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第一部 第一章
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一座にルナが拾われて一月ほどが経過していた。
ルナは、歩くことができなかったが、その類まれな歌声で一座に貢献するようになっていた。
とある街での興行最終日にルナの運命を変える出会いがあったのだ。
それは、偶然だったのか必然だったのか。
一座に加わって、たった一月ではあったが、ルナの美しい容姿と歌声が人気を呼び、行く先々で喝さいを浴びることとなったのだ。
その日も、いつものように思いついた旋律を自由に歌声に乗せるルナだったが、見物人の中で不思議と気になる男と視線が合ったのだ。
その男は、黒髪黒目のとても美しい男だった。
ただし、左の眼が黒い眼帯に覆われていたが、それさえも男の魅力として映ったのだから不思議でならなかった。
長身で、その秀でた容姿の男は、右の眼を驚愕に丸くしていた。
夜の闇のような美しい男とはかけ離れたその驚き様に、ルナは何故か惹きつけられてしまっていたのだ。
じっと男を見つめながら、最後まで歌い切ったルナは、ぺこりと笑顔で頭を下げて舞台を後にする。
もちろん、歩くことのできないルナは、一座の男に抱っこされてではあったが。
しかし、それでま驚いた顔をしていた男は、ルナが一座の男に抱き上げられると、眉をピクリと動かして不機嫌な表情になるのだ。
ルナは、舞台を降りた後、車椅子に乗って、先ほどの気になる男がまだ近くにいないかと周囲を探そうと思ったが、それよりも先に男の方からルナに声が掛けられたのだ。
「姉さん?!」
初めて聞く男の声は、低くそれでいてどこか甘さを含む耳に心地いい音だった。
しかし、男の口から出た疑問の言葉は、ルナの首を傾げさせた。
ルナは、自分よりも明らかに年上に見える男に姉と呼ばれることが不思議でならなかった。
コテンと首を傾げるルナを見た男は、ゆっくりとルナに近づき、服が汚れるのも気にすることなく、地面に膝を付く。
そして、迷うような手つきでルナに手を伸ばすが、ルナに触れる前にその手は引っ込められてしまっていた。
それがなんだか不満に感じたルナだったが、敢えてそのことを深く考えることはせずに口を開いた。
「えっと……、お兄さんは、私のこと知ってる人?」
ルナのその言葉に、男は驚愕の表情をする。
男を驚かせてしまったことがなんだか申し訳なく感じたルナは、眉を寄せて首を傾げて言うのだ。
「私ね、記憶がないんだよ。だから、もしお兄さんが何か知ってるのなら、教えて欲しいなって?」
ルナの言葉を聞いた男は、黒い瞳を悲し気に揺らした後に、小さく言うのだ。
「そう……か。すまない。知っている人にとても良く似ていて……。そんな訳ないのに……。姉さんに似ていたから……声をかけてしまったんだ」
落ち込んだトーンの男の言葉を聞いたルナは、なんだか胸が苦しくなってしまい、とっさに手を伸ばして、男の頭を抱きしめていた。
抱きしめた瞬間、ふと不思議な懐かしさを感じながらも、優しく男の頭を撫でる。そして、慰めるようにそっと言葉を紡ぐ。
「そっか……。私が、お兄さんの大切な人に似ていたんだね……。よしよし……。いい子だから、そんな悲しい顔しないで?」
ルナの胸に抱かれた男は、その身を一瞬硬直させた後、耳を赤く染めて呟く。
「慰めなど不要だ。俺は、何も悲しくなんてない」
「うんうん。そうだね」
「くっ! 慰めは不要だと……。いや、ありがとう」
「ふふ。どういたしまして。なんだか、懐かしい感じがする。もしかして、私たち、どこかで会ったことあったのかな?」
「さあな……。だが、君は俺の姉だった人にとても良く似ているんだ」
男は、悲しげな声で「だった人」と過去形で言ったことで、その人がもういない人なのだとルナは理解する。
それと同時に、男にその人のことを確かめたくなったのだ。
「ねえ、その人って、赤い髪で軍服が似合う感じだったりする?」
何気なくルナがそう口にした言葉に、男はガバリと顔を上げて、目を丸くするのだ。
そして、少しだけ声を擦れさせて言うのだ。
「あ、ああ。そうだ。俺の姉だった人は、真っ赤な髪で、宝石のような翠眼だった……。何故それを?」
年上に見える男の驚く顔が何だが可愛く見えてしまったルナは、にこりとした表情で言うのだ。
「目が覚める前に、赤い髪の私によく似た女の人が……、出てくる夢……みたいなの見ていたんだよね。だから、もしかして、私って、その赤い髪の女の人の生まれ変わり? みたいな? なんて……」
ルナがそう言うと、男は目を白黒とさせるのだ。
そして、状況を整理するようにひとり呟く。
「あり得ない……。姉さんが死んだのは十年前だ……。この子は、どう見ても十五、六と言ったところだ。計算が合わない……。だが、いやしかし……。それに、顔は似てても髪色や瞳の色が全然違うし、性格も姉さんと比べられないくらい優しくて可愛い……、ってそうじゃなくて……」
