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アストレイアが王城に頻繁に呼ばれるようになって三年の月日が経った頃のことだった。
十三になったヴィラジュリオは、王立学園に通う様になっていた。
王立学園は、王族や貴族の子息、令嬢たちが通う由緒正しい学園だった。
とはいえ、必ず通わなければならないという規則もないため、中には屋敷で専門的な教師について学ぶ者も少なくなかった。
しかし、貴族間の繋がりなどを考えた時、通わないという選択肢はなかったとも言える。
ただし、アストレイアは違っていた。
そもそも、学園に通うという選択肢はアストレイアの中にはなかったのだ。
嘘で塗り固めたアスタヴァイオンとして、学園に通うなど考えたくもなかった。
ありがたいことに、ラファ侯爵からも学園に通う様にと言われたこともなかったのだ。
何も言われないことをいいことに、学園に通わず、屋敷で研究に没頭する日々を送っていたのだ。
アストレイアが学園に通わないと知った時のヴィラジュリオの残念な表情に胸が痛んだが、それでも学園に通うことはなかった。
ヴィラジュリオが学園に通うようになってから、王城に呼ばれる回数はぐんと減っていた。それでも週末、必ずと言っていいほど王城に呼ばれることが嬉しいアストレイアは、会えない時間を埋めるが如く、研究にますます力を入れていったのだ。
そんなある日、ヴィラジュリオの学園内での護衛役になっていたシュナイデン・イヴァ・スリーズが青ざめた表情でアストレイアの研究部屋の扉を破る勢いで訪ねてきたのだ。
「アスタヴァイオン……。大変だ……。大変なんだ!!」
そう言って、勝手知ったる様子で研究部屋の扉を壊さんばかりの勢いで開け放ったのだ。
突然のことにびくりと肩を震わせて、手元の資料を床にばら撒いたアストレイアは、目を丸くさせて声の主を見た。
シュナイデンは、アストレイアとヴィラジュリオと同じ、十三歳の少年だった。
ただし、とても十三歳に見えないほど体格がよかったのだ。
アストレイアよりも頭二つ分も背が高く、日々体を鍛えているため、筋肉量も多かった。
ダークブラウンの髪は、短く切られていた。いつもは意志の強そうな緑の瞳は、不安に揺れ、きりりとした眉は、困ったように八の字になっていた。
アストレイアと視線が合うと、情けない声を出して、勢いよく抱き着いていた。
「アスタヴァイオン~。どうしたらいいんだ……。俺は、おれはぁーー!!」
ここ二年ほどの付き合いの間でシュナイデンの性格が、とても単純で、なんでもかんでも腕力で解決しがちな性格を承知していたアストレイアは、抱き着いてきたシュナイデンをまずは落ち着かせることに決めた。
シュナイデンの背中を優しく、ぽんぽんとリズムよく叩いた後、子供に言い聞かせるかのようにゆっくりとした口調で問う。
「うんうん。だいじょうぶん。ほら、深呼吸。はい。す~、は~」
「す~、はぁぁ~」
深呼吸で落ち着きを取り戻したのを見たアストレイアは、再度ゆっくりとした口調で問いかける。
「うん。よくできました。それで、どうしたの?」
「あっ、殿下が……。殿下が倒れた……。俺が……俺が居ながら、防げなかった……」
そう言って、肩を震わせるシュナイデンの声は途中からとても遠いものに感じていたアストレイアは、頭の中でヴィラジュリオが倒れたという言葉のみが回っていた。
それでも、とっさに体は動いていた。
抱き着いていたシュナイデンを床に放り出し、研究の末に僅かばかりではあるが出来上がっていた薬の類を鞄に詰め込んだのだ。
そして、突然床に投げ出された形のシュナイデンは、そんなアストレイアを呆気に取られたように見つめていた。
素早く準備を終えたアストレイアは、目を丸くさせたままのシュナイデンの腕を掴んで力強く言った。
