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第一部 第二章
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ギルベルトと旅をするようになってから、少年は少しずつ記憶らしきものを取り戻していた。
しかし、自身が何者かを確信できるような記憶ではなかったのだ。
少年が思い出した記憶は、魔術に関する記憶がほとんどだった。
しかし、少年に魔術に関する記憶があっても魔術を施行することは出来なかった。
できることは、魔操術と呼ばれる自分以外の魔力を操り、その魔力が宿ったものの記録を読み取ることだけだった。
そして、赤い髪の女性がレイラ・スレイブという名前だということと、十代のギルベルトらしき少年の顔を思い出していた。
そのことから、少年は自分がレイラの生まれ変わりなのだという考えが確信に変わっていったのだ。
ギルベルトは、少年のことを「姉さん」もしくは、「レイラ」と呼ぶようになり、少年もそれに異を唱えることはなかった。
そして、少年、いや、レイラとギルベルトが二人で旅をするようになって、一週間が経過していた。
元々、ギルベルトは馬に乗って気ままに様々な街を回って旅していた。
レイラが同行するようになってからもその方針は変わっていなかった。
それでも一人旅の時と違うことも増えてきていた。それは、歩くことがままならないレイラを気遣い、常に横抱きにして移動するということだ。
レイラも最初は、車椅子を持ってくればよかったと愚痴をこぼしていたが、ギルベルトに「車椅子は馬に乗らない」という一言で口を噤んだ。
ただし、ギルベルトには、物を持ち運ぶための魔空間と呼ばれる魔術を使うことができたため、レイラは、「魔空間に入れてくれてもいいのに……」と小さく愚痴を溢したが、すっかりレイラを抱っこすることに慣れてしまっていたギルベルトは、その呟くを黙殺したのだった。
そして、次第にギルベルトの腕の中に大人しく納まるようになっていったのだった。
それでも、「重くないか?」「疲れたらいつもで落としてくれていいからな?」と言って、ギルベルトを心配するレイラに対して、彼はこう言うのだ。
「大丈夫だ。姉さんは羽のように軽い。もっと、食べた方がいい。今日は、肉のうまい店で食事にしようか?」
こんな風に、毎回返されてしまうレイラは、旅を始めてから早い段階で抱っこされることに慣れてしまうのだった。
そして、ギルベルトもそれがだんだんと普通のこととなっていき、二人旅を初めて一月も経った頃には、移動以外でも常にレイラを抱っこしているのが通常運転となっていくのだった。
そんな二人が、美味しい焼き串が名物という街に着いたのは、日も暮れそうな時間帯だった。
二人が街に入ったのと、街を守る外壁の門が閉まるのはほんの僅かな差だった。
「よかった。ギリギリ間に合ったね」
「ああ。しかし、この時間では、名物の串焼きの露店は閉まっているな」
「いいよ。露店は明日ゆっくり見て回ろう?」
「姉さんがそう言うなら。それじゃ、宿を探そう」
「うん。あっ、それと今回も二部屋取ろうとしなくていいからね。私は、ギルにお世話になっている身なので、ギルの泊まる部屋の隅に寝かせてもらうだけでも本当にありがたいんだから」
それは、最早、宿をとる際の定番となりつつある会話だった。
レイラとしては、ギルベルトのハントの手伝いは出来ないので、路上で歌でも歌って、お金を稼ぐつもりだいてのだが、ギルベルトに「危ないから、姉さんは何もしなくてもいい」と止められてしまっていたのだ。
レイラとしては、何が危ないのか理解できなかったが、一人で動けない分際で我儘をいうことも出来ず、旅費のすべてがギルベルトだよりになっていたのだ。
だから、できるだけ自分に気を使って無駄遣いをさせたくないレイラは、こう言うのだった。
