1 / 28
第一部 第一章
1
しおりを挟む
それは、真っ赤な髪のとても美しい女性だった。凛とした瞳はエメラルドグリーンをしており、その瞳はまっすぐに前だけを見つめていた。
青い軍服に身を包んだその女性の左の服の袖は、不自然に風にはためいていた。
それ以外にも明らかにおかしなところはあった。車いすに座る両足のうち、左側のズボンがゆらゆらと風に揺れていた。それだけではなく、右側の足に至っては、膝から下がズボンごとがなくなっており、地面には血だまりができていたのだ。
その女性は、額に汗をかきながら、祭壇に向かって右手を伸ばし、呪文のような言葉を口にしていた。
祭壇の上には、恐らく女性のものだろう右足と白金の色をした小さな小鳥が横たわっていた。
女性は、口から血を吐きながらも呪文を最後まで詠唱しきった。
「ごほっ! はぁはぁ……。これで、あと数十年は持つ……。すまない、ギルベルト。次の……当主のお前に託す……。ああ、すまない。だが、これでいいんだ……。そう……なのか? 分からない。あの日、当主の座を継いでから、何も疑問に思わなかったのに、死の間際にこんなことを考えるなんて…………」
そう呟いた赤い髪の女性は、ふらりとよろめき、車椅子から滑りお落ちるようにして地面に頭から落ちていた。
しかし、女性はピクリともしない。
そして、その体は次第に砂の様に崩れていったのだった。
その少年は、赤い髪の女性の体が消えたところでパッと目を覚ました。
数度瞬きをした後、視線だけで周囲を見渡す。
少年は、ここがどこなのか、自分が誰なのか全くわからなかった。
理由はわからないが、体が鉛の様に重く、寝転がったまま身動きが出来なかったのだ。
少年は、どこかの街道の脇に仰向けに倒れており、言うことを聞かない体に途方に暮れていた。
「ここは、どこなんだ? うぅぅ。体が全く動かない……。はぁ、空が青いなぁ。あはははぁ」
現実逃避していた少年は、視線だけを動かしてこの状況をどうにかできないかと考える。
しかし、暖かい日差しが降り注ぐだけで、周囲には何もなかったのだ。
とりあえず、体は動かないが、痛むところがないため、のんびりと誰かが近くを通るのを待つことにして、ぽっかりと穴が空いたような記憶を探る。しかし、記憶にあるのは、目覚める前に見た真っ赤な女性の死ぬ場面だけだった。
「もしかして、私は、あの赤い髪の女の人の生まれ変わり?」
そんなことを口にしていると、遠くから馬の蹄の音と、馬車の車輪が回る音が耳に入った少年は、意識をその音に向ける。
音は確かに少年の方に近づいてきていたのだ。
少年は藁にでも縋る気持ちで大声を上げる。
「誰かーー!! 助けてくださいーーー!!」
その声が聞こえたのだろう、リズミカルな音を立てていた蹄と馬車の車輪の回る音が止まったのだ。
そして、少しして優し気な女性の声が少年の耳に入る。
「まぁ……。大変。お嬢ちゃん、大丈夫?」
女性の声に、少年は助かったと思ったのだ。それと同時に、「えっ? お嬢ちゃん?」と首を傾げることとなったのだ。
こうして、記憶のない少年は、運良く拾われたのだ。
少年を拾ったのは、旅芸人の一座だった。
目覚めた直後は全身動かなかった少年は、少しして体を動かせるようになっていた。
しかし、両脚は感覚はあるものの何故かうまく歩くことができなかった。
記憶のない少年は、助けてくれた旅芸人の一座に心からお礼を言う。
「ありがとうございます。記憶がないわ、体が動かないわで困っていたんです。本当に助かりました」
少年を助けた女性は、少年がのんきな口調に対して、結構重い内容をヘラりと笑って言うことに目を丸くしたのだ。
「あなた……。女の子が軽々しくそんな……。まぁいいわ。何かの縁だし、記憶が戻るまでここに居なさい。私は、この旅芸人の一座の座長をしているリンダよ」
「リンダさんですね。私は……。あっ、名前も分からないんでした。適当に呼んでください」
あっけらかんとそう言う少年にリンダは呆れたように言うのだ。
「大らかと言うか、能天気と言うか……。まあいいわ。とりあえず……ルナって呼ばせてもらうわ」
「ルナ……ですか?」
「そうよ。あなたの綺麗な白金の髪と紫の瞳を見て、ルナって感じがしたからね」
ルナと名付けられた少年は顎に手を当てて、「ふむふむ。私は、白金の髪と紫の瞳なのですね」と感心しきりだった。
自分の姿すら分かっていない少年に最初は驚いていたリンダだったが、「記憶喪失とはそんなものなのかもしれないわ」と考えて、ルナに鏡を差し出すのだ。
鏡を見たルナは、その美しい容姿に目を丸くする。
リンダのいう様に、白金の髪は、さらさらと指先を流れてとても美しかった。
さらに、鏡に映る驚いた顔の美少女の瞳は、紫水晶のような美しさで、小作りな顔のパーツは完璧な配置をしていた。
よく見ると、瞳を縁取る長い睫毛も白金だった。
「おお、私の顔はこんな感じなのですね」
そう言いながら、記憶の中にある真っ赤な髪の女性が頭を過る。その女性よりもだいぶ若く見えるが、髪色や瞳の色の違いを除けば、同一人物に見えなくもなかった。
ただし、股間に感じるもので、見なくてもルナは自分が美少女に見える少年なのだと理解していた。
だから、リンダに鏡を返しながら訂正するのを忘れなかった。
「リンダさん。私、美少女に見えますが、れっきとした男ですからね?」
「えっ?」
