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第三章 運命は動き出す(3)
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鷹のように鋭い眼差しの男に突然手をつかまれたアルシオーネは、ぱちくりと瞬きをするだけだったが、男の突然の行動に反応したのはヴェルだった。
ヴェルは、男を威嚇するように唸り声をあげたのだ。
それに驚いた男は、一瞬はっとした表情を浮かべた後にさっと手を離した。
そして、慌てたように一息に言い訳の言葉を並べていた。
「すまない。俺も余裕がなくてな。お嬢さんを怖がらせるつもりはなかったんだ。すまない。この通りだ」
そう言った男は、アルシオーネに向かって深々と頭を下げたのだ。
それに驚いたのは、アルシオーネでもなく、ヴェルでもなく、男の後ろに控えていたスキンヘッドの男だった。
スキンヘッドの男が、額に汗を浮かべて、困惑の表情を浮かべたのは一瞬だった。
次の瞬間には、スキンヘッドの男も深々と頭を下げていたのだ。
これには、さすがのアルシオーネも目を丸くする。
強面の大人の男たちに理由も分からないのに頭を下げられているという状況に居心地の悪い思いがしたアルシオーネは、声を擦れさせつつも何とか言葉を発していた。
「やめてけれ。おねげえだよ、頭さ上げてっろ」
(やめてください。お願いですから、頭を上げてください)
アルシオーネの擦れ声を聞いた男たちは、はっとしたように頭を上げていた。
そして、鷹のような目の男は、咳払いをしたのちに改めて頭を下げて事情を話したのだった。
「お嬢さん。俺は、君に感謝しているんだ。君のおかげで……。娘が救われたんだ」
そう言った男は、アルシオーネにすべてを語った。
男は、鷹の目のホークァンと言って、この花街で御三家と呼ばれているまとめ役だった。
ホークァンには、目に入れても痛くないと言わんばかりに可愛がっている娘がいた。
妻に先立たれたホークァンは、その娘、リンコをたいそう可愛がっていた。
リンコは、見目も気立てもいい娘だったが、惚れやすいという欠点があったのだ。
そんなリンコは、ある貴族の若君に恋をしてしまったのだ。
来る日も来る日も、貴族の公子を思いため息をつく日々を送っていた。
そんなある日、思いを寄せる公子と言葉を交わす機会に恵まれたのだ。公子もリンコの愛想のいい笑顔と優しい人柄に惹かれ、二人で出かける約束を交わしてくれたのだ。
こうして、リンコと公子は互いに思いを寄せる間柄となったのだ。
そんな幸せの絶頂にいるリンコを謎の奇病が襲ったのだ。
はじめは、風邪でもひいたのかと思っていたのだ。
よくある風邪の症状だと思っていたのは最初のうちだけだった。
一週間たっても症状は治まらず、次第にやせ細り、肌はただれていったのだ。そして恐ろしいことにリンコの美しい髪が抜け落ちていったのだ。
そのころには、ただの風邪ではないと理解していたホークァンは、必至でリンコを癒すことのできる薬を探していた。
しかし、名医と呼ばれる医者でも、腕のいい薬師でもリンコを治すことはできなかったのだ。
ホークァンは、御三家と呼ばれるだけあって、花街だけでなく、花街の外にも影響を与えるほどの力を持っていたのだ。
そんな男が血眼で医者や薬師を呼び寄せるその姿は、事情を知らずとも何かあると察せられた。
そこに金の匂いを嗅ぎつけた者たちが、こぞって眉唾物の薬を売りに花街に訪れたのだ。
すでに、藁にでも縋りたい心境のホークァンは、どんなに高額な薬も惜しまず買ったのだ。
しかし、リンコの症状は一向に良くならなかったのだ。
そんなある日、門番の男が慌てた様子でホークァンの元にやってきたのだ。
門番の男は、何度もつっかえながらもこう言ったのだ。
「旦那!! お、お嬢……、こ…これで助かるかもしれねぇ!!」
高価な薬も効かず、胡散臭い民間療法にまで手を出していたホークァンは、男のその言葉に飛びつかない分けがなかった。
唾を飛ばしながら、怒鳴りつけるように門番の男の襟首を掴み上げていた。
「リンコが助かるかもだと!!」
鬼気迫る表情で詰め寄られた門番の男は、唾を飲み込みながら頷いて言ったのだ。
「はい……。この薬なんですが、ちょっと舐めただけで、一瞬で不調だった、腹やら、頭痛、さらには歯痛もよく―――」
「出せ!!」
門番の男が最後まで言う前にホークァンは、被さる様にしてそう言ったのだ。
