大好きな第三王子の命を救うため全てを捨てた元侯爵令嬢。実は溺愛されていたことに逃げ出した後に全力で気付かされました。

バナナマヨネーズ

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 あの日、偶然ヴィラジュリオと再会した日。
 アストレイアは、何かを深く考える間もなく貸家の契約を解消して最低限の荷物だけを持って商業都市を後にしていた。
 その後の生活は、一所に留まることはせずに街や村を転々とする生活を送ることとなったのだ。
 
 そんな生活を半年ほど過ごした時だった。
 セブンスディス王国の国境沿いにある小さな村にアストレイアは向かっていた。
 その頃のアストレイアは、原因不明の体調不良が続いていた。
 吐き気や寒気、体の怠さ。時には発熱することもあり、手製の魔法薬でもそれらが全く治らなかったのだ。
 症状が最も重い時期になると、アストレイアにはその原因がなんとなく予想できるようになっていたのだ。
 
 魔力過剰症。
 
 それは、体内の魔力が許容量を超えてしまった際に起こる、簡単に言うと魔力酔いの症状だ。
 しかし、その頃のアストレイアには、体内の魔力はほぼ空に近い状態だったのだから、なぜこんなことになっているのか理解できなかった。
 
 それでも、一度だけこの症状に見舞われたことがあったのだ。
 それは、ヴィラジュリオの体を治療した時のことだ。
 治療後、ヴィラジュリオから吸収した魔力を処理できずに、この症状になったことがあった。
 しかし、取り込んだ魔力は膨大で、症状が落ち着く前に命を落とすことも覚悟していたアストレイアだったが、一週間ほど苦しんだが、不思議なことにあれだけ溢れて処理しきれなかった魔力がある朝、目を覚ますと跡形もなく消えてなくなっていたのだ。
 
 あの時の後遺症にしても、二年以上も経過してというのはどうにも理解できないことだったのだ。
 そして、激しい嘔吐と熱に一人、死を覚悟したアストレイアは、奇跡をその身で起こすこととなったのだ。
 
 何とか向かっていた村に着いたアストレイアは、宿屋の一室で苦しさと一人戦っていた。
 全身が灼熱で焼かれるように熱く、それでいて、氷で身を封じられたようにあり得ないほどの寒さに震え、頭は靄がかかったよに何も考えられなかった。
 ぼんやりと天井の木目を見ながら、最後に偶然出くわしたヴィラジュリオの姿が思い浮かぶ。
 アストレイアは、無意識に擦れた声でその言葉を口にしていた。
 
「あ……たい……。あい……たいです。殿下……。このまま死にたくない……。ぐすっ……」

 涙が溢れて止まらなかった。
 死にたくないと、心から愛する人に会いたいと。
 
 そう願ったアストレイアの体に変化が起きたのは、その時だった。
 腹の奥が今までにないくらい熱くなり、全身に電撃が走る。
 その、あまりの痛みに声も出ないアストレイアは、必死に浅く呼吸を繰り返す。
 
「あっ……、はぁはぁ……、くっ…………!! あっ……――――――!!!」

 声なき悲鳴をあげたアストレイアは、全身の力が一気に抜けるのを感じていた。
 そして、薄れゆく意識の中で小さな泣き声が聞こえたのだ。
 
 その泣き声に、アストレイアは何とか意識を保たせながら声のする方に視線を向けたのだ。
 不思議なことに、視線の先にはハニーブロンドの髪をした小さな赤ん坊がいたのだ。
 そして、どこか自分に似た緑色の瞳の赤ん坊と視線があったのだ。
 そのとたん、小さく泣いていた赤ん坊が、ふにゃりと微笑んだのだ。
 それを見たアストレイアは、痛む体を無理やり動かして、その小さな赤ん坊を抱きしめたのだ。
 両手に感じる命の重み、温かさに、アストレイアは、気が付くと涙が頬を伝わって落ちていた。
 
「ぐすっ……」

「ま……まぁま?」

 無邪気に微笑む赤ん坊は、小さな手でアストレイアの頬をぺちぺちと叩いた後、そう言ったのだ。
 今までに感じたことのない、温かな感情が胸に込み上げ、アストレイアはその言葉を自然と口にしていたのだ。
 
「うん。ママだよ。ぼくの可愛い子……」
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