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第五話 英雄と手紙
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アンリエットは、エゼクを料理コーナーに連れて行くと彼に言った。
「好き嫌いはありますか?」
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったエゼクは、仮面を付けることも忘れて、目の前にいるアンリエットを見つめていた。
エゼクがいつまで経っても何も言わなかったため、アンリエットは、自分のおすすめを皿に乗せてエゼクに差し出していた。
「はい。こちらのお肉はとても柔らかくて美味しかったのでお食べください……」
そこまで言ったアンリエットは、表情を暗くしていた。
それに気が付いたエゼクは、自分の顔を手で覆って謝罪していた。
「すみません。こんな醜い怪我をご令嬢に晒すなど」
「ごめんなさい。お肉大きすぎたわね。小さく切って差し上げるわ。これなら、溢さないかしら?」
エゼクとアンリエットは、同時に言葉を発していた。
手元の肉を小さく切って、フォークに刺して差し出していたアンリエットは、エゼクの謝罪を全く聞いていなかった。
エゼクの口元に小さく切った肉を持っていき、首を傾げていた。
それを見たエゼクは、怪我をしてから初めて心の底から笑っていた。
「くすくす。貴方は面白い人ですね。俺のこの顔の怪我が怖くないのですか?」
エゼクが思わずそう言うと、アンリエットは眉を寄せて悲しそうに言った。
「ええ、怖いわ。だって、大きな口で料理を頬張れないじゃない。わたし、とある事情からご飯をいっぱい食べないといけないの。だから、少しずつでは食事だけで一日が終わってしまうわ……」
まさかの返しにエゼクは、再び笑っていた。
青い瞳を優しげに緩めたエゼクは、楽しそうに言った。
「ありがとうございます。俺は、エゼク・トードリアといいます」
「うふふ。わたしは、アンリエット・ロンドブルですわ」
互いに挨拶をした後に、二人で会場に用意された料理を楽しくおしゃべりをしながら堪能したのだった。
そんなエゼクをガウェインは、すこし羨ましそうに見つめていたことに、会場にいる者は誰ひとり気が付いていなかった。
そんな事があってから、普段社交パーティーに出席しないガウェインは、アンリエットに会うために、足繁く参加するようになっていた。
そんな兄の様子にいち早く気が付いたエゼクは、あることを提案していた。
「兄上、アンリエット嬢がそこまで気になるのでしたら、直接お話してみてはいかがですか?」
「なっ!!別に、気になってるとかではない!!」
「くすくす。兄上がこんなに奥手だったとは驚きです。そうだ、だったら手紙はどうですか?」
エゼクの提案を聞いたガウェインは、一瞬考えた後に言った。
「考えておく」
そう言って、執務室を出たガウェインは、自室で白い便箋をいそいそと用意していた。
季節の挨拶。身を案じる言葉。アンリエットの芯の強さと優しさに救われたという感謝の言葉。
書き上がった手紙に署名をした時に、ガウェインは自分がこんなにも弱い男だったのかと心底呆れていた。
差出人の名前は、ガウェインではなく、エゼクの名前になっていたのだった。
(はぁ。俺はなんて弱い男なんだ。気になる女性に手紙を出すのに、名を偽るなど……。エゼクは、普段社交パーティーには参加しないことを良いことに、エゼクの名前で彼女に手紙を出そうとするなんて……)
弱い自分を卑下したが、ガウェインは結局、エゼクのフリをして手紙を出していた。
数日後、可愛らしい花がらの便箋が届いていた。差出人はアンリエットだった。
公爵家に届く手紙は、まとめてガウェインの執務室に届けるようになっていたのだ。
以前は、執事に一任していたが、もしアンリエットから返事が来たらと、その時のことを考えて、差出人と宛先を検閲せずに持ってくるように事前に指示していたのだ。
届いた可愛らしい便箋からは、微かに甘い匂いがしていた気がした。
慎重に封を切って手紙を取り出した。
手紙には、可愛らしい文字でエゼクのことを案じる言葉が並んでいた。
怪我は傷まないか、食事は取れているか、一緒に食事をした時は楽しかったなど。
ガウェインは、アンリエットの優しさにあふれる手紙を読み、ますます彼女のことが気になっていた。
それから、時間を作ってはアンリエットと手紙の遣り取りをするようになっていた。
ガウェインは、他の領地に赴いた時の楽しかった出来事や、その地方独特の習わしなどを面白おかしく手紙に書いていた。