体を激しく前後に揺すられながらも門番の男は、懐から二つの物を取り出して、苦しそうにしながらも説明したのだ。
「き…昨日、田舎臭い娘が行商に来たんですが、時期が時期なだけに……。そ、それで、その子、いい子みたいで、調子の悪かった俺を見かねてなのか、粉薬と飲み薬をくれたんですよ……。最初は、捨てようかと思ったんですが、なんとなく、本当になんとなく指先に付けて舐めてみたんです……」
そこで言葉を切った男は、一つ息を吸った後に言ったのだ。
「ずっと不調だった腹と、頭痛、歯痛の症状がそのひと舐めで吹き飛んだんですよ! 怪しい薬かもしれないと思ったんですが、調子は良くなる一方で……。これなら、お嬢も……」
男にそういわれたホークァンは、ごくりと唾を飲み込んだ後に、門番の男の手の中にある物に視線を向けていた。
迷ったのはほんの一瞬だった。
ホークァンは、即座に男から粉薬と飲み薬を受け取って、リンコの元に向かったのだ。
門番の男から、まずは粉薬を試して、その後に飲み薬を飲ませたほうがいいと言われ、その通りにリンコに飲ませた。
粉薬を飲んだとたん、リンコの苦しそうだった息遣いは落ち着き、熱も下がっていったのだ。
目に見えてリンコの容体が良くなったことに、鋭い目元を潤ませていたホークァンは、続けて飲み薬もリンコに与えていた。
するとどうだろう、枯れ木のようだった荒れた肌が見る見るうちに瑞々しくなっていったのだ。
それを見たホークァンは、声を上げて泣き出していた。
そんな様子に、ずっと眠ったままだったリンコが目を覚まして、薄っすらと微笑みを浮かべて言ったのだ。
「とう……さん。なか、ないでよ。もう、とうさんはいけおじ……なんだから。もすだいなしよ……」
「リ……リンコーーーーー!!!」
弱々しいながらも笑顔を見せるリンコと号泣するホークァン。
こうして、リンコは一命を取り留めたのだ。
その後、薬が嘘のような効果を発揮してリンコは、起き上がれるまでになっていたのだ。
その間、ホークァンは、リンコを救った田舎臭い娘を探して、とうとう見つけ出して今に至るということだった。
長い説明を受けたアルシオーネは、数回瞬きをした後に、非常に柔らかい笑みを浮かべていた。
「リンコさんが良くなってまんずよかった」
(リンコさんが回復したみたいでよかったです)
「ありがとう。本当にありがとう。君のおかげた。お礼をしたくて、君を呼んだんだ。本当なら、俺が君の元に向かうのが筋なのだが、色々と処理しないといけない仕事がね……」
そう言って、ホークァンは、再び頭を下げていたのだ。
それに対して、アルシオーネは、けろっとした様子で何でもないことのように言ってのけたのだ。
「てえしたもんでねえし、なんもええで……」
(大した物ではないので、お礼なんて全然いいのに……)
何とかアルシオーネの訛りを聞き取っていたホークァンは、「ていしたもん」という発言に噴き出していた。
「大したことあるぞ!! 誰にも治せなかったのに、君の薬で娘は救われたんだ!!」
その言葉に、少しだけ首を傾げたアルシオーネは、薬の材料を頭に浮かべてからぽつりと言ったのだ。
「だば、庭さばえか草でよかし……」
(でも、庭に生えてる草で作れるし……)
納得いかない様子でそう呟くアルシオーネの言葉を聞いたホークァンは、激しく咳き込む事態となっていた。
まさか、庭に生えているような草で作れる発言をされるとは思っていなかったのだから、それも仕方ないと言えよう。
「庭の……くさ……」
その様子を呆れたように見ていたヴェルは、心の中でこう思ったのだ。
アルシオーネのやることだから、仕方ないと。
それから、大金を払おうとするホークァンと大したものでもないのにそんなお金もらえないとするアルシオーネとの攻防勃発したが、それを見たヴェルは「貰っておけばいいのに」と思いつつも、その思いがアルシオーネに届くことはなかったのだった。
その後、お金を払いたいホークァンと、あんなものでお金を受け取ることはできないというアルシオーネとの間で協議した結果、アルシオーネの作れる最高の薬をホークァンが言い値で買うという結果に落ち着いたのだった。
さすが、花街の御三家と言うべきか、なんだかんだで、アルシオーネを丸め込んで、最初に払おうとした金額の数倍の値段でアルシオーネの自信作だという薬を買うこととなったのだ。