一人、ぶつぶつと何か考え事をしている男の様子がおかしくて、ルナは噴き出してしまっていた。
ルナは、歩くことができなかったが、その類まれな歌声で一座に貢献するようになっていた。
とある街での興行最終日にルナの運命を変える出会いがあったのだ。
それは、偶然だったのか必然だったのか。
一座に加わって、たった一月ではあったが、ルナの美しい容姿と歌声が人気を呼び、行く先々で喝さいを浴びることとなったのだ。
その日も、いつものように思いついた旋律を自由に歌声に乗せるルナだったが、見物人の中で不思議と気になる男と視線が合ったのだ。
その男は、黒髪黒目のとても美しい男だった。
ただし、左の眼が黒い眼帯に覆われていたが、それさえも男の魅力として映ったのだから不思議でならなかった。
長身で、その秀でた容姿の男は、右の眼を驚愕に丸くしていた。
夜の闇のような美しい男とはかけ離れたその驚き様に、ルナは何故か惹きつけられてしまっていたのだ。
じっと男を見つめながら、最後まで歌い切ったルナは、ぺこりと笑顔で頭を下げて舞台を後にする。
もちろん、歩くことのできないルナは、一座の男に抱っこされてではあったが。
しかし、それでま驚いた顔をしていた男は、ルナが一座の男に抱き上げられると、眉をピクリと動かして不機嫌な表情になるのだ。
ルナは、舞台を降りた後、車椅子に乗って、先ほどの気になる男がまだ近くにいないかと周囲を探そうと思ったが、それよりも先に男の方からルナに声が掛けられたのだ。
「姉さん?!」
初めて聞く男の声は、低くそれでいてどこか甘さを含む耳に心地いい音だった。
しかし、男の口から出た疑問の言葉は、ルナの首を傾げさせた。
ルナは、自分よりも明らかに年上に見える男に姉と呼ばれることが不思議でならなかった。
コテンと首を傾げるルナを見た男は、ゆっくりとルナに近づき、服が汚れるのも気にすることなく、地面に膝を付く。
そして、迷うような手つきでルナに手を伸ばすが、ルナに触れる前にその手は引っ込められてしまっていた。
それがなんだか不満に感じたルナだったが、敢えてそのことを深く考えることはせずに口を開いた。
「えっと……、お兄さんは、私のこと知ってる人?」
ルナのその言葉に、男は驚愕の表情をする。
男を驚かせてしまったことがなんだか申し訳なく感じたルナは、眉を寄せて首を傾げて言うのだ。
「私ね、記憶がないんだよ。だから、もしお兄さんが何か知ってるのなら、教えて欲しいなって?」
ルナの言葉を聞いた男は、黒い瞳を悲し気に揺らした後に、小さく言うのだ。
「そう……か。すまない。知っている人にとても良く似ていて……。そんな訳ないのに……。姉さんに似ていたから……声をかけてしまったんだ」
落ち込んだトーンの男の言葉を聞いたルナは、なんだか胸が苦しくなってしまい、とっさに手を伸ばして、男の頭を抱きしめていた。
抱きしめた瞬間、ふと不思議な懐かしさを感じながらも、優しく男の頭を撫でる。そして、慰めるようにそっと言葉を紡ぐ。
「そっか……。私が、お兄さんの大切な人に似ていたんだね……。よしよし……。いい子だから、そんな悲しい顔しないで?」
ルナの胸に抱かれた男は、その身を一瞬硬直させた後、耳を赤く染めて呟く。
「慰めなど不要だ。俺は、何も悲しくなんてない」
「うんうん。そうだね」
「くっ! 慰めは不要だと……。いや、ありがとう」
「ふふ。どういたしまして。なんだか、懐かしい感じがする。もしかして、私たち、どこかで会ったことあったのかな?」
「さあな……。だが、君は俺の姉だった人にとても良く似ているんだ」
男は、悲しげな声で「だった人」と過去形で言ったことで、その人がもういない人なのだとルナは理解する。
それと同時に、男にその人のことを確かめたくなったのだ。
「ねえ、その人って、赤い髪で軍服が似合う感じだったりする?」
何気なくルナがそう口にした言葉に、男はガバリと顔を上げて、目を丸くするのだ。
そして、少しだけ声を擦れさせて言うのだ。
「あ、ああ。そうだ。俺の姉だった人は、真っ赤な髪で、宝石のような翠眼だった……。何故それを?」
年上に見える男の驚く顔が何だが可愛く見えてしまったルナは、にこりとした表情で言うのだ。
「目が覚める前に、赤い髪の私によく似た女の人が……、出てくる夢……みたいなの見ていたんだよね。だから、もしかして、私って、その赤い髪の女の人の生まれ変わり? みたいな? なんて……」
ルナがそう言うと、男は目を白黒とさせるのだ。
そして、状況を整理するようにひとり呟く。
「あり得ない……。姉さんが死んだのは十年前だ……。この子は、どう見ても十五、六と言ったところだ。計算が合わない……。だが、いやしかし……。それに、顔は似てても髪色や瞳の色が全然違うし、性格も姉さんと比べられないくらい優しくて可愛い……、ってそうじゃなくて……」
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