アンリエットからはというと、ガウェインから来た手紙に書かれている内容についての感想だったり、自身の身の回りで起こった楽しい出来事などが綴られていた。
「好き嫌いはありますか?」
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったエゼクは、仮面を付けることも忘れて、目の前にいるアンリエットを見つめていた。
エゼクがいつまで経っても何も言わなかったため、アンリエットは、自分のおすすめを皿に乗せてエゼクに差し出していた。
「はい。こちらのお肉はとても柔らかくて美味しかったのでお食べください……」
そこまで言ったアンリエットは、表情を暗くしていた。
それに気が付いたエゼクは、自分の顔を手で覆って謝罪していた。
「すみません。こんな醜い怪我をご令嬢に晒すなど」
「ごめんなさい。お肉大きすぎたわね。小さく切って差し上げるわ。これなら、溢さないかしら?」
エゼクとアンリエットは、同時に言葉を発していた。
手元の肉を小さく切って、フォークに刺して差し出していたアンリエットは、エゼクの謝罪を全く聞いていなかった。
エゼクの口元に小さく切った肉を持っていき、首を傾げていた。
それを見たエゼクは、怪我をしてから初めて心の底から笑っていた。
「くすくす。貴方は面白い人ですね。俺のこの顔の怪我が怖くないのですか?」
エゼクが思わずそう言うと、アンリエットは眉を寄せて悲しそうに言った。
「ええ、怖いわ。だって、大きな口で料理を頬張れないじゃない。わたし、とある事情からご飯をいっぱい食べないといけないの。だから、少しずつでは食事だけで一日が終わってしまうわ……」
まさかの返しにエゼクは、再び笑っていた。
青い瞳を優しげに緩めたエゼクは、楽しそうに言った。
「ありがとうございます。俺は、エゼク・トードリアといいます」
「うふふ。わたしは、アンリエット・ロンドブルですわ」
互いに挨拶をした後に、二人で会場に用意された料理を楽しくおしゃべりをしながら堪能したのだった。
そんなエゼクをガウェインは、すこし羨ましそうに見つめていたことに、会場にいる者は誰ひとり気が付いていなかった。
そんな事があってから、普段社交パーティーに出席しないガウェインは、アンリエットに会うために、足繁く参加するようになっていた。
そんな兄の様子にいち早く気が付いたエゼクは、あることを提案していた。
「兄上、アンリエット嬢がそこまで気になるのでしたら、直接お話してみてはいかがですか?」
「なっ!!別に、気になってるとかではない!!」
「くすくす。兄上がこんなに奥手だったとは驚きです。そうだ、だったら手紙はどうですか?」
エゼクの提案を聞いたガウェインは、一瞬考えた後に言った。
「考えておく」
そう言って、執務室を出たガウェインは、自室で白い便箋をいそいそと用意していた。
季節の挨拶。身を案じる言葉。アンリエットの芯の強さと優しさに救われたという感謝の言葉。
書き上がった手紙に署名をした時に、ガウェインは自分がこんなにも弱い男だったのかと心底呆れていた。
差出人の名前は、ガウェインではなく、エゼクの名前になっていたのだった。
(はぁ。俺はなんて弱い男なんだ。気になる女性に手紙を出すのに、名を偽るなど……。エゼクは、普段社交パーティーには参加しないことを良いことに、エゼクの名前で彼女に手紙を出そうとするなんて……)
弱い自分を卑下したが、ガウェインは結局、エゼクのフリをして手紙を出していた。
数日後、可愛らしい花がらの便箋が届いていた。差出人はアンリエットだった。
公爵家に届く手紙は、まとめてガウェインの執務室に届けるようになっていたのだ。
以前は、執事に一任していたが、もしアンリエットから返事が来たらと、その時のことを考えて、差出人と宛先を検閲せずに持ってくるように事前に指示していたのだ。
届いた可愛らしい便箋からは、微かに甘い匂いがしていた気がした。
慎重に封を切って手紙を取り出した。
手紙には、可愛らしい文字でエゼクのことを案じる言葉が並んでいた。
怪我は傷まないか、食事は取れているか、一緒に食事をした時は楽しかったなど。
ガウェインは、アンリエットの優しさにあふれる手紙を読み、ますます彼女のことが気になっていた。
それから、時間を作ってはアンリエットと手紙の遣り取りをするようになっていた。
ガウェインは、他の領地に赴いた時の楽しかった出来事や、その地方独特の習わしなどを面白おかしく手紙に書いていた。
アンリエットからはというと、ガウェインから来た手紙に書かれている内容についての感想だったり、自身の身の回りで起こった楽しい出来事などが綴られていた。
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