拝み屋一家の飯島さん。

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伝承

本物の楓さん〈了目線〉

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声がした。


息苦しくて真っ暗な血の海の中で。



「!!?了さん!?了さん?
大丈夫?生きてる?!」



ああ…楓さんの声だ…


俺はそれを聞いて
心底、ほっとした。


うっすらと眼を開けると
彼女は俺の顔を覗き込み、
身体を揺さぶってた。



「…楓さん…」



「あ、了さんあのごめんね…
息が止まって…ひゃっ!!?」


話し終えるのを待たずに
俺は楓さんを抱きしめる。

いとも簡単に
引き倒された彼女は俺の上に
覆いかぶさるうように抱きしめられ、
キョトンとした顔をしていた。


俺はその顔を凝視した。
確かに…楓さんだ…

少なくとも楓さんに見える…


「楓さん…?本物の楓さんですか…」
  
 
「えっとはい。本物…?です」


「……そっか…

……よかった…
…ほんとに…よかった…。」


 深く息を吐いて、
彼女の首元に顔をうずめる。

暖かくて柔らかい。
いい匂いがする。


「あの…了さん…?……」


楓さんは俺に抱かれたまま
首を傾げて、不安そうな顔をしている。


「……?」


ふと、俺は自分が泣いている事に
気がついた。

生暖かい涙がボロボロ流れて
目尻を伝い枕に落ちる。


泣いたことなんて
幼稚園の餅つきの時
以来無かったのに。


楓さんがまだ俺の腕の中にいて、
俺にも化け物にも殺されてない。


それだけの事に安堵して、
その安堵で泣いてしまったみたいだ…。


母親を見つけた迷子の子供みたいに。


「大丈夫?了さん…
悪い夢でもみたの?」


「まぁ…そんな所です…

…ねぇ、楓さん…あと5時間くらいこうしててもいいですか?」



そう言いながら、涙を見られない様に
簡単に手で拭う。と、楓さんは俺に答える。


「え、5時間はちょっと長い…」


「えー!いいじゃないですか!
楓さんのケチー」


いつもの軽い調子で
わざとらしく不満そうな顔で
笑って見せる。


それをみた彼女は
何故か安心した様な表情をした。


「…了さんどんな夢みてたんですか?」



「…えっと…ですね…」



この質問にどんな風に言おうか
一瞬迷ったが正直に答える事にした。



「んー…楓さんがいなくなる夢を
見てました。

気持ち悪い夢でしたよ…本当に。


俺は…自分で思ってるより、
貴女への執着が強いみたいだ。」



自嘲気味に笑みが漏れ、眼を伏せる。


…今思い出しても、生々しい夢だった。


彼女を殴った感覚が
あの女を刺した感覚が
未だ手に残っている気がする。


「ヤな夢でした…
化け物に取り憑かれた時みたいな
キッモい夢…はぁ…」


「え…それ、ホントにお化けじゃ…
この家…変だし…」


楓さんは表情をこわばらせる。
でも、それはあり得ない話だ。


「まさか。我が家は
超強力な結界が、
代々、重ね掛けされてんですよ?
白石みたいな無害で弱いのはともかく。

有害なものは
外から、入れない様になってます。

ただの悪夢ですよ。」


なるほど。と彼女は分かってんだか
分かってないんだか
微妙な反応をして頷く。


「てか、もぉー…マジで、
ちょっと落ち込みました。
慰めてくれません?」


「えっと、はい。
まぁ慰めるくらいなら…」


俺はゴロリと横向きになって
彼女を自分の上から
ゆっくりと布団に下ろす。


「えっと…慰める…というと…こう?」


楓さんは手を泳がせながらも
俺を胸に抱いて、頭を撫でた。


「『よしよし、了さん怖かったんですね。もう大丈夫ー』.…こんな感じで…いい?」


「……」


「えっ…違う?あの、了さん、
なんか言ってくださいよ!?」


思いの外、楓さんが大胆で
フリーズしてしまった…。
良すぎる。


「……え、最高ですね…
マジで勃ちそう…
体でも慰めてくれません?」


「ダメです。」


残念。楓さんにピシャリと
断られた。


楓さんって照れ屋なんだよなぁ。
俺はわざと不服そうな顔をしてみせた。


「えー…俺らは夫婦になるんですよー?
いいじゃないですか。
優しくしますよ?」


そう言って首にキスをしてみる。
すりと彼女は顔を真っ赤に染めながら
俺の胸を押し返す。


「ちょっと!もう!了さん、ダメです!
もう寝てくださいよ!
まだ4時なんだから。」


「ざーんねん…わかりました。」


俺は仕方なく諦め
楓さんをギュッと抱きしめ直して、
眼を閉じる。


「……」


あれ?…そういえば…なんで
俺は、彼女の言うこと聞くんだろ?
なんで、彼女を許しているんだろう?


今までこんなことなかった。
俺がヤリたければ無理矢理やったし、
庭に逃げれば足を切り落とした。


なんか、変だ…


夢の中で楓さんを殺した時もそう…
彼女を殺した時、悲しかった、
物凄い喪失感に襲われた。 


今までは、恋人を殺したって、

代わりを探さなきゃとしか
思わなかったのに。


「楓さん…貴女って
他の人と何が違うんですか…?」


抱く手を緩めて彼女の顔を見る。
少し間の抜けた可愛い寝顔だった。


「なんだ…もう寝ちゃいましたか…」


眠る彼女の髪を優しく撫でて耳にかけた。本当に不思議だ。


確かに楓さんは素敵だけど、

白石の方が美人だったし
その前の人の方がスタイルが良かった。

さらに前の人の方が従順だった。
そのさらに前の人の方が身体の相性が良かった。

正直、楓さんって
他の子に比べて全体的に平々凡々。


「…??」


なのに、何が
俺を惹きつけてるんだろう?


………


暫く考えてみたけど…


「全然わかんねえな…寝よ。」


と言う結果に至った。


眠る前に
彼女に布団をかけ直す。
起こさない様に慎重に。


まぁ、とにかく
きっと俺は彼女が好きなんだ。


なら、
絶対に逃がさない様にしよう。


俺のこと絶対に裏切らせないように
しっかりと躾よう。
絶対に離れられない様にしよう。


「おやすみ、俺の楓さん。」


俺はそう言って
彼女の額にキスをして眠りについた。












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