記憶喪失中の美少年は、眼帯青年を甘やかしたい!

バナナマヨネーズ

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第一部 第一章

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 それは、真っ赤な髪のとても美しい女性だった。凛とした瞳はエメラルドグリーンをしており、その瞳はまっすぐに前だけを見つめていた。
 青い軍服に身を包んだその女性の左の服の袖は、不自然に風にはためいていた。
 それ以外にも明らかにおかしなところはあった。車いすに座る両足のうち、左側のズボンがゆらゆらと風に揺れていた。それだけではなく、右側の足に至っては、膝から下がズボンごとがなくなっており、地面には血だまりができていたのだ。
 その女性は、額に汗をかきながら、祭壇に向かって右手を伸ばし、呪文のような言葉を口にしていた。
 祭壇の上には、恐らく女性のものだろう右足と白金の色をした小さな小鳥が横たわっていた。
 女性は、口から血を吐きながらも呪文を最後まで詠唱しきった。
 
「ごほっ! はぁはぁ……。これで、あと数十年は持つ……。すまない、ギルベルト。次の……当主のお前に託す……。ああ、すまない。だが、これでいいんだ……。そう……なのか? 分からない。あの日、当主の座を継いでから、何も疑問に思わなかったのに、死の間際にこんなことを考えるなんて…………」

 そう呟いた赤い髪の女性は、ふらりとよろめき、車椅子から滑りお落ちるようにして地面に頭から落ちていた。
 しかし、女性はピクリともしない。
 そして、その体は次第に砂の様に崩れていったのだった。
 
 



 
 
 その少年は、赤い髪の女性の体が消えたところでパッと目を覚ました。
 数度瞬きをした後、視線だけで周囲を見渡す。
 少年は、ここがどこなのか、自分が誰なのか全くわからなかった。
 理由はわからないが、体が鉛の様に重く、寝転がったまま身動きが出来なかったのだ。
 少年は、どこかの街道の脇に仰向けに倒れており、言うことを聞かない体に途方に暮れていた。
 
「ここは、どこなんだ? うぅぅ。体が全く動かない……。はぁ、空が青いなぁ。あはははぁ」

 現実逃避していた少年は、視線だけを動かしてこの状況をどうにかできないかと考える。
 しかし、暖かい日差しが降り注ぐだけで、周囲には何もなかったのだ。
 とりあえず、体は動かないが、痛むところがないため、のんびりと誰かが近くを通るのを待つことにして、ぽっかりと穴が空いたような記憶を探る。しかし、記憶にあるのは、目覚める前に見た真っ赤な女性の死ぬ場面だけだった。
 
「もしかして、私は、あの赤い髪の女の人の生まれ変わり?」

 そんなことを口にしていると、遠くから馬の蹄の音と、馬車の車輪が回る音が耳に入った少年は、意識をその音に向ける。
 音は確かに少年の方に近づいてきていたのだ。
 少年は藁にでも縋る気持ちで大声を上げる。
 
「誰かーー!! 助けてくださいーーー!!」

 その声が聞こえたのだろう、リズミカルな音を立てていた蹄と馬車の車輪の回る音が止まったのだ。
 そして、少しして優し気な女性の声が少年の耳に入る。
 
「まぁ……。大変。お嬢ちゃん、大丈夫?」

 女性の声に、少年は助かったと思ったのだ。それと同時に、「えっ? お嬢ちゃん?」と首を傾げることとなったのだ。
 
 こうして、記憶のない少年は、運良く拾われたのだ。
 少年を拾ったのは、旅芸人の一座だった。
 
 目覚めた直後は全身動かなかった少年は、少しして体を動かせるようになっていた。
 しかし、両脚は感覚はあるものの何故かうまく歩くことができなかった。
 記憶のない少年は、助けてくれた旅芸人の一座に心からお礼を言う。
 
「ありがとうございます。記憶がないわ、体が動かないわで困っていたんです。本当に助かりました」

 少年を助けた女性は、少年がのんきな口調に対して、結構重い内容をヘラりと笑って言うことに目を丸くしたのだ。
 
「あなた……。女の子が軽々しくそんな……。まぁいいわ。何かの縁だし、記憶が戻るまでここに居なさい。私は、この旅芸人の一座の座長をしているリンダよ」

「リンダさんですね。私は……。あっ、名前も分からないんでした。適当に呼んでください」

 あっけらかんとそう言う少年にリンダは呆れたように言うのだ。

「大らかと言うか、能天気と言うか……。まあいいわ。とりあえず……ルナって呼ばせてもらうわ」

「ルナ……ですか?」

「そうよ。あなたの綺麗な白金の髪と紫の瞳を見て、ルナって感じがしたからね」

 ルナと名付けられた少年は顎に手を当てて、「ふむふむ。私は、白金の髪と紫の瞳なのですね」と感心しきりだった。
 自分の姿すら分かっていない少年に最初は驚いていたリンダだったが、「記憶喪失とはそんなものなのかもしれないわ」と考えて、ルナに鏡を差し出すのだ。
 鏡を見たルナは、その美しい容姿に目を丸くする。
 リンダのいう様に、白金の髪は、さらさらと指先を流れてとても美しかった。
 さらに、鏡に映る驚いた顔の美少女の瞳は、紫水晶のような美しさで、小作りな顔のパーツは完璧な配置をしていた。
 よく見ると、瞳を縁取る長い睫毛も白金だった。
 
「おお、私の顔はこんな感じなのですね」

 そう言いながら、記憶の中にある真っ赤な髪の女性が頭を過る。その女性よりもだいぶ若く見えるが、髪色や瞳の色の違いを除けば、同一人物に見えなくもなかった。
 ただし、股間に感じるもので、見なくてもルナは自分が美少女に見える少年なのだと理解していた。
 だから、リンダに鏡を返しながら訂正するのを忘れなかった。
 
「リンダさん。私、美少女に見えますが、れっきとした男ですからね?」

「えっ?」

 ルナの言葉で、その場にいた全員が驚きに硬直したのだった。

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