訛りがエグい田舎娘に扮した子爵令嬢のわたしが、可愛がった子犬に何故か求婚される話を聞きたいですか?

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
上 下
11 / 17

第三章 運命は動き出す(2)

しおりを挟む
 王都の西に位置する場所に存在する花街と呼ばれるそこは、夜になれば煌びやかな世界が広がる。しかし、昼間の現在は、朱色の門が固く閉ざされていて、その様子はまるで、外の世界との交わりを拒んでいるかのようだった。

 朱色の門の横には小さな窓があり、そこから門兵が眠そうにしながらお茶を飲んでいるのが見えた。
 意を決したアルシオーネは、窓に近づき門兵に声を掛けていた。
 
「こんにちは。すまんねぇ。わー、物っこ売りさ来たっけや」
(こんにちは。すみません。わたし、行商に来たものなのですが)

 出来るだけ愛想よく見えるように気を付けながらアルシオーネがそう言うと、門兵は面倒そうに手でアルシオーネを追い払うような仕草をして言ったのだ。
 
「はぁ。あんたもか。どこからお嬢のことが漏れたんだか……。帰った帰った。あんたみたいな田舎臭い娘に用はないよ。王都一の薬術士でも治療師でも直せなかったんだ」

 門兵の言葉にキョトンとした様子でアルシオーネが首を傾げていると、片眉を上げた門兵も同様に首を傾げたのだ。
 そして、アルシオーネがなんの事情も知らないことに気が付くと、しまったとばかりに頭に手をやって天井を見たのだ。
 
「ああぁ……。しくった……。あんた何も知らないでここに来たのかよ……。あぁ、こりゃ仕置きもんだな」

 そう言って項垂れる門兵を慰めるように、アルシオーネは謝っていた。
 
「まんず、すまねぇ」
(あの、すみません)

 心底申し訳なさそうなアルシオーネの困り顔を見た門兵は、乾いた笑いを浮かべた。
 
「いや、俺が早とちりしただけだ。悪いね。最近妖しい薬売りがよく押し売りに来ててさぁ」

「はぁ……」

「んで、あんたは何を売りに来たんだ? と言っても、今は色々難しい時だから、またおいでとしか言えないがな……」

 疲れた様子の門兵を見たアルシオーネは、事情は分からないが今は間が悪いと察して、引き返すことにしたのだ。
 ただし、疲れた様子の門兵の顔色の悪さが気になって仕方なかったアルシオーネは、カバンからいくつかの粉薬と回復薬を取り出して門兵に差し出していた。
 
「門兵のあんちゃん。よかば、どうぞ。こっこの粉薬が疲労回復に効くで。こっこは、回復薬だ。もし、疲労回復の粉薬ば使って疲ればとれん時、飲んでみんしゃい。だで、体ばでいじにな」
(門兵のお兄さん。よろしければこちらをどうぞ。こちらの粉薬は疲労回復に効きます。こっちは、回復薬です。もし、疲労回復の粉薬でも良くならないようでしたら、試しに飲んでみてくださいね。それでは、お体に気をつけてくださいね)

 そう言って、あっさりとその場を後にしたのだ。
 そして、アルシオーネに粉薬と回復薬を渡された門兵は、呆気にとられながらもとりあえず、田舎臭い娘から貰った物をどうしようかと首を傾げるのだった。
 
 
 帰宅後、花街での売り込みは時期が悪いと門兵から言われたアルシオーネは、日を改めることに決めて、明日からは再び露店売りを再開させることにしたのだった。
 
 
 それから一週間後、アルシオーネの閑古鳥が鳴きまくりの露店の前には数人の強面で屈強な体格の男たちが立っていたのだ。
 
 周囲の露店は、その男たちの正体を知っていて、遠巻きにその様子を見ていた。
 野次馬たちは、怪しげな田舎娘が何かやらかしたのだと思い、その行方を面白そうに眺めていたのだ。
 しかし、当のアルシオーネはというと、久しぶりのお客さんの来店に満面の微笑みを浮かべていたのだ。
 屈強な強面軍団は、その柔らかい笑みに相好を崩していたが、リーダーと思われるスキンヘッドの男の咳ばらいで表情を引き締めたのだった。
 スキンヘッドの男は、地を這うような低い声でアルシオーネに言ったのだ。
 
「やっと見つけたぜ。あんたには聞きたいことがある。何も言わずに一緒に来い」

 そう言われたアルシオーネは、首を傾げた後に、大人しく付いて行くことに決めて、露店に並べていた商品を片付けたのだ。
 それを見たヴェルは、「絶対に怪しいから、付いて行くな!」とばかりに吠えるも、アルシオーネは困った表情を見せるだけだった。
 まるで、大丈夫だと言わんばかりの笑顔を見せたアルシオーネは、ヴェルを抱き上げて男たちに付いて行ったのだった。 


 そして、アルシオーネが連れていかれた先には、一週間前に見た朱色の門があったのだった。
 アルシオーネは、初めて入る朱色の門の先の建物を興味深い様子で見ていた。
 そこはまるで別の街に来たようだった。
 大きな通りは挟んで左右にある建物は木造建てで、朱色に塗られた柱や格子が目についた。
 夜の街だけあって、昼間の今はしんと静まり返っているように感じた。
 ただし、木造の建物の中からアルシオーネを警戒するように見つめるいくつもの視線があったがそれに気が付いたのはヴェルと男たちだけで、当の本人であるアルシオーネは、その視線に全く気が付いていなかったのだった。
 
 そして、街の中心にある、立派な外観の店に連れてこられたアルシオーネは、珍しそうに見上げた後に、男たちに急かされるようにして、中に入って行ったのだった。
 
 アルシオーネが通されたのは、立派な応接室だった。
 ふかふかのソファーに案内されたアルシオーネには、甘い香りのするお茶とケーキが出されていた。
 アルシオーネが大人しく座るのをみたスキンヘッドの男は、連れていた男の一人に何かを命じると、命令された男は素早く部屋を出て行ったのだった。
 
 それから少しも経たずに、眉間に深い皺を寄せ、鋭い目をした男が部屋にやってきたのだ。
 そして、ソファーに座るアルシオーネを鋭い視線で刺すように見た後につかつかと近づいてその小さな手を掴み上げたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

いつの間にかの王太子妃候補

しろねこ。
恋愛
婚約者のいる王太子に恋をしてしまった。 遠くから見つめるだけ――それだけで良かったのに。 王太子の従者から渡されたのは、彼とのやり取りを行うための通信石。 「エリック様があなたとの意見交換をしたいそうです。誤解なさらずに、これは成績上位者だけと渡されるものです。ですがこの事は内密に……」 話す内容は他国の情勢や文化についてなど勉強についてだ。 話せるだけで十分幸せだった。 それなのに、いつの間にか王太子妃候補に上がってる。 あれ? わたくしが王太子妃候補? 婚約者は? こちらで書かれているキャラは他作品でも出ています(*´ω`*) アナザーワールド的に見てもらえれば嬉しいです。 短編です、ハピエンです(強調) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

処理中です...