きてみても、フェデュイがそれよりも早く屋敷を出ていってしまっていたのだ。
そして、帰ってくるまで頑張って起きていても帰ってこないことがほとんどだった。
リリルの感情は爆発寸前だった。
そして、本来考えるより行動あるのみな思考を持っていたリリルは、敵地に乗り込むことにしたのだった。
執事や侍女たちには、一人になりたいと言って部屋に籠ったふりをして、窓から脱出したのだ。
窓枠に足を掛けた時、そこが二階だったことを思い出したリリルだったが、目の前に生えている木に飛び移って見事に脱出を果たしたのだった。
そして、周囲を警戒しつつ一気に屋敷を飛び出したのだ。
向かった先は軍司令部だ。
フェデュイは、そこで仕事をしているはずだと、リリルは懸命に走り出したのだ。
あの日から、フェデュイに会いたい気持ちが募る一方だった。
どうして会いたいのかとか、そんな事どうでもよかった。
用無しとして近いうちに捨てられるかもしれないと分かっても、そんな事どうでもよかった。
ただ、リリルの心が叫んでいたのだ。
フェデュイに一目会いたいと。会ってフェデュイに触れたいと。触れて欲しいと。それしか考えられなかったのだ。
息を切らしたリリルは、軍司令部のある建物の前に着いた時にはボロボロの姿になっていた。
何度も足を縺れさせて転んでしまって、フェデュイに与えられたワンピースは汚れてしまっていた。
綺麗に編み込んでいた髪も解れてぐしゃぐしゃで、顔は汚れて、膝も擦りむいた状態だった。
しかし、それよりも目的地にたどり着けたことの方が重要だったリリルは、それどころではなかったのだ。
問題は、どうやってフェデュイの元にたどり着くかということだった。
軍司令部は、ごく限られた人間しか立ち入ることのできない場所だったのだ。
そんなところに、獣令嬢として社交界で嫌われているリリルが立ち入ることなど出来るのかと、頭を悩ませていたのだ。
しかし、そんなリリルに声をかける人物がいたのだ。
「おや? そこにいるのは、かわいこちゃんじゃないか。どうしたんだ? もしかして、将軍閣下に何か用事でも?」
知らない男にそう声をかけられたリリルは、警戒するように一歩下がって声をかけた男に視線を向けた。
男は、軍人らしくガタイのいい男だった。人好きのする笑顔で声をかけられたリリルは、警戒しながらも藁にでもすがる思いで男にお願いしていた。
「あの……私、閣下にお会いしたくて!」
リリルが勇気を出して男にそう言うと、男は何か慌てたようにリリルの足元に跪いて言ったのだ。
「というか、怪我してるし、ボロボロだし。あちゃぁ、これはまずい。こんなボロボロの姿を見たら、あいつ逆上しかねんなぁ。よし、手当てしようか?」
そう言って、にこにことした表情でリリルを見上げて言ったのだ。
今まで、家族以外で優しくされた記憶がないリリルは、男の見せる笑顔が怖くなって後ずさりしてしまっていた。
「あ……、私お金ないです……。ごめんなさい、何も持ってないです」
「えっ?」
「はぅ。このくらい大丈夫です。舐めとけばそのうち治りますから……」
「ちょっと待ってくれ、何か誤解を―――」
「いやっ! 本当にお金ないです! 何も差し上げられるものもないです!! ごめんなさい!」
「待って待って!! 超誤解だから!! マジで誤解だから!! ほら、おじさんこう見えて軍部の偉い人なんだよ? 副官だよ? 大丈夫だから、ほらこっちおいで?」
「騙されませんから!! 無条件で私に親切にするなんて人家族以外でいる訳ないんです!! いや! 近づいてこないでください!!」
二人の間の騒ぎを聞きつけたのか、軍司令部のある建物の前は人だかりができかけていた。
そして、髪もぐちゃぐちゃで、服も汚れているリリルの腕を掴んで必死に言い訳をする男の絵面は、どう見てもリリルが襲われているようにしか見えなかったのだ。
たとえその襲っているように見える男が副官のグリードであってもだ。
「あちゃー、グリードさんとうとう犯罪に手を染めちゃったんですね。いい人だと思っていたんですが……」
「うわぁー、あんな小さな子を強請るってどんな変態だよ」
「俺、グリードはいつかやらかすと思っていたけどな」
「ああ、俺も思ってた。てか、あんな美人な嫁さん、脅して脅迫して縛り付けてるとしか思えないよなぁ」
「分かる分かる!!」
その場は収拾がつかないほどの騒ぎになっていた。
グリードを知る軍部の者は、本当にグリードが罪を起こしたとは思ってはおらず、面白半分で騒ぎを大きくしていたこともあり、誰も止める者がいなかったのが不幸の始まりだともいえた。
そして、とうとう騒ぎを聞きつけた軍最強の冷酷将軍が死の気配をまき散らしてその場に登場したのは、仕方のないことだろう。
尻尾のことは気になったが、できるだけ長いスカートを履いて隠すことにしたのだ。
そして、このまま捨てられてしまうくらいなら、少しでも記憶に残るようにしなければという思いに至ったのだ。
何故そう思ったのかは自分でも分からなかったが、このままではいけないということだけは分かったリリルだった。