ルナの言葉で、その場にいた全員が驚きに硬直したのだった。
青い軍服に身を包んだその女性の左の服の袖は、不自然に風にはためいていた。
それ以外にも明らかにおかしなところはあった。車いすに座る両足のうち、左側のズボンがゆらゆらと風に揺れていた。それだけではなく、右側の足に至っては、膝から下がズボンごとがなくなっており、地面には血だまりができていたのだ。
その女性は、額に汗をかきながら、祭壇に向かって右手を伸ばし、呪文のような言葉を口にしていた。
祭壇の上には、恐らく女性のものだろう右足と白金の色をした小さな小鳥が横たわっていた。
女性は、口から血を吐きながらも呪文を最後まで詠唱しきった。
「ごほっ! はぁはぁ……。これで、あと数十年は持つ……。すまない、ギルベルト。次の……当主のお前に託す……。ああ、すまない。だが、これでいいんだ……。そう……なのか? 分からない。あの日、当主の座を継いでから、何も疑問に思わなかったのに、死の間際にこんなことを考えるなんて…………」
そう呟いた赤い髪の女性は、ふらりとよろめき、車椅子から滑りお落ちるようにして地面に頭から落ちていた。
しかし、女性はピクリともしない。
そして、その体は次第に砂の様に崩れていったのだった。
その少年は、赤い髪の女性の体が消えたところでパッと目を覚ました。
数度瞬きをした後、視線だけで周囲を見渡す。
少年は、ここがどこなのか、自分が誰なのか全くわからなかった。
理由はわからないが、体が鉛の様に重く、寝転がったまま身動きが出来なかったのだ。
少年は、どこかの街道の脇に仰向けに倒れており、言うことを聞かない体に途方に暮れていた。
「ここは、どこなんだ? うぅぅ。体が全く動かない……。はぁ、空が青いなぁ。あはははぁ」
現実逃避していた少年は、視線だけを動かしてこの状況をどうにかできないかと考える。
しかし、暖かい日差しが降り注ぐだけで、周囲には何もなかったのだ。
とりあえず、体は動かないが、痛むところがないため、のんびりと誰かが近くを通るのを待つことにして、ぽっかりと穴が空いたような記憶を探る。しかし、記憶にあるのは、目覚める前に見た真っ赤な女性の死ぬ場面だけだった。
「もしかして、私は、あの赤い髪の女の人の生まれ変わり?」
そんなことを口にしていると、遠くから馬の蹄の音と、馬車の車輪が回る音が耳に入った少年は、意識をその音に向ける。
音は確かに少年の方に近づいてきていたのだ。
少年は藁にでも縋る気持ちで大声を上げる。
「誰かーー!! 助けてくださいーーー!!」
その声が聞こえたのだろう、リズミカルな音を立てていた蹄と馬車の車輪の回る音が止まったのだ。
そして、少しして優し気な女性の声が少年の耳に入る。
「まぁ……。大変。お嬢ちゃん、大丈夫?」
女性の声に、少年は助かったと思ったのだ。それと同時に、「えっ? お嬢ちゃん?」と首を傾げることとなったのだ。
こうして、記憶のない少年は、運良く拾われたのだ。
少年を拾ったのは、旅芸人の一座だった。
目覚めた直後は全身動かなかった少年は、少しして体を動かせるようになっていた。
しかし、両脚は感覚はあるものの何故かうまく歩くことができなかった。
記憶のない少年は、助けてくれた旅芸人の一座に心からお礼を言う。
「ありがとうございます。記憶がないわ、体が動かないわで困っていたんです。本当に助かりました」
少年を助けた女性は、少年がのんきな口調に対して、結構重い内容をヘラりと笑って言うことに目を丸くしたのだ。
「あなた……。女の子が軽々しくそんな……。まぁいいわ。何かの縁だし、記憶が戻るまでここに居なさい。私は、この旅芸人の一座の座長をしているリンダよ」
「リンダさんですね。私は……。あっ、名前も分からないんでした。適当に呼んでください」
あっけらかんとそう言う少年にリンダは呆れたように言うのだ。
「大らかと言うか、能天気と言うか……。まあいいわ。とりあえず……ルナって呼ばせてもらうわ」
「ルナ……ですか?」
「そうよ。あなたの綺麗な白金の髪と紫の瞳を見て、ルナって感じがしたからね」
ルナと名付けられた少年は顎に手を当てて、「ふむふむ。私は、白金の髪と紫の瞳なのですね」と感心しきりだった。
自分の姿すら分かっていない少年に最初は驚いていたリンダだったが、「記憶喪失とはそんなものなのかもしれないわ」と考えて、ルナに鏡を差し出すのだ。
鏡を見たルナは、その美しい容姿に目を丸くする。
リンダのいう様に、白金の髪は、さらさらと指先を流れてとても美しかった。
さらに、鏡に映る驚いた顔の美少女の瞳は、紫水晶のような美しさで、小作りな顔のパーツは完璧な配置をしていた。
よく見ると、瞳を縁取る長い睫毛も白金だった。
「おお、私の顔はこんな感じなのですね」
そう言いながら、記憶の中にある真っ赤な髪の女性が頭を過る。その女性よりもだいぶ若く見えるが、髪色や瞳の色の違いを除けば、同一人物に見えなくもなかった。
ただし、股間に感じるもので、見なくてもルナは自分が美少女に見える少年なのだと理解していた。
だから、リンダに鏡を返しながら訂正するのを忘れなかった。
「リンダさん。私、美少女に見えますが、れっきとした男ですからね?」
「えっ?」
ルナの言葉で、その場にいた全員が驚きに硬直したのだった。
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる