大好きな第三王子の命を救うため全てを捨てた元侯爵令嬢。実は溺愛されていたことに逃げ出した後に全力で気付かされました。

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
上 下
11 / 35

11

しおりを挟む
 シュナイデンが天に向かって叫ぶ声を聴きながら、ヴィラジュリオが女性に拒否反応を起こすという話にアストレイアは、心臓が痛くなるほどの衝撃を受けていた。
 無意識に胸元の服を握り、全身が震えそうになるのを必死に抑え込む。
 浅く呼吸を繰り返したアストレイアは、今の自分が男の身だったことに感謝した。
 一瞬、今までの研究が全て無駄になってしまったことが頭を掠めはしたが、それよりも今のヴィラジュリオの状態のことを考えることに集中する。
 
「シュナイデン。改めての確認だけど、殿下は意識がない状態なんだね」

「ああ……。典医の処置で呼吸は出来ていたけど、すごく浅かった。あと体温が異常に低くて……」

「うん。ありがとう」

 それだけ口にしたアストレイアは、様々な書物から得た知識を思い出しながらフル回転で考えを巡らせる。
 そうこうしているうちに、二人を乗せた馬は王城にたどり着いていた。
 シュナイデンに馬から降ろしてもらったアストレイアは、ヴィラジュリオのもとに走り出した。
 いや、正確には走り出そうとしたが、足の遅いアストレイアのことをよく知るシュナイデンによって横抱きにされた状態で走り出したというのが正しかった。
 自分でも足が遅いことを自覚しているアストレイアは、抱きかかえられていることは恥ずかしく思ったが、今は自分の恥よりもヴィラジュリオの方が大事だった。
 だから、シュナイデンの好意に甘えて運ばれることにしたのだ。
 そして、自分で走るよりも早くヴィラジュリオの元にたどり着くのだ。
 
 シュナイデンは、アストレイアを抱えたままの状態でヴィラジュリオの部屋にたどり着くと、扉を蹴破る勢いで部屋に入ったのだ。

「兄者!! アスタヴァイオンを連れてきた!!」

 そう言って、ヴィラジュリオが眠るベッドのすぐ横の椅子に座る男に声を掛けたのだ。
 兄者と呼ばれたダークブラウンの髪の男は、ジュトレイゼ=イゾ・スリーズ。
 シュナイデンの実の兄で、アストレイアたちの二つ上の十五歳だ。彼は、ヴィラジュリオの補佐、相談役的な役割を果たしていた。
 シュナイデンとは違って、一見細身で繊細な容貌の美青年ではあるが、それなりに筋肉の付いた体つきをしていた。
 そんなジュトレイゼは、勢いよく部屋に入ってきた弟を見て、盛大なため息を吐く。
 
「はぁぁ……。お前というやつは……。それよりも、アスタヴァイオンを降ろしてやれ」

「おお、そうだった。アスタヴァイオンが妙におさまりがよく、抱えているのを忘れていた!」

「ああ……、そうか。殿下が寝ていてある意味良かったな……」

「ん?」

 ジュトレイゼの言葉に首を傾げながらもアストレイアを降ろしたシュナイデンは、特にジュトレイゼの言葉の意味を聞き返すことはしなかった。
 その代わり、ジュトレイゼの様子からヴィラジュリオの容体が良い方に向かっていることが分かり胸を撫で下ろしたのだ。
 
「ふう。慌ててアスタヴァイオンを連れてくる必要ななかったみたいだな……。よかった、殿下の身が無事で」

「そうだな。お前は考えるよりも体が先に動くからな。今はそれでも何とかなっているが、これからはそうも言ってられないこともあるだろう。だから、まずは深呼吸して、考えろ」

「おう。分かった兄者! アスタヴァイオン、すまない」

 そう言って頭を下げるシュナイデンに、アストレイアは、慌てて言うのだ。
 
「ううん。そんなことない。僕は、殿下が大変な時にお傍に居られてよかったよ。だから、頭をあげて、シュナイデン。ありがとう」

 そう言ったアストレイアは、シュナイデンの下げられたままの頭を撫でて、短く切られたダークブラウンの髪が以外に柔らかいと思いながら、困ったような表情になる。
 そして、シュナイデンの頭から手を離した後に、ジュトレイゼに改めてヴィラジュリオの容体を聞いた。
 ジュトレイゼは、苦笑いの表情でシュナイデンが飛び出した後のことを話してくれたのだ。
 
「シュナイデンが慌てて部屋を出た後、典医が持ってきた香を焚いたんだ。そうしたら、徐々に浅かった呼吸も元に戻って、体温も戻った。顔色も今は良くなっている。典医からは、あと一、二時間ほどで目を覚ますと言われたよ」

「よかった……」

「よかったぁ~~~」

 ジュトレイゼからの説明にアストレイアとシュナイデンは同時に安堵の言葉を口にしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...