俺を思い出さないで。-殺し損ねた君が愛おしい-

創作屋 鬼聴

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一章 再会

4.帰り道

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あの後、俺は本田さんに
グイグイと追い出される様に
家に帰らされた。

俺のことが"心配"なんだそうだ。


「……」



帰り道、

電車に揺られながら昔のことを
思い出していた。


血塗れのキッチンの床で
疼くまる小さい俺と

俺の血の付いた拳を震わせて
フライパンを持つ母。


母は息を切らしてフライパンを投げだし

バシャバシャと手を洗いながら
ブツブツ呟いていた。


「アンタなんか、産まなきゃよかったっ…アンタさえいなければ…」


それを聞いて俺は思った。


「俺も産まれたくなかったなぁ…」って


暫くすると俺の顔に濡れた雑巾が
叩きつけられた。

母は倒れる俺に目もくれず、
派手な化粧で知らない男の元へ行く。


そして、残された俺は
自分の血で汚れた床を拭いた。


それが毎日毎日毎日、続く。
何年も何年も。
物心ついた時からそうだった。


最初は悲しくて泣きながら床を拭いていた。けれど、いつのまにか、


それは俺の中で普通になった。


生きてるって"こう"なんだ
苦しくて悲しくて最低な事。


「…じゃあ…死んだら
幸せになれる…?
殺したら…幸せに出来る…」


次にキッチンの床が血で濡れた時
その血は俺のものじゃなかった。


腐敗していく母を見ながら考える。


産まれてから、今までずっと
良い事なんてなかった。


生きているのが苦痛だった。


生きているより死んでいる方が
ずっとずっと幸せに思える。

だから、生きている事の苦痛を 
まだ知らない子達を助けに行った。


「俺も幸せになりたい…」


でも、死ぬ度胸はなくて
今も生きてる。


「はぁ…」


電車は大きな橋に差し掛かり
夕日の照らす川を渡る。

橋の鉄柱の影が次々と通り過ぎていく。


でも、今日
生まれて初めて
良いことがあった。


「本田さん…」


腕に巻かれた包帯を撫でると、
胸がじんわり暖かくなる気がした。

彼女の笑顔が忘れられない。

彼女は俺を責めなかった
殴らなかった。


それがとても嬉しくて、嬉しくて。


我ながら、単純だけど… 


俺は彼女のこと…



とても好きになったんだ。



包帯だらけの腕が夕日に照らされる。

俺はそれを眺めて
腕を抱き抱えるように握りしめた。
包帯からジワジワと血が滲んで、流れ、
床にポタリと垂れる。

痛みと一緒に
彼女の笑顔が頭に浮かぶ。


「本田さん…俺の
好きな貴女に…幸せでいて欲しい…。

俺は貴女を絶対に殺してみせる。
救ってあげるんだ…」


生きていたって苦しいだけ、
みんなどこかで死にたがってる。

彼女は、彼女だけは絶対に救おう。

彼女を救ったら、俺も…一緒に…。


そう考えて顔を赤らめる。
と、アナウンスが聞こえてくる。


『次はー』


「あ、降りないと…」

 
ホームに一歩踏み出すと
真っ赤な夕日がこちらを照らす。

ホームから電車の中へ風が吹き抜けて
短冊型のピアスが揺れる。


俺達は生きる苦痛から
解放されるべきなんだ。


俺は彼女と死ぬことにした。





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