大好きな第三王子の命を救うため全てを捨てた元侯爵令嬢。実は溺愛されていたことに逃げ出した後に全力で気付かされました。

バナナマヨネーズ

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 暖かくて優しい風が頬を撫でるのを気持ちがいいと感じたアストレイアは、誰かに優しく髪を梳かれたことに気が付く。
 どこまでも優しい手つきは、髪を梳き終わると、今度はアストレイアの頬を包み込むように、労るように撫でたのだ。
 優しくも甘いその空気になんとなく目覚めるのがもったいないと思いながらも、瞼を持ち上げる。
 ぼんやりと霞む視界には、世界で一番大好きな瑠璃色の瞳があったのだ。
 アストレイアは、回らない頭のままその言葉を口にしていた。
 
「……ラス様?」

 出会ってから七年。
 ヴィラジュリオは、アストレイアに二人だけの時でいいからその名で呼んで欲しいと言い続けていた。
 それでもアストレイアは、こんな自分がと、ヴィラジュリオの祝福名を呼ぶことを頑なに断っていたのだ。
 それでも、心の中ではふとした瞬間にその名を呟いてしまっていたのだ。
 そのせいもあって、寝起きの油断した状態のアストレイアは、ヴィラジュリオを祝福名で呼んでしまっていたのだ。
 その名で呼ばれたヴィラジュリオは、蕩けるような甘い笑みを浮かべた。
 そして、どこまでも優しい声音で言うのだ。
 
「まだ時間はある。寝ていろ」

 そう言われたアストレイアだったが、太陽の位置を見てだいぶ寝てしまったことに気が付き頭を横に振っていた。
 そして、いつの間にかヴィラジュリオに寄り掛かるようにして眠っていたことに気が付き、慌てて距離を取りながら謝罪の言葉を口にしていた。
 
「申し訳ございません。殿下にもたれ掛かって寝てしまうなんて……」

 そう言って頭を下げるアストレイアの頭を撫でたヴィラジュリオは、それを笑って許すのだ。
 
「いいよ。ヴィオになら。それよりも、殿下じゃなくて、ラスだ」

「む……無理です……。僕みたいな」

 親しい者だけが呼ぶことを許された祝福名。アストレイアは、何度も心の中で呼んでいたが、口に出すことはなんとなく憚られた。
 アスタヴァイオンとして傍に居る、何もかもが嘘だらけの偽りの存在。そんな自分が、呼んでいい名ではないと知ってたからこそ、その名を素直に口にすることが出来なかった。
 
 頑ななアストレイアの態度に、ヴィラジュリオはムッとした表情になるも、最後には悲し気な表情になってしまう。
 
「ヴィオは、俺の大事な親友だ。祝福名で呼んでほしいと思うのは、お前だけなんだ。頼むよ」

「でも……」

「くすっ。寝ぼけている時は素直に呼んでくれたのになぁ」

「っ! そ、それは!!」

 最後は、揶揄いようにそう言ったヴィラジュリオは、話はこれでおしまいだとばかりに、少し乱暴な手つきでアストレイアの髪を掻き回しながら頭を撫でる。
 
「うん。わかった。でも、二人だけの時は善処して欲しいな?」

 ヴィラジュリオの願いを叶えられないでいる自分が不甲斐なくて仕方なかった。それでも、その言葉が勝手に口を飛び出していたのだ。
 
「はい……。善処します……」

 アストレイアの小さな声を聞き取ったヴィラジュリオは、少しだけ苦しそうな表情をしたが、それは本当に一瞬のことで、その表情が錯覚だったのかと思うほど明るい笑顔で言うのだ。
 
「よし。それじゃ、昼食の準備をさせてるから、俺の部屋に行こうか」

 ヴィラジュリオの誘いに小さく頷いたアストレイアだったが、この後事態は急変する。

 向けられる信頼を、親友として大切にしてくれる思いを、ずっと傍に居ると誓った約束を。
 それらを全て捨て、信じてくれるヴィラジュリオを裏切ってでもアストレイアは、彼の命を救いたかったのだ。
 その結果、傍にいられなくなったとしても、それでもアストレイアは迷うことなく、ヴィラジュリオを裏切る道を選択する。

 
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