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一章 再会
1.救い。
しおりを挟むあれは13年前…だったかな?
いや、14年前かもしれない。
あの子に初めて会ったのは、
俺が13歳で彼女は7歳の時。
可哀想で、かわいいあの子。
私立 本田保育園でのことだった。
俺は救いを与えに行った。
生きてるなんて、可哀想だ…
だから、幸せなうちに殺してあげないと。
みんなを"救って"あげるんだ。
俺はそう決意して門をくぐる。
児童の数は28名、
俺は家の台所から出刃包丁を持ち出して
まず、保母の人を後ろから。
この時間の職員は一人だけだ。
昔は俺もここにいたから知ってる。
あとは簡単だ。
小さな腕を次から次へと掴んで、
何度も刺した。
園内は悲鳴、泣き声、絶叫で満たされ
血溜まりに小さな手が打ち付けられる。
そんな中、俺は安堵しながら呟いた。
「ああ、これでみんな、幸せだ。」
すると手元から声が聞こえる。
「ちがう…ちがうよ…どうしてこんなことするの?!ひどいよ!!ひどい!!」
グチャグシャの泣き顔で
小さかったあの子は
俺を非難するように叫ぶ。
俺に捕まれた細い腕は震えていて
頬についた大きな傷から
ドクドクと流れる血が、涙と混じる。
痛いのは可哀想なので、俺はまた
包丁を振り上げて救ってあげようとした。
彼女が安心出来る様に微笑んで。
「大丈夫…痛いのは今だけだから。
すぐ良くなるよ」
「…っっ!!いやだ!!やめてっ!!」
バリッッ…!!と嫌な音がして
俺の頬の皮膚が裂けた。
彼女に引っ掻かれたんだ。
「あ…」
「…痛っいなぁ…救ってあげるって言ってるのに…」
「ひっやめ…」
青ざめる彼女を前に、
俺は包丁を振り下ろした。
血飛沫が舞い、肉の裂ける重い感触が刃から伝わる。
「あっ…が…ゴホッ」
そして
彼女は小さな口から血を噴き出し、
血の海に沈んだ。
栗色の細い髪に血が染み込んでいく。
「……」
彼女が最後の一人だったらしい。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに
園内は静まりかえっていた。
俺は血と肉のこびり付いた出刃包丁を持ったまま立ち尽くし、彼女を見つめていた。
真っ赤に染まって
もうピクリとも動かない。
「……」
俺はなんとなく彼女の名札を見た。
青いチューリップをかたどった
名札には
"ほんだ あや" と書いてあって、壁に目をやる。
「ほんだあや…ほんだあや…」
壁には"じこしょうかいカード"が貼られていて、俺は彼女のを探した。
なんでそんなことをしたのか
自分でもわからない。
たぶん…その時から彼女は俺にとって特別だったんだと思う。
「あ、あった…」
"じこしょうかいカード"には
辿々しい字でこう書いてあった。
『本田 彩
好きな物
「おはな、やさしいひと、たくあん
シュークリーム」
将来の夢
「すきなひと と けっこんして、
いっしょに おはなやさんをする」 』
「…ふうん…」
俺はそれを見ていると
通報があったのか
警官達が駆けつけて
俺を連行する。
周りでは遺体が回収されていって
目の前を唯一の大人の死体が通った。
保母の人だ。
その人の顔を見ると瞳がゆっくりと
動き、口が微笑んだ。
「…あ…ゃ、あ…」
「!!」
…死んでない。救いきれてない。
救わないと!
そう思って警官が俺から没収した包丁を奪い返して保母の人を刺した。
何回も何回も何回も。
「なっ…!!?」
警察は呆気に取られて
少し間動けずにいた。が、
その時、何かに足を掴まれた。
物凄く強い力で。
「え、?」
「…ゆ…さ…ない…!
ゆるさないから…!!」
足を掴んだのは彼女だった。本田彩だ。
小さな女の子からは想像もできない
憎しみを孕んだ形相で俺を睨んでいた。
「…ころしてやる!!ころしてやる!!…せったい…ぜったいに…!!」
血と涙でぐしゃぐしゃになりながら
俺にそう告げた。
掴まれた足首に彼女の爪が深く食い込む。
…彼女はまだ生きてた。
「この子も殺さなきゃ…」
俺がそう呟くと
警官達はハッとした様に
俺を押さえつけ、
包丁を手荒く取り上げる。
「おい!!早くこいつを抑えろ!!
連れて行け!!」
俺をキツく拘束し直し連行を続けた。
なんでそんな扱いを受けるのか
全く理解できなかった。
「痛っ!!警官さん!!離してよ!!
なんで止めるんだよ!?」
俺はズルズルと引きずられるように
パトカーの方に連れて行かれる。
彼女の姿が遠くなる。
それを見ながら俺は警官に抗議する。
「まって!まってよ!警官さん!
あの子死んでないよ!救わなきゃ!
俺が殺してあげないと!!
可哀想じゃんか!!」
警官は侮蔑する様に俺を見るだけで
止まってくれない。
どうして?
俺は救いたいだけなのに!
そう思いながら、
彼女の方に必死に手を伸ばす。
そして、叫んだ。
「必ず…いつか!!
救いに行くから…!!まってて!
約束するよ!!
必ず…必ず…君を殺してあげる…!!」
俺の言葉を聞いた彼女の顔は
血と涙で濡れ、絶望に満ちていた。
ああ、俺が救ってあげれていれば…
俺はこの時、心に決めた。
本田彩を殺すと。
ーーーーーーーーーーーーーー
………そして今、電車に揺られている。
ガタガタと鳴る走行音が耳障りに
響く。
「はぁ…あれから何年経ったんだ…?」
俺は出所後、
ずっとあの子を探していた。
あの日、救われなかった哀れなあの子を。
でも彼女は見つからなかった。
彼女の元実家周辺を
何十時間も歩き回り、聞き回り、
SNSを漁り、何人もの探偵を雇った。
それでも見つからなかった。
外に出てから
もう5年も経ってしまって、
俺は諦めかけていた。
けど、その日…
ふと降り立った駅前の花屋で…
見つけたんだ。
彼女を。
柔らかそうな栗色のショートヘアに
鈴のような声、長い睫毛、
少し小柄な体躯。
そして何より、頬についた大きな傷跡。
髪で隠してはいるが
俺が切りつけたものに間違いなかった。
…彼女だ…!!
やっと…!!やっと見つけた…!!!
彼女を見た瞬間、胸が高鳴り
顔が綻ぶ。
こんな感覚初めてだった。
俺は考えることすらできずに
彼女に駆け寄り、肩を叩く。
「あの…!!」
これは神の導きだ。
神は
彼女を救ってやりなさいと言っている。
彼女を殺してあげなさいと言っている。
あの日、
救い損ねた彼女を救わなければ。
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