しかし、この薬の真の効能を知ったとき、ホークァンが「お嬢さんめ、やってくれたな。どうやって、このデカい借りを返せばいいのやら」と頭を抱えることとなるのはまた別の話だ。
ヴェルは、男を威嚇するように唸り声をあげたのだ。
それに驚いた男は、一瞬はっとした表情を浮かべた後にさっと手を離した。
そして、慌てたように一息に言い訳の言葉を並べていた。
「すまない。俺も余裕がなくてな。お嬢さんを怖がらせるつもりはなかったんだ。すまない。この通りだ」
そう言った男は、アルシオーネに向かって深々と頭を下げたのだ。
それに驚いたのは、アルシオーネでもなく、ヴェルでもなく、男の後ろに控えていたスキンヘッドの男だった。
スキンヘッドの男が、額に汗を浮かべて、困惑の表情を浮かべたのは一瞬だった。
次の瞬間には、スキンヘッドの男も深々と頭を下げていたのだ。
これには、さすがのアルシオーネも目を丸くする。
強面の大人の男たちに理由も分からないのに頭を下げられているという状況に居心地の悪い思いがしたアルシオーネは、声を擦れさせつつも何とか言葉を発していた。
「やめてけれ。おねげえだよ、頭さ上げてっろ」
(やめてください。お願いですから、頭を上げてください)
アルシオーネの擦れ声を聞いた男たちは、はっとしたように頭を上げていた。
そして、鷹のような目の男は、咳払いをしたのちに改めて頭を下げて事情を話したのだった。
「お嬢さん。俺は、君に感謝しているんだ。君のおかげで……。娘が救われたんだ」
そう言った男は、アルシオーネにすべてを語った。
男は、鷹の目のホークァンと言って、この花街で御三家と呼ばれているまとめ役だった。
ホークァンには、目に入れても痛くないと言わんばかりに可愛がっている娘がいた。
妻に先立たれたホークァンは、その娘、リンコをたいそう可愛がっていた。
リンコは、見目も気立てもいい娘だったが、惚れやすいという欠点があったのだ。
そんなリンコは、ある貴族の若君に恋をしてしまったのだ。
来る日も来る日も、貴族の公子を思いため息をつく日々を送っていた。
そんなある日、思いを寄せる公子と言葉を交わす機会に恵まれたのだ。公子もリンコの愛想のいい笑顔と優しい人柄に惹かれ、二人で出かける約束を交わしてくれたのだ。
こうして、リンコと公子は互いに思いを寄せる間柄となったのだ。
そんな幸せの絶頂にいるリンコを謎の奇病が襲ったのだ。
はじめは、風邪でもひいたのかと思っていたのだ。
よくある風邪の症状だと思っていたのは最初のうちだけだった。
一週間たっても症状は治まらず、次第にやせ細り、肌はただれていったのだ。そして恐ろしいことにリンコの美しい髪が抜け落ちていったのだ。
そのころには、ただの風邪ではないと理解していたホークァンは、必至でリンコを癒すことのできる薬を探していた。
しかし、名医と呼ばれる医者でも、腕のいい薬師でもリンコを治すことはできなかったのだ。
ホークァンは、御三家と呼ばれるだけあって、花街だけでなく、花街の外にも影響を与えるほどの力を持っていたのだ。
そんな男が血眼で医者や薬師を呼び寄せるその姿は、事情を知らずとも何かあると察せられた。
そこに金の匂いを嗅ぎつけた者たちが、こぞって眉唾物の薬を売りに花街に訪れたのだ。
すでに、藁にでも縋りたい心境のホークァンは、どんなに高額な薬も惜しまず買ったのだ。
しかし、リンコの症状は一向に良くならなかったのだ。
そんなある日、門番の男が慌てた様子でホークァンの元にやってきたのだ。
門番の男は、何度もつっかえながらもこう言ったのだ。
「旦那!! お、お嬢……、こ…これで助かるかもしれねぇ!!」
高価な薬も効かず、胡散臭い民間療法にまで手を出していたホークァンは、男のその言葉に飛びつかない分けがなかった。
唾を飛ばしながら、怒鳴りつけるように門番の男の襟首を掴み上げていた。
「リンコが助かるかもだと!!」
鬼気迫る表情で詰め寄られた門番の男は、唾を飲み込みながら頷いて言ったのだ。
「はい……。この薬なんですが、ちょっと舐めただけで、一瞬で不調だった、腹やら、頭痛、さらには歯痛もよく―――」
「出せ!!」
門番の男が最後まで言う前にホークァンは、被さる様にしてそう言ったのだ。
体を激しく前後に揺すられながらも門番の男は、懐から二つの物を取り出して、苦しそうにしながらも説明したのだ。
「き…昨日、田舎臭い娘が行商に来たんですが、時期が時期なだけに……。そ、それで、その子、いい子みたいで、調子の悪かった俺を見かねてなのか、粉薬と飲み薬をくれたんですよ……。最初は、捨てようかと思ったんですが、なんとなく、本当になんとなく指先に付けて舐めてみたんです……」
そこで言葉を切った男は、一つ息を吸った後に言ったのだ。
「ずっと不調だった腹と、頭痛、歯痛の症状がそのひと舐めで吹き飛んだんですよ! 怪しい薬かもしれないと思ったんですが、調子は良くなる一方で……。これなら、お嬢も……」
男にそういわれたホークァンは、ごくりと唾を飲み込んだ後に、門番の男の手の中にある物に視線を向けていた。
迷ったのはほんの一瞬だった。
ホークァンは、即座に男から粉薬と飲み薬を受け取って、リンコの元に向かったのだ。
門番の男から、まずは粉薬を試して、その後に飲み薬を飲ませたほうがいいと言われ、その通りにリンコに飲ませた。
粉薬を飲んだとたん、リンコの苦しそうだった息遣いは落ち着き、熱も下がっていったのだ。
目に見えてリンコの容体が良くなったことに、鋭い目元を潤ませていたホークァンは、続けて飲み薬もリンコに与えていた。
するとどうだろう、枯れ木のようだった荒れた肌が見る見るうちに瑞々しくなっていったのだ。
それを見たホークァンは、声を上げて泣き出していた。
そんな様子に、ずっと眠ったままだったリンコが目を覚まして、薄っすらと微笑みを浮かべて言ったのだ。
「とう……さん。なか、ないでよ。もう、とうさんはいけおじ……なんだから。もすだいなしよ……」
「リ……リンコーーーーー!!!」
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こうして、リンコは一命を取り留めたのだ。
その後、薬が嘘のような効果を発揮してリンコは、起き上がれるまでになっていたのだ。
その間、ホークァンは、リンコを救った田舎臭い娘を探して、とうとう見つけ出して今に至るということだった。
長い説明を受けたアルシオーネは、数回瞬きをした後に、非常に柔らかい笑みを浮かべていた。
「リンコさんが良くなってまんずよかった」
(リンコさんが回復したみたいでよかったです)
「ありがとう。本当にありがとう。君のおかげた。お礼をしたくて、君を呼んだんだ。本当なら、俺が君の元に向かうのが筋なのだが、色々と処理しないといけない仕事がね……」
そう言って、ホークァンは、再び頭を下げていたのだ。
それに対して、アルシオーネは、けろっとした様子で何でもないことのように言ってのけたのだ。
「てえしたもんでねえし、なんもええで……」
(大した物ではないので、お礼なんて全然いいのに……)
何とかアルシオーネの訛りを聞き取っていたホークァンは、「ていしたもん」という発言に噴き出していた。
「大したことあるぞ!! 誰にも治せなかったのに、君の薬で娘は救われたんだ!!」
その言葉に、少しだけ首を傾げたアルシオーネは、薬の材料を頭に浮かべてからぽつりと言ったのだ。
「だば、庭さばえか草でよかし……」
(でも、庭に生えてる草で作れるし……)
納得いかない様子でそう呟くアルシオーネの言葉を聞いたホークァンは、激しく咳き込む事態となっていた。
まさか、庭に生えているような草で作れる発言をされるとは思っていなかったのだから、それも仕方ないと言えよう。
「庭の……くさ……」
その様子を呆れたように見ていたヴェルは、心の中でこう思ったのだ。
アルシオーネのやることだから、仕方ないと。
それから、大金を払おうとするホークァンと大したものでもないのにそんなお金もらえないとするアルシオーネとの攻防勃発したが、それを見たヴェルは「貰っておけばいいのに」と思いつつも、その思いがアルシオーネに届くことはなかったのだった。
その後、お金を払いたいホークァンと、あんなものでお金を受け取ることはできないというアルシオーネとの間で協議した結果、アルシオーネの作れる最高の薬をホークァンが言い値で買うという結果に落ち着いたのだった。
さすが、花街の御三家と言うべきか、なんだかんだで、アルシオーネを丸め込んで、最初に払おうとした金額の数倍の値段でアルシオーネの自信作だという薬を買うこととなったのだ。
しかし、この薬の真の効能を知ったとき、ホークァンが「お嬢さんめ、やってくれたな。どうやって、このデカい借りを返せばいいのやら」と頭を抱えることとなるのはまた別の話だ。
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