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その日から、アスタヴァイオンとして暮らすようになったアストレイアだったが、服装が変わっただけで、普段と変わらない生活を送っていた。
ただし、研究資料を持って、屋敷の離れで暮らすようにはなっていたが。
ラファ侯爵は、あの日奇跡的にアスタヴァイオンは持ち直したと周囲に偽り、本物のアスタヴァイオンが亡くなってからちょうど一月後にアストレイアが病気で亡くなったと公表した。
屋敷の者はその知らせに何かしら思うところはあったようだが、それを口にするような者など誰一人いなかった。
そして、さらに一月が経った時ラファ侯爵は、愛人とその娘を本邸に住まわせるようになったのだ。
アストレイアの母親は、二年ほど前にこの世を去っていた。
しかし、愛人の子がラファ侯爵の実の娘で、歳もアストレイア同じだということを知った時、亡くなった母親が可哀そうだと思ってしまったのだ。
同い年の異母妹。つまり、母親が生きている時からの関係を持った女性がいたということなのだ。
たとえ、貴族同士の政略結婚だとしても亡くなった母親が哀れだった。
だからという訳ではなかったが、アストレイアが本邸に足を向ける機会は無いに等しかった。
そして、ラファ侯爵もそんなアストレイアの存在をないものとして扱い、親子の関係はますます冷え切ったものとなっていったのだ。
それでも、アストレイアにとって、ヴィラジュリオの体を良くする研究さえできればどうでもよかった。
男の身となった今では、思いを伝えることは不可能だと諦めているが、研究が完成すればヴィラジュリオが長生きをすることが出来て、それを遠くから見守ることが出来れば、それだけでよかったのだ。
屋敷中の書物だけでは足りず、国中の魔法に関する書物を読み漁る。
それだけでは足りないと、国外の書物も必死に読み漁った。
中には、言葉を一から自力で覚えつつ読むこともあったが、何の苦もなかった。
知識が自分を満たし、その知識が何れ恋した相手を救うことができるのだから、それだけで十分だった。
ただ、引きこもりの常習となっていたアストレイアは、対人能力が著しく低下していったことに気づくことなく十歳になろうとしていた。
ラファ侯爵の愛人と異母妹が屋敷で暮らすようになって四年の時が経過しようとしていた。
そして、ラファ侯爵が再婚するには程よい年月の経過だった。
その日、離れにラファ侯爵の使いとして、執事とメイドが仕立てのいい公式の場で着るようなスーツを持って現れたのだ。
そして、執事はアストレイアに機械的に告げた。
「旦那様から、アスタヴァイオン様も王城に同行するようにと伝言を預かりました。すぐに支度をしていただき、一時間後に離れに馬車を用意いたしますのでお乗りください」
その言葉に、アストレイアは小さく頷きメイドから服を受け取ろうとしたがそれは許されなかった。
メイドは、冷めきった瞳でアストレイアを一瞥した後、軽く頭を下げて口を開く。
「アスタヴァイオン様。身支度のお手伝いをいたしますので、まずは湯あみを」
そう言われたアストレイアは、肩をビクリと震わせたが、それ以上の動揺は見せず、自室の浴室に向かっていた。
一瞬、メイドに入浴の補助に入られたらどうしようかと怯えたアストレイアだったが、メイドが浴室の中まで入ってくることはなかった。
入浴を終えたアストレイアが部屋に戻ると、メイドは服を広げて待ち構えていた。
そして、特に何も言うこともなく、手早く服を着せて、髪を整えていく。
その際、髪に鋏を入れ、バラバラに伸びた髪を整えていく。
アストレイアの支度を整え終わると、メイドは無言で頭を下げて退室していった。
馬車の用意が出来るまでまだ少しだけ時間があったが、久びりにきちんとした格好をしたアストレイアは、すでに疲れ切ってしまっていた。
ぼんやりとしている間に、馬車が来る時間となったため、重い腰を上げて玄関へとよろよろと歩いていく。
アストレイアは、なんとなく今日の用事が何なのかを予測していた。
母親が死んで六年。再婚するにはちょうどいい時期だと、アストレイアにも分かっていたのだ。
高位貴族が再婚する場合、王家に挨拶に行くのが決まり事となっていたのだ。
四年間同じ敷地に暮らしていても一度も顔を見ることのなかった、新しい母親と異母妹。
しかし、予想通り、寄こされた馬車には当然その二人の姿はなかった。
もちろん、ラファ侯爵の姿もだ。
用意された馬車に乗り、顔を合わせずに済んだことにほっと胸を撫で下ろすアストレイア。
馬車に揺られながら、王城までの道をぼんやりと過ごす。
王城の馬車乗り場で、一瞬ラファ侯爵の姿を見かけるも声を掛けられることはなかった。
そのまま、何の言葉もなく、王城の一室に案内をされる。
少し距離を空けて前を行く、ラファ侯爵の後ろを物珍しそうに周囲を見ながら歩く少女が異母妹なのだとぼんやりと考えていると、通りかかった庭園の奥から強烈な魔力を感じたアストレイアは、ハッとし足を止めていた。
ラファ侯爵も濃い魔力に気が付いたようで、足を止めてアストレイアと同じ方角に視線を向けていた。