「行こう。殿下のところに!」
十三になったヴィラジュリオは、王立学園に通う様になっていた。
王立学園は、王族や貴族の子息、令嬢たちが通う由緒正しい学園だった。
とはいえ、必ず通わなければならないという規則もないため、中には屋敷で専門的な教師について学ぶ者も少なくなかった。
しかし、貴族間の繋がりなどを考えた時、通わないという選択肢はなかったとも言える。
ただし、アストレイアは違っていた。
そもそも、学園に通うという選択肢はアストレイアの中にはなかったのだ。
嘘で塗り固めたアスタヴァイオンとして、学園に通うなど考えたくもなかった。
ありがたいことに、ラファ侯爵からも学園に通う様にと言われたこともなかったのだ。
何も言われないことをいいことに、学園に通わず、屋敷で研究に没頭する日々を送っていたのだ。
アストレイアが学園に通わないと知った時のヴィラジュリオの残念な表情に胸が痛んだが、それでも学園に通うことはなかった。
ヴィラジュリオが学園に通うようになってから、王城に呼ばれる回数はぐんと減っていた。それでも週末、必ずと言っていいほど王城に呼ばれることが嬉しいアストレイアは、会えない時間を埋めるが如く、研究にますます力を入れていったのだ。
そんなある日、ヴィラジュリオの学園内での護衛役になっていたシュナイデン・イヴァ・スリーズが青ざめた表情でアストレイアの研究部屋の扉を破る勢いで訪ねてきたのだ。
「アスタヴァイオン……。大変だ……。大変なんだ!!」
そう言って、勝手知ったる様子で研究部屋の扉を壊さんばかりの勢いで開け放ったのだ。
突然のことにびくりと肩を震わせて、手元の資料を床にばら撒いたアストレイアは、目を丸くさせて声の主を見た。
シュナイデンは、アストレイアとヴィラジュリオと同じ、十三歳の少年だった。
ただし、とても十三歳に見えないほど体格がよかったのだ。
アストレイアよりも頭二つ分も背が高く、日々体を鍛えているため、筋肉量も多かった。
ダークブラウンの髪は、短く切られていた。いつもは意志の強そうな緑の瞳は、不安に揺れ、きりりとした眉は、困ったように八の字になっていた。
アストレイアと視線が合うと、情けない声を出して、勢いよく抱き着いていた。
「アスタヴァイオン~。どうしたらいいんだ……。俺は、おれはぁーー!!」
ここ二年ほどの付き合いの間でシュナイデンの性格が、とても単純で、なんでもかんでも腕力で解決しがちな性格を承知していたアストレイアは、抱き着いてきたシュナイデンをまずは落ち着かせることに決めた。
シュナイデンの背中を優しく、ぽんぽんとリズムよく叩いた後、子供に言い聞かせるかのようにゆっくりとした口調で問う。
「うんうん。だいじょうぶん。ほら、深呼吸。はい。す~、は~」
「す~、はぁぁ~」
深呼吸で落ち着きを取り戻したのを見たアストレイアは、再度ゆっくりとした口調で問いかける。
「うん。よくできました。それで、どうしたの?」
「あっ、殿下が……。殿下が倒れた……。俺が……俺が居ながら、防げなかった……」
そう言って、肩を震わせるシュナイデンの声は途中からとても遠いものに感じていたアストレイアは、頭の中でヴィラジュリオが倒れたという言葉のみが回っていた。
それでも、とっさに体は動いていた。
抱き着いていたシュナイデンを床に放り出し、研究の末に僅かばかりではあるが出来上がっていた薬の類を鞄に詰め込んだのだ。
そして、突然床に投げ出された形のシュナイデンは、そんなアストレイアを呆気に取られたように見つめていた。
素早く準備を終えたアストレイアは、目を丸くさせたままのシュナイデンの腕を掴んで力強く言った。
「行こう。殿下のところに!」
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