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転校生

下校

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転校初日、免色くんは
ずっーと私のそばを離れなかった。
移動教室も、体育も、放課後まで、


本当に、ずっーーーーと。


着替えの時ですら更衣室の前で
私を待ち伏せて速攻で近づいてきたかと思うとすぐに手を繋いできた。

それ以外は1秒も離れる事はなかったし
なにを言っても私の手を握ったまま
無言でニコニコ微笑んでいた。

そして放課後。

6時間目の授業が終わった時
終始ダンマリだった彼が突然話しかけてきた。


「ねえ、僕…
君に学校案内してほしいなぁ…」


「え?…私が?」


私は内心かなり嫌だった。
けれど彼は転校生。何も知らない彼を
誰かが案内してあげなきゃいけない。

そう、誰かがやらないと…

私は深く深く溜息をついた。


「じゃあ、今から案内してあげるから…
せめて…手を離してくれる?」

それを聞いて彼はニッコリ笑った。

「うん!ありがと。マコちゃん」

彼は確かに『うん』と言った…
けれど案の定

免色くんが私の手を離すことはなく、
ベッタリと手を密着させて握りしめたままだった。


「校舎の端に特別教室があって…

校庭の横に部活棟と体育館。
プールは校舎とは別にあっちにあるの。」


私はまず校舎全体を見渡せる
新校舎の二階にある廊下の窓から
校舎全体の大まかな説明をした。

放課後の渡り廊下は既に電気が消され
夕日だけが差し込んでいる。

沈む日を受けながら免色くんは
窓から顔をのぞかせて校舎を見る。

「…そうなんだ。新校舎は広いね。
…あっちはなぁに?」

彼はプールの横にある
校庭の向こう側の古い建物を指差す。

「あれは旧校舎。立ち入り禁止だから
入っちゃダメだよ」

免色くんはちょっと驚いた顔をして
私の方を見たと思うと繋いだままの手を引いた。


「ねぇ。旧校舎に行こう。
僕、入ってみたい……ちょっと付き合ってよ…
 
行こ…大丈夫だから…」


免色くんは薄く微笑みながら手を引く。


「えっ…!?
今立ち入り禁止って言ったでしょ?!
やめようよ!怒られちゃうよ?!」

「旧校舎ダメ?」

「う、うん、ダメだよ
それに校舎の案内も終わってないし…
使わない旧校舎より新校舎の案内が先でしょ?」

そう諭しても免色くんは不満げだ。

「えー…行きたいなぁ…一緒に…」

「ダメだって!」

なんだか怖くなって私は彼を強く引き留める。そもそも何で旧校舎なんかに行きたいの??

「旧校舎は老朽化してて危ないから…
…ね?免色くん、やめとこうよ。」

免色くんは旧校舎を見ながら少し黙る。

「…うん。じゃあ今度にする。」

彼はちょっと残念そうな顔をしたけど、
大人しく私についてきた。
けれど新校舎を案内していても
彼は旧校舎に行きたがる。何度も何度も。

一体なんでなんだろう?

ちょっと気味が悪い…
もしかして、あの噂を知ってる人が
私に嫌がらせしてる?

けど…イタズラにしては随分と大規模だ。
私は頭を捻りながらも夕暮れの校舎内で
彼の離れない手を仕方なく引いて
ちゃんと校舎内を案内した。

「…もう大体案内したし、私帰るね。」

「……帰るの?」

免色くんは目を伏せると
繋いだままの私の手をギュッと握る。
繋がれぱなしになっている手は
汗でヌルヌルとしていて気持ちが悪い…

「マコちゃん…もっと一緒に…」

免色くんはそう言いながら
繋いだ私の手を両手で包み込んで揉む様に
いやらしい手つきで触れてくる。

「…っ!」

その柔らかくじっとりとした感触は
まるで大きなナメクジが
手にへばり付いて
這いずり廻っているみたいだった。

その不快感に顔が引き攣り鳥肌が立つ。


「っっ… ~!もっもう…帰るから!」


私は耐えられなくなって彼の手を振り払った。さっきまでガッチリと私を捕えていた
手は意外とあっけなく振り払われる。

「あ…」

手を振り払ったから怒るかと思ったけど
彼は少し悲しそうな顔をしただけで、
至って穏やかだった。

「じ…じゃあね!」

「…ぁ…ぁ、マコちゃん…」

彼はこの場から急いで立ち去ろうとする私の
シャツの袖を摘んでグッと引き留めた。
そのしつこさに眉間に皺が寄る。

けれど免色くんには
それが見えていないらしい。

「…まって。それならさ…一緒に帰ろう?」

「えっ…!!?
ほ、他の人を誘ったらいいよ…?
ほら、私以外とも仲良くしといた方が
いいし…」


私は彼と一緒に居るのが嫌だったし
一刻も早く逃げ出したくて、
苦し紛れにそう言った。

だが、もちろん彼はめげない。


「他の友達なんて、いらない。
マコちゃんと帰る。

マコちゃんじゃなきゃ嫌だ。」


彼は私の目を見つめながら
腕にしがみついてきた。 

シャツ越しに彼の指が二の腕に食い込み少し痛い。そして、彼はギョロギョロしたクマの酷い真っ暗な瞳で懇願する様にこちらをじっと見ている。

「………えっ…と」

一体、私の何が
そんなに気に入ったんだろう?
私…彼に何かしてあげたっけ??