初めのころは、二部屋取ろうとしていたギルベルトも一人では身動きができないレイラのことを考えてツインの部屋を取るようにはなっていたが、それでもレイラ的には「シングルでもいいのに」と言うのが本心からの思いだった。
ただ、レイラとしては何かしらの感謝の気持ちを伝えたいという思いはあり、ギルベルトが望むときに、彼のためだけに歌姫と言われた美しい歌声を披露したのだ。
今まで野宿続きだった二人は、宿に入るなり、主人にお湯注文をしていた。
注文を受けた主人は、部屋に大き目の盥とお湯の入った壺を四つほど用意しててくれた。
ギルベルトは、レイラを盥の傍に移動させてから衝立の奥に移動する。
レイラ的には、同姓なのだし気にすることもないのにといつも思っていたが、男同士でも恥ずかしがるギルベルトを「恥ずかしがり屋さんめ」と可愛く思っていたのだ。
敢えて、ギルベルトを恥ずかしがらせるのも可哀そうだと考えたレイラは、深く追及することはしなかった。
先にお湯を使わせてくれる、ギルベルトに感謝しつつお湯を柄杓で掬って体に掛ける。
大き目の盥には、ギルベルトによってお湯が張られていた。
かけ湯をした後に、石鹸で全身を洗っていく。
久々に体を洗うため、お湯はすぐに濁ってしまった。
それを見て、レイラは「ふんふふ~ん」と適当な調子で鼻歌を口ずさむ。
ちゃぷん、ちゃぷんとお湯を跳ねさせながら、衝立の向こうにいるギルベルトに話しかける。
「先にお湯貰っちゃってごめんね? もう少し大きな盥だったら一緒でもよかったのにね?」
「なっ! なんてこと言うんだ。そんなの駄目に決まってる」
「え~。まぁ、狭くてギルは嫌かぁ」
「いや、そうじゃなく……。今の姉さんは、昔の女ゴリラみたいな姉さんとは違って、可愛くて……。ちょっと、とういうの駄目かなって……。でも……、いや、駄目だ」
「えっ? ギル? ごめん、聞こえなかったよ。今なんて?」
「な、何でもない! 俺のことはいいから、姉さんはゆっくりお湯を楽しんで!」
「うん? 分かった」
途中、ごにょごにょと早口で何かを言うギルベルトに首を傾げたレイラだったが、「まあいいか」と鼻歌を歌いだしていた。
しかし、自身が何者かを確信できるような記憶ではなかったのだ。
少年が思い出した記憶は、魔術に関する記憶がほとんどだった。
しかし、少年に魔術に関する記憶があっても魔術を施行することは出来なかった。
できることは、魔操術と呼ばれる自分以外の魔力を操り、その魔力が宿ったものの記録を読み取ることだけだった。
そして、赤い髪の女性がレイラ・スレイブという名前だということと、十代のギルベルトらしき少年の顔を思い出していた。
そのことから、少年は自分がレイラの生まれ変わりなのだという考えが確信に変わっていったのだ。
ギルベルトは、少年のことを「姉さん」もしくは、「レイラ」と呼ぶようになり、少年もそれに異を唱えることはなかった。
そして、少年、いや、レイラとギルベルトが二人で旅をするようになって、一週間が経過していた。
元々、ギルベルトは馬に乗って気ままに様々な街を回って旅していた。
レイラが同行するようになってからもその方針は変わっていなかった。
それでも一人旅の時と違うことも増えてきていた。それは、歩くことがままならないレイラを気遣い、常に横抱きにして移動するということだ。
レイラも最初は、車椅子を持ってくればよかったと愚痴をこぼしていたが、ギルベルトに「車椅子は馬に乗らない」という一言で口を噤んだ。
ただし、ギルベルトには、物を持ち運ぶための魔空間と呼ばれる魔術を使うことができたため、レイラは、「魔空間に入れてくれてもいいのに……」と小さく愚痴を溢したが、すっかりレイラを抱っこすることに慣れてしまっていたギルベルトは、その呟くを黙殺したのだった。
そして、次第にギルベルトの腕の中に大人しく納まるようになっていったのだった。
それでも、「重くないか?」「疲れたらいつもで落としてくれていいからな?」と言って、ギルベルトを心配するレイラに対して、彼はこう言うのだ。