しかし、リリルが勇気を出しても相手がいないことには、その勇気の揮いどころが無かったのだ。
あの日から、フェデュイがリリルをまるで避けるかのように行動していたのだ。
いつも以上に早く起きてみても、フェデュイがそれよりも早く屋敷を出ていってしまっていたのだ。
そして、帰ってくるまで頑張って起きていても帰ってこないことがほとんどだった。
リリルの感情は爆発寸前だった。
そして、本来考えるより行動あるのみな思考を持っていたリリルは、敵地に乗り込むことにしたのだった。
執事や侍女たちには、一人になりたいと言って部屋に籠ったふりをして、窓から脱出したのだ。
窓枠に足を掛けた時、そこが二階だったことを思い出したリリルだったが、目の前に生えている木に飛び移って見事に脱出を果たしたのだった。
そして、周囲を警戒しつつ一気に屋敷を飛び出したのだ。
向かった先は軍司令部だ。
フェデュイは、そこで仕事をしているはずだと、リリルは懸命に走り出したのだ。
あの日から、フェデュイに会いたい気持ちが募る一方だった。
どうして会いたいのかとか、そんな事どうでもよかった。
用無しとして近いうちに捨てられるかもしれないと分かっても、そんな事どうでもよかった。
ただ、リリルの心が叫んでいたのだ。
フェデュイに一目会いたいと。会ってフェデュイに触れたいと。触れて欲しいと。それしか考えられなかったのだ。
息を切らしたリリルは、軍司令部のある建物の前に着いた時にはボロボロの姿になっていた。
何度も足を縺れさせて転んでしまって、フェデュイに与えられたワンピースは汚れてしまっていた。
綺麗に編み込んでいた髪も解れてぐしゃぐしゃで、顔は汚れて、膝も擦りむいた状態だった。
しかし、それよりも目的地にたどり着けたことの方が重要だったリリルは、それどころではなかったのだ。
問題は、どうやってフェデュイの元にたどり着くかということだった。
軍司令部は、ごく限られた人間しか立ち入ることのできない場所だったのだ。
そんなところに、獣令嬢として社交界で嫌われているリリルが立ち入ることなど出来るのかと、頭を悩ませていたのだ。
しかし、そんなリリルに声をかける人物がいたのだ。
「おや? そこにいるのは、かわいこちゃんじゃないか。どうしたんだ? もしかして、将軍閣下に何か用事でも?」
知らない男にそう声をかけられたリリルは、警戒するように一歩下がって声をかけた男に視線を向けた。
男は、軍人らしくガタイのいい男だった。人好きのする笑顔で声をかけられたリリルは、警戒しながらも藁にでもすがる思いで男にお願いしていた。
「あの……私、閣下にお会いしたくて!」
リリルが勇気を出して男にそう言うと、男は何か慌てたようにリリルの足元に跪いて言ったのだ。
「というか、怪我してるし、ボロボロだし。あちゃぁ、これはまずい。こんなボロボロの姿を見たら、あいつ逆上しかねんなぁ。よし、手当てしようか?」
そう言って、にこにことした表情でリリルを見上げて言ったのだ。
今まで、家族以外で優しくされた記憶がないリリルは、男の見せる笑顔が怖くなって後ずさりしてしまっていた。
「あ……、私お金ないです……。ごめんなさい、何も持ってないです」
「えっ?」
「はぅ。このくらい大丈夫です。舐めとけばそのうち治りますから……」
「ちょっと待ってくれ、何か誤解を―――」
「いやっ! 本当にお金ないです! 何も差し上げられるものもないです!! ごめんなさい!」
「待って待って!! 超誤解だから!! マジで誤解だから!! ほら、おじさんこう見えて軍部の偉い人なんだよ? 副官だよ? 大丈夫だから、ほらこっちおいで?」
「騙されませんから!! 無条件で私に親切にするなんて人家族以外でいる訳ないんです!! いや! 近づいてこないでください!!」
二人の間の騒ぎを聞きつけたのか、軍司令部のある建物の前は人だかりができかけていた。
そして、髪もぐちゃぐちゃで、服も汚れているリリルの腕を掴んで必死に言い訳をする男の絵面は、どう見てもリリルが襲われているようにしか見えなかったのだ。
たとえその襲っているように見える男が副官のグリードであってもだ。
「あちゃー、グリードさんとうとう犯罪に手を染めちゃったんですね。いい人だと思っていたんですが……」
「うわぁー、あんな小さな子を強請るってどんな変態だよ」
「俺、グリードはいつかやらかすと思っていたけどな」
「ああ、俺も思ってた。てか、あんな美人な嫁さん、脅して脅迫して縛り付けてるとしか思えないよなぁ」
「分かる分かる!!」
その場は収拾がつかないほどの騒ぎになっていた。
グリードを知る軍部の者は、本当にグリードが罪を起こしたとは思ってはおらず、面白半分で騒ぎを大きくしていたこともあり、誰も止める者がいなかったのが不幸の始まりだともいえた。
そして、とうとう騒ぎを聞きつけた軍最強の冷酷将軍が死の気配をまき散らしてその場に登場したのは、仕方のないことだろう。
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