俺を思い出さないで。-殺し損ねた君が愛おしい-

創作屋 鬼聴

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二章 目が離せない

1.花屋の仕事

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次の日の朝、
いつものように散らかりまくった
自分の部屋で目を覚ます。


光があまり好きじゃないから
カーテンは遮光カーテンだし、
窓には木板を打ち付けていて薄暗い。

木板の隙間から刺す僅かな光が
散乱したゴミ袋や服、
ペットボトルに反射していた。


その様子は他人が見れば
まるで廃墟みたいに映るだろう。


俺は捨て損ねたゴミ袋を掻き分けながら
キッチンに行き、

いつものように
カップラーメンに湯を注ぐ。


その激辛濃厚タンメンを
朝食に啜りながら
洗面台に立った。


……


「…やっぱ…残ってんな…
コレ…」



ヒビだらけの洗面台の鏡を見ながら呟く。
13年前に彼女に引っ掻かれた傷跡だ。

昨日はマスクしてたから
良かったものの、店員用のマスクが透明だった。


…不安だ。


「これ…気づくか…?
いや、念には念をか。」


彼女に気づかれたら
彼女を殺して
一緒に死ぬどころか…


嫌われるかもしれない…。


そう思うと凄く不安だった。



幸い、彼女は気づいてないようだが
少しでも13年前の件を
思い出させる要素は消したい。


コンシーラーで傷跡を隠しながら
彼女のことを考える。


「本田さん…」


また今日も、腕に巻かれた包帯を見て
またニヤニヤしてしまう。 


早く、早く彼女と死にたい。


それだけを考えながら
顔を洗って、歯を磨いて、
真っ黒のパーカーに腕を通し、
何の面白味もないジーンズを履いた。


「うん。これでよし。行くか」


-----


そして、


俺は初めて花屋に出勤した。


駅前の道には出勤する人たちの
声がざわめき、

花屋には朝日が差し込んで
爽やかな風が吹いていた。


そんな中、
店前で、花の水を交換をしていると


彼女は水滴のついた花を
持ったまま俺に話しかける。


「ねぇ藤崎くん、本当に大丈夫?」


今朝、こう聞きかれたのは5回目だ。


…正直…すげー嬉しい…。


「だ…大丈夫ですってこのくらい。
朝は忙しいんでしょ?
早く準備しないと。」


大丈夫なんて本当かなぁ…とでも言いたげに
本田さんは上目遣いで俺を見ている。


上目遣いていうか、
彼女の背が低いからか…。ちっちゃくて
なんとなく栗鼠っぽい。可愛い。


「うーん、なら良いけど…
あ、そうだ!名札作らないと!

えーと、藤 崎……」


彼女は新しい名札と
夢の国のクッキー缶に刺さった
マジックを奥の事務所から
取り出してきて、名札を書いていく。

それを俺は軽く覗き込こむ。
…綺麗だけど丸くて可愛い字だった。


「あ、下の名前は「ぜんゆう」です。

善行の"善"に

優しいとかの"優"です。


…似合わないっすよね。」



そう言ってなんとなく目を逸らす。
母はどう思って
こんな名前つけたんだろうか。

あんな風に育てて善良で
優しい子に育つわけはないだろうに。


「そうかな?私は独特でかっこいいと思うな」


「あ、どうも…」


いや、『どうも』ってなんだ…
驚いてしまってそれしか出なかった。

感じ悪いんじゃないか?
感じ悪いって思われてたら嫌だな…


「…えっと…あの、嬉しい…です」


付け加えるようにそう伝えた。
この名前は少年院の奴らも馬鹿にしてた。
だから、本当に結構嬉しかった。


「あ、でもね!名札は偽名でもいいんだ!防犯上!ほら私も
『本多 こずえ』ってなってるでしょ」


「あ、ホントだ。」

 
確かに彼女の名札にはそうあった。


「…なるほど。まぁ、俺は別に本名でいいです。混乱しそうですし…」


「じゃあ、「善優」っと、
はいどうぞ!」


本田さんは名前の続きを書くと
ニコニコわらって俺の胸につけてくれた。


「ん、ありがとうございます…」


ああ、やばい。昨日と比べて
絶対に俺は挙動不審だ…。
彼女の方見てるとドキドキする。


いや、でも、
見てないと殺す隙が窺えない。


てか、そもそも俺、
女の子と話すの自体ほぼ初じゃん…
少年院って男ばっかだし。

俺今、顔赤かったりしないよな?
大丈夫か???

え、あれ、
昨日は彼女とどう話してたんだっけ?


「おーい?藤崎くん?大丈夫?」


目の前で本田さんがピョンピョン跳ねながら手を振っている。


「あ、大丈夫です…」


…大丈夫じゃない。


その後も、言われた仕事をこなしながら
彼女の事が気になって仕方ない。


気づいたら目で追ってる。



別に…


花がめちゃ似合ってて妖精みたいだとか
頑張り屋で偉いなぁ…とか
そういう事を考えている訳じゃない。
本当に。


そうだ…殺す隙を窺ってるだけ。


そうなんだ。











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感想 1

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みんなの感想(1件)

音無砂月
2022.05.18 音無砂月

優善がなぜ、『死』こそ救いと思うようになったのか非常に気になります。

2022.05.22 創作屋 鬼聴

それは後々わかってきますので、
お楽しみにしておいてくださいませ!

解除

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