正直…ちょっと彼が怖い。
いや、とても怖い。 

もう関わりたくない。


「ご…ごめんね!
今日は本当に急いでるから!あ…明日ね!」


私は彼を力任せに振り払い、
逃げる様に下校した。

免色くんは後ろで何か言ってたけど
私は振り向かずに校門へと全力で走った。

走る度に背負った通学鞄が
激しく背中を叩き、
お守りのストラップが跳ねる。

階段を駆け降りて下駄箱からローファーを
乱暴に取り出すとその勢いのまま、
踵を踏んで、門へと飛び出した。


「…ふう…」


門を出て一息つき、
すぐに校舎の方を振り返る。

…ついてきたりは…してない…。


「よかった…」


新校舎の玄関は喧騒に包まれていつも通りの光景が広がる。運動部の掛け声に吹奏楽部の演奏。そして夕日に照らされる新校舎。

それを見ながら安堵の溜息をついていると
背後から聞き覚えのある声がした。

「泉ー?何がよかったんだ?」


声の主は祈先輩だった。

いつも通りのヘラヘラした
人当たり良い笑顔を浮かべて、
今にも壊れそうな旧型の自転車を押しながらこちらに手を降り歩いてくる。

私はそれに駆け寄っていった。

「あっ先輩!!聞いてくださいよ!、
転校生の子がもう…私にベッタリで…」

「ほー?そうなのか?
モテる女は辛いな。はっはっはっ!」

祈先輩はそう笑いながら
当たり前のように私の鞄を取り上げると
自転車の籠に乗せた。

どうやら、
このまま歩いて一緒に下校しよう、
ということらしい。私は無言でそれを了承する。

「笑い事じゃないんです!!
勝手に手を繋いできたり
一日中くっついてくるんですよ!!!!

免色くん男の子なのに!!
ありえないですよね!ダメですよね!?」


「メンシキ?」


「あ、」


免色くんの奇行のせいですっかり
忘れてたけど"免色くん"って
昨日の怪談に出てきた名前と
同じ名前だったんだ。

「そうなんですよ!
免色くん、昨日の怪談と男の子と
全く同じ名前で…」

「…え、ああ…」

先輩はメンシキの名前を聞いた途端
顔は驚く程真っ青になり
声のトーンがガックリと落ちた。

オカルト好きの先輩なら
喜ぶと思ったのに。


「泉、冗談じゃないよな…?」


「当たり前じゃないですか!!
私は先輩と違って
そういう嘘はつきませんよ。」

「そう…だよなぁ…」

祈先輩はそのまま黙ってしまった。
顎に手を当て真っ青な顔で
考え事をしている。


「??先輩?大丈夫ですか?」

声を掛けると先輩は取り繕う様に話し出す。

「…っえ、ああ、大丈夫だ。
あー…そんなことよりさ!

今日、国語のゴリ松の鼻毛が1日中、
ずっと飛び出ててさー!
クラス中笑いこらえんてんの!

泉は見たか?ゴリ松の鼻毛!」


「ホントですか?気づかなかったなー」


「そりゃ勿体ないぜ泉!
めちゃ長い鼻毛だったのに!
マジで10センチはあった!」


その一言の後は、
私達はいつも通りのくだらない会話に戻り
田んぼに囲まれた通学路をのんびり歩く。

開けた真っ赤な空に
黄金色に染まった雲が伸ばされて
煌々と光っている。

目の前のデコボコした畦道には
私と先輩の影が長く伸びていた。

その影を見ていると
背後から歩いてくる人の影が
私達の足元にかかる。


あ。二人で並んでると邪魔だよね。


私達の歩く道は田んぼに挟まれ
とても狭い上に一本道だ。
私は後ろの人に道を譲ることにした。


「先輩、
もうちょっとそっち寄って下さいよ。」

「あ、わるい。狭かったか?」

「違くてほら、後ろが……」


私はチラッと後ろを振り返る。


祈先輩は振り返ると
不思議そうに首を傾げた。

「誰もいねぇけど…」

振り返ると確かに背後には誰もいなかった。
今まで歩いてきた一本の畦道が
真っ直ぐに伸びているだけだ。

「あれ…?」

辺りは開けているが
見回しても誰もいない。


「カカシかなんかじゃね?
行こ。腹減ったしさ。」

「そうですね。…見間違いかな…?」


変だなぁ…
確かに背後から誰か歩いてきてたのに。






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