「大丈夫だ。姉さんは羽のように軽い。もっと、食べた方がいい。今日は、肉のうまい店で食事にしようか?」
こんな風に、毎回返されてしまうレイラは、旅を始めてから早い段階で抱っこされることに慣れてしまうのだった。
そして、ギルベルトもそれがだんだんと普通のこととなっていき、二人旅を初めて一月も経った頃には、移動以外でも常にレイラを抱っこしているのが通常運転となっていくのだった。
そんな二人が、美味しい焼き串が名物という街に着いたのは、日も暮れそうな時間帯だった。
二人が街に入ったのと、街を守る外壁の門が閉まるのはほんの僅かな差だった。
「よかった。ギリギリ間に合ったね」
「ああ。しかし、この時間では、名物の串焼きの露店は閉まっているな」
「いいよ。露店は明日ゆっくり見て回ろう?」
「姉さんがそう言うなら。それじゃ、宿を探そう」
「うん。あっ、それと今回も二部屋取ろうとしなくていいからね。私は、ギルにお世話になっている身なので、ギルの泊まる部屋の隅に寝かせてもらうだけでも本当にありがたいんだから」
それは、最早、宿をとる際の定番となりつつある会話だった。
レイラとしては、ギルベルトのハントの手伝いは出来ないので、路上で歌でも歌って、お金を稼ぐつもりだいてのだが、ギルベルトに「危ないから、姉さんは何もしなくてもいい」と止められてしまっていたのだ。
レイラとしては、何が危ないのか理解できなかったが、一人で動けない分際で我儘をいうことも出来ず、旅費のすべてがギルベルトだよりになっていたのだ。
だから、できるだけ自分に気を使って無駄遣いをさせたくないレイラは、こう言うのだった。
初めのころは、二部屋取ろうとしていたギルベルトも一人では身動きができないレイラのことを考えてツインの部屋を取るようにはなっていたが、それでもレイラ的には「シングルでもいいのに」と言うのが本心からの思いだった。
ただ、レイラとしては何かしらの感謝の気持ちを伝えたいという思いはあり、ギルベルトが望むときに、彼のためだけに歌姫と言われた美しい歌声を披露したのだ。
今まで野宿続きだった二人は、宿に入るなり、主人にお湯注文をしていた。
注文を受けた主人は、部屋に大き目の盥とお湯の入った壺を四つほど用意しててくれた。
ギルベルトは、レイラを盥の傍に移動させてから衝立の奥に移動する。
レイラ的には、同姓なのだし気にすることもないのにといつも思っていたが、男同士でも恥ずかしがるギルベルトを「恥ずかしがり屋さんめ」と可愛く思っていたのだ。
敢えて、ギルベルトを恥ずかしがらせるのも可哀そうだと考えたレイラは、深く追及することはしなかった。
先にお湯を使わせてくれる、ギルベルトに感謝しつつお湯を柄杓で掬って体に掛ける。
大き目の盥には、ギルベルトによってお湯が張られていた。
かけ湯をした後に、石鹸で全身を洗っていく。
久々に体を洗うため、お湯はすぐに濁ってしまった。
それを見て、レイラは「ふんふふ~ん」と適当な調子で鼻歌を口ずさむ。
ちゃぷん、ちゃぷんとお湯を跳ねさせながら、衝立の向こうにいるギルベルトに話しかける。
「先にお湯貰っちゃってごめんね? もう少し大きな盥だったら一緒でもよかったのにね?」
「なっ! なんてこと言うんだ。そんなの駄目に決まってる」
「え~。まぁ、狭くてギルは嫌かぁ」
「いや、そうじゃなく……。今の姉さんは、昔の女ゴリラみたいな姉さんとは違って、可愛くて……。ちょっと、とういうの駄目かなって……。でも……、いや、駄目だ」
「えっ? ギル? ごめん、聞こえなかったよ。今なんて?」
「な、何でもない! 俺のことはいいから、姉さんはゆっくりお湯を楽しんで!」
「うん? 分かった」
途中、ごにょごにょと早口で何かを言うギルベルトに首を傾げたレイラだったが、「まあいいか」と鼻歌を歌いだしていた。
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