大好きな第三王子の命を救うため全てを捨てた元侯爵令嬢。実は溺愛されていたことに逃げ出した後に全力で気付かされました。

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
上 下
4 / 35

04

しおりを挟む
 その日から、アスタヴァイオンとして暮らすようになったアストレイアだったが、服装が変わっただけで、普段と変わらない生活を送っていた。
 ただし、研究資料を持って、屋敷の離れで暮らすようにはなっていたが。
 ラファ侯爵は、あの日奇跡的にアスタヴァイオンは持ち直したと周囲に偽り、本物のアスタヴァイオンが亡くなってからちょうど一月後にアストレイアが病気で亡くなったと公表した。
 屋敷の者はその知らせに何かしら思うところはあったようだが、それを口にするような者など誰一人いなかった。
 
 そして、さらに一月が経った時ラファ侯爵は、愛人とその娘を本邸に住まわせるようになったのだ。
 アストレイアの母親は、二年ほど前にこの世を去っていた。
 しかし、愛人の子がラファ侯爵の実の娘で、歳もアストレイア同じだということを知った時、亡くなった母親が可哀そうだと思ってしまったのだ。
 同い年の異母妹。つまり、母親が生きている時からの関係を持った女性がいたということなのだ。
 たとえ、貴族同士の政略結婚だとしても亡くなった母親が哀れだった。
 だからという訳ではなかったが、アストレイアが本邸に足を向ける機会は無いに等しかった。
 そして、ラファ侯爵もそんなアストレイアの存在をないものとして扱い、親子の関係はますます冷え切ったものとなっていったのだ。
 それでも、アストレイアにとって、ヴィラジュリオの体を良くする研究さえできればどうでもよかった。
 男の身となった今では、思いを伝えることは不可能だと諦めているが、研究が完成すればヴィラジュリオが長生きをすることが出来て、それを遠くから見守ることが出来れば、それだけでよかったのだ。
 屋敷中の書物だけでは足りず、国中の魔法に関する書物を読み漁る。
 それだけでは足りないと、国外の書物も必死に読み漁った。
 中には、言葉を一から自力で覚えつつ読むこともあったが、何の苦もなかった。
 知識が自分を満たし、その知識が何れ恋した相手を救うことができるのだから、それだけで十分だった。
 
 ただ、引きこもりの常習となっていたアストレイアは、対人能力が著しく低下していったことに気づくことなく十歳になろうとしていた。
 
 ラファ侯爵の愛人と異母妹が屋敷で暮らすようになって四年の時が経過しようとしていた。
 そして、ラファ侯爵が再婚するには程よい年月の経過だった。
 
 その日、離れにラファ侯爵の使いとして、執事とメイドが仕立てのいい公式の場で着るようなスーツを持って現れたのだ。
 そして、執事はアストレイアに機械的に告げた。
 
「旦那様から、アスタヴァイオン様も王城に同行するようにと伝言を預かりました。すぐに支度をしていただき、一時間後に離れに馬車を用意いたしますのでお乗りください」

 その言葉に、アストレイアは小さく頷きメイドから服を受け取ろうとしたがそれは許されなかった。
 メイドは、冷めきった瞳でアストレイアを一瞥した後、軽く頭を下げて口を開く。
 
「アスタヴァイオン様。身支度のお手伝いをいたしますので、まずは湯あみを」

 そう言われたアストレイアは、肩をビクリと震わせたが、それ以上の動揺は見せず、自室の浴室に向かっていた。
 一瞬、メイドに入浴の補助に入られたらどうしようかと怯えたアストレイアだったが、メイドが浴室の中まで入ってくることはなかった。
 入浴を終えたアストレイアが部屋に戻ると、メイドは服を広げて待ち構えていた。
 そして、特に何も言うこともなく、手早く服を着せて、髪を整えていく。
 その際、髪に鋏を入れ、バラバラに伸びた髪を整えていく。
 アストレイアの支度を整え終わると、メイドは無言で頭を下げて退室していった。
 馬車の用意が出来るまでまだ少しだけ時間があったが、久びりにきちんとした格好をしたアストレイアは、すでに疲れ切ってしまっていた。
 ぼんやりとしている間に、馬車が来る時間となったため、重い腰を上げて玄関へとよろよろと歩いていく。
 
 アストレイアは、なんとなく今日の用事が何なのかを予測していた。
 母親が死んで六年。再婚するにはちょうどいい時期だと、アストレイアにも分かっていたのだ。
 高位貴族が再婚する場合、王家に挨拶に行くのが決まり事となっていたのだ。
 四年間同じ敷地に暮らしていても一度も顔を見ることのなかった、新しい母親と異母妹。
 しかし、予想通り、寄こされた馬車には当然その二人の姿はなかった。
 もちろん、ラファ侯爵の姿もだ。
 用意された馬車に乗り、顔を合わせずに済んだことにほっと胸を撫で下ろすアストレイア。
 
 馬車に揺られながら、王城までの道をぼんやりと過ごす。
 王城の馬車乗り場で、一瞬ラファ侯爵の姿を見かけるも声を掛けられることはなかった。
 そのまま、何の言葉もなく、王城の一室に案内をされる。
 少し距離を空けて前を行く、ラファ侯爵の後ろを物珍しそうに周囲を見ながら歩く少女が異母妹なのだとぼんやりと考えていると、通りかかった庭園の奥から強烈な魔力を感じたアストレイアは、ハッとし足を止めていた。
 
 ラファ侯爵も濃い魔力に気が付いたようで、足を止めてアストレイアと同じ方角に視線を向けていた。
 覚えのある魔力にアストレイアは、ラファ侯爵の静止の声も無視してその場を走り出していた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。 あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。 それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた── 設定はゆるゆるご都合主義です。

処理中です...