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大鏡のメンシキくん

サヨナラうつし世

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私は、旧校舎の教室で目を覚ました。

その教室には夕日とは思えない
真っ赤な光が煌々と射し込んでいて、
鉛の様に重い異様な空気が立ち込めていた。

教室内には机や教科書が散乱しており
傷だらけの黒板には反転した
"日直""曜日"の文字が残っている。 
その教室の中央に集められた机の上で
私は寝かされていた。
祭壇に捧げられた生贄みたいに。

「ううっ……いたぃ…」

…全てが夢だったら良い。そう思ったが
彼に切られた脚はズキズキと痛み
熱を帯び、そこから流れ出た大量の血が机を伝って床に血溜まりを作っていた。

その光景は
耐え難い現実を突きつけてくる。
腱を切られた足はピクリとも動かせない。
けれど今しなくてはいけないことは
一つだけ。


「ここから逃げなきゃ…」


…ここは、旧校舎だけど…旧校舎じゃない。
きっと鏡の中の旧校舎だ…
長く居ない方がいいに決まっている。

身体を起こそうとして…出来なかった。

…血が足りないのか…寒い
頭がぐらぐらする…視界が歪む。

「…早く…」

私は腕で這いずり、
机上から落ちる様に降りる。
ガシャンと大きな音を立て机が倒れ、
私の身体は床に叩きつけられる。
「ぅっ…!!」
小さなうめきを上げて痛みを堪える。
痛みにかまっている暇はない。

「早く…行かなきゃ…」

でも、私一人で逃げ切れるの…?

脚はもう動かない。
さっきだって捕まったのに…。
一人じゃダメだ…きっとまた捕まる…
誰か…呼ばないと。

その時目の前に転がっているものに
気がついた。きっと今、落ちた時にポケットから滑り出たんだ。

私のスマホ。

私は迷いなくスマホを取って
先輩に電話をかけた。


「お願い…繋がれ…!繋がって…」


コールオンが何回か鳴る。
小気味いい機械音が静か過ぎる校内に響きわたる。


「…お願い…」


……祈るような思いでスマホを耳元に当て暫く待つ。すると、

ピッという音と共に先輩が電話に出た。
私は堰を切ったように声を上げる。


「ぁ!!祈先輩!!!
せんぱい助けて!!助けてください…!」


『は!?泉??なんだ?どうした?』

 
先輩の慌てた声がスマホから聞こえた。
よかった…!!繋がってる!

「私、今鏡の中の旧校舎にいるんです!
助けてくだ…え…?」


そこまで言った時
スマホの向こうから声がした。

『先輩!!はぁ…先輩!…大変なんです…
免色くんが…また私に…』

「えっ…?」

それは女の子の声だった。
…私の声そっくりの…。

『嘘だろ…泉…大丈夫だったか?』

『ええ、なんとか…』

私に声がそっくりな人は
まるで私の様に振る舞い先輩と話を進める。

そういえば免色くんは
私の部屋のドアの前で先輩の真似をしてた…
まさか…

「先輩!!待って!!!!助けて!!
その人私じゃない…!!先輩!!」

先輩はスマホを下ろしてしまった様で
私の声が届いている様子はない。

「先輩…先輩っ…!」

けれど、皮肉にも電話先の声はよく聞こえる。そして会話はこの鏡を割る方向へと進んでいった。

「…あぁ…そんな…」

今、鏡を破られたら私はどうなるの…??
永遠に鏡の中に取り残されたまま??

『あ、先輩。
通話繋げっぱなしになってますよ。』

『あ、マジか』

布擦れの音がして
祈先輩がスマホを持ち上げたのがわかる。


「待って…!!待って!!
切らないで!!祈先輩っ!!祈先輩っ!!たす…」


私が言い終わる前に
ブツリと通話は切られた。
その後も、何回も先輩に
電話をかけたけれど繋がらなかった。


「……」


絶望がジワリと滲む様に胸に広がっていく。
その絶望を押し殺しスマホを
スカートのポケットに捩じ込んだ。

…諦めるにはまだ早い。
今すぐ鏡の元に行けばなんとかなるかもしれない。先輩だって
私の偽物に気づいてくれるかもしれない。

どちらにせよ
早く行かなきゃ手遅れになる…!!