覚えのある魔力にアストレイアは、ラファ侯爵の静止の声も無視してその場を走り出していた。
ただし、研究資料を持って、屋敷の離れで暮らすようにはなっていたが。
ラファ侯爵は、あの日奇跡的にアスタヴァイオンは持ち直したと周囲に偽り、本物のアスタヴァイオンが亡くなってからちょうど一月後にアストレイアが病気で亡くなったと公表した。
屋敷の者はその知らせに何かしら思うところはあったようだが、それを口にするような者など誰一人いなかった。
そして、さらに一月が経った時ラファ侯爵は、愛人とその娘を本邸に住まわせるようになったのだ。
アストレイアの母親は、二年ほど前にこの世を去っていた。
しかし、愛人の子がラファ侯爵の実の娘で、歳もアストレイア同じだということを知った時、亡くなった母親が可哀そうだと思ってしまったのだ。
同い年の異母妹。つまり、母親が生きている時からの関係を持った女性がいたということなのだ。
たとえ、貴族同士の政略結婚だとしても亡くなった母親が哀れだった。
だからという訳ではなかったが、アストレイアが本邸に足を向ける機会は無いに等しかった。
そして、ラファ侯爵もそんなアストレイアの存在をないものとして扱い、親子の関係はますます冷え切ったものとなっていったのだ。
それでも、アストレイアにとって、ヴィラジュリオの体を良くする研究さえできればどうでもよかった。
男の身となった今では、思いを伝えることは不可能だと諦めているが、研究が完成すればヴィラジュリオが長生きをすることが出来て、それを遠くから見守ることが出来れば、それだけでよかったのだ。
屋敷中の書物だけでは足りず、国中の魔法に関する書物を読み漁る。
それだけでは足りないと、国外の書物も必死に読み漁った。
中には、言葉を一から自力で覚えつつ読むこともあったが、何の苦もなかった。
知識が自分を満たし、その知識が何れ恋した相手を救うことができるのだから、それだけで十分だった。
ただ、引きこもりの常習となっていたアストレイアは、対人能力が著しく低下していったことに気づくことなく十歳になろうとしていた。
ラファ侯爵の愛人と異母妹が屋敷で暮らすようになって四年の時が経過しようとしていた。
そして、ラファ侯爵が再婚するには程よい年月の経過だった。
その日、離れにラファ侯爵の使いとして、執事とメイドが仕立てのいい公式の場で着るようなスーツを持って現れたのだ。
そして、執事はアストレイアに機械的に告げた。
「旦那様から、アスタヴァイオン様も王城に同行するようにと伝言を預かりました。すぐに支度をしていただき、一時間後に離れに馬車を用意いたしますのでお乗りください」
その言葉に、アストレイアは小さく頷きメイドから服を受け取ろうとしたがそれは許されなかった。
メイドは、冷めきった瞳でアストレイアを一瞥した後、軽く頭を下げて口を開く。
「アスタヴァイオン様。身支度のお手伝いをいたしますので、まずは湯あみを」
そう言われたアストレイアは、肩をビクリと震わせたが、それ以上の動揺は見せず、自室の浴室に向かっていた。
一瞬、メイドに入浴の補助に入られたらどうしようかと怯えたアストレイアだったが、メイドが浴室の中まで入ってくることはなかった。
入浴を終えたアストレイアが部屋に戻ると、メイドは服を広げて待ち構えていた。
そして、特に何も言うこともなく、手早く服を着せて、髪を整えていく。
その際、髪に鋏を入れ、バラバラに伸びた髪を整えていく。
アストレイアの支度を整え終わると、メイドは無言で頭を下げて退室していった。
馬車の用意が出来るまでまだ少しだけ時間があったが、久びりにきちんとした格好をしたアストレイアは、すでに疲れ切ってしまっていた。
ぼんやりとしている間に、馬車が来る時間となったため、重い腰を上げて玄関へとよろよろと歩いていく。
アストレイアは、なんとなく今日の用事が何なのかを予測していた。
母親が死んで六年。再婚するにはちょうどいい時期だと、アストレイアにも分かっていたのだ。
高位貴族が再婚する場合、王家に挨拶に行くのが決まり事となっていたのだ。
四年間同じ敷地に暮らしていても一度も顔を見ることのなかった、新しい母親と異母妹。
しかし、予想通り、寄こされた馬車には当然その二人の姿はなかった。
もちろん、ラファ侯爵の姿もだ。
用意された馬車に乗り、顔を合わせずに済んだことにほっと胸を撫で下ろすアストレイア。
馬車に揺られながら、王城までの道をぼんやりと過ごす。
王城の馬車乗り場で、一瞬ラファ侯爵の姿を見かけるも声を掛けられることはなかった。
そのまま、何の言葉もなく、王城の一室に案内をされる。
少し距離を空けて前を行く、ラファ侯爵の後ろを物珍しそうに周囲を見ながら歩く少女が異母妹なのだとぼんやりと考えていると、通りかかった庭園の奥から強烈な魔力を感じたアストレイアは、ハッとし足を止めていた。
ラファ侯爵も濃い魔力に気が付いたようで、足を止めてアストレイアと同じ方角に視線を向けていた。
覚えのある魔力にアストレイアは、ラファ侯爵の静止の声も無視してその場を走り出していた。
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