「行かなきゃ。」


私は溢れそうな涙を堪えて
全てが始まったあの鏡の元へと向かう。

力の入らない脚をずるずると引き摺り
腕の力だけで廊下を進む。
一歩進むたび背後には血痕の道が伸びていく。

見る限り…この旧校舎は
現実と反転している以外は同じだ
きっと鏡の場所も同じはず。


「…はぁ…ぅう…」


廊下は窓から射す赤い光に照らされ
禍々しく輝いている。

あぁ脚の感覚が無くなってきた。
目が眩む。頭が痛い、おかしくなりそう。


けれど前進するしかない。


「間に合え…間に合え…間に合えっ…」


廊下の先に鏡が見えた。
西階段の大鏡。 


まだ…割れていない。


「やった…間に合う…!」


距離は後20メートルほど。
這いずっていてもすぐに着く。


「外に出て…
先輩に気づいて貰えれば…きっと…

先輩だって偽物に気づくはず…」


前だって先輩が助けてくれた。
きっと今回だって逃げれるはず!

その時
大鏡の向こうから先輩の声がした。

そして、もう一人の私…
私の声そっくりの免色くんの声も。


「急がねぇと9時48分になっちまう!
早く来い泉!」

「急いでますよっ!」


勢いよく階段を駆け上がる音が近づいてくる。

先輩はすぐ近くまで来ているが
免色くんに唆されている事には
気づいていないみたいだ。


「あぁ!!…早く!早く出ないと!!」


鏡が割られたら出れない…!!

焦りと恐怖で心臓が跳ね全身に汗が滲む。

私は全力で手を伸ばし床を掴み
ズリズリと大鏡に近づく。

「早く!!早くっ!!」

そう願う私の思いとは裏腹に
距離はなかなか縮まらない。
足音はどんどん大きくなる。

そしてついに鏡の前に先輩が来た。
先輩はバットを肩に掛けて
息を切らしている。


その背後には免色くんが立っている。


「よし、この鏡だよな」

「はい!!
先輩、はやく割って!!」


免色くんは私の声で先輩を急かす。


「嫌だ!!先輩!!先輩まって!!!」


喉が張り裂けそうなぐらい私は叫ぶ。

けれど祈先輩には聞こえていない。
あと少しで大鏡まで行けるのに…!!


「待って先輩割らないで、!!!
助けて!!助けて!!」


祈先輩はバットを握り締めて
ギッと鏡を睨んでいる。
もう彼の背後には免色くんはいない。


「よくも、泉に手を出しやがって…!!」


「待って!!待って!!先輩!!」


私は嗚咽を漏らしながら
血塗れの脚も使って這う様に
全力で大鏡に駆け出した。

痛い痛い痛い痛い痛いっっ…!!!  

けど、今しかチャンスはない!


先輩はバットを振りかざし
今にも鏡を割ってしまいそうだった。
そしてこう叫ぶ。


「もう…2度と鏡から出てくるな!!」


「待って!!待って!!」


その時
私の腕と頭が鏡の外に出た。

入った時と同じように
鏡は波紋を広げ 
私は元の旧校舎に頭を突っ込んだのだ。


間に合った。


そう思った。


「……ぁ」


横目にバットを振り下ろした
先輩と目が合う。
鏡の破片が空を舞う。

…もう、遅かった。

祈先輩が驚愕と絶望の表情で
私の名前を呼ぶ。


「いずみ…??」


視界が滲む、
滲んだ視界の先に祈先輩が見える。


「…祈先輩…たす…けて…っ」


もう無駄な願いだとわかってる。
目が熱い。声が震える。
頬に涙が伝う。


「たすけて…」


私は先輩に手を伸ばす。
先輩も私に手を伸ばす。

「せんぱ…い」


そして指が触れそうになった瞬間


「あっ…!!??」


背後から誰かに脚を捕まれ
私は鏡の中に引き戻された。

「はぁ…っはぁっ…」

涙をボロボロ流しながら
私は息を整える。
苦しくて怖くて振り向けない。

背後から聞き慣れた声がする。


「惜しかったねー。マコちゃん。

先輩がもう少しお利口だったら逃げれたのになぁ。」

目の前で割れた鏡の破片が
バラバラと崩れ落ちる。

先輩の姿はもう見えない。

私を引き戻した彼は機嫌良さげに
頭を撫でて初めて会った時と同じように
後ろ抱きにベッタリとくっついてくる。

生暖かくて荒い、彼の吐息が首にかかる。

体が震えて涙が止まらない。
動くことすらもできない。

「はぁっ…ひっ…」

彼の手が私の太腿からお腹、胸へと
身体を撫で上げていく。
彼の柔らかく熱い舌が耳を這いずる。

もう何もかもおしまいだ。


「泣かないで、マコちゃん。
泣いても意味ないよ。もう
どこにも出口はないんだから。」


彼は私の涙を舐め取り、
初めて会った時と全く同じ言葉を
耳元で囁いた。



「ねぇマコちゃん。
僕のお友達になってよ。」

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