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夜のプール
夜のプール 前
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この日の夜はとても爽やかで
星がよく見える良い夜だった。
肝試しをしたあの日と同じ様に。
「はぁ…」
私は旧校舎の屋上で
望遠鏡を覗き込みながら溜息をついた。
…部活に身が入らない。
放課後にあったことが気になって仕方がない。
免色くんが怖かったとはいえ…
あんな風に罵倒するなんて酷いし
完全に言い過ぎた…
しかも怪我までさせて逃げるなんて…
「はぁ…私って最っっっ低…。」
彼の哀しそうな目が、痛々しい傷が
脳裏に焼き付いて離れない。
「…怪我…大丈夫かな…
あの後、帰れたのかな…」
せめて逃げないで手を差し伸べれば良かった…
ちゃんと謝れば良かった…。
しかし天文学部の観測は帰宅してからの
8時集合。今から行ったところで
彼はもう学校にいないだろう。
屋上に冷たい風が吹く
もうすぐ夏だと言うのにまだ夜は肌寒い。
その冷たい風に乗ってきたのか
プールの塩素の匂いが鼻をくすぐった。
もうそんな季節なんだな…
ウチの学校のプールは校舎とは
別で建てられていて旧校舎の真横にある。
手すりに捕まって覗き込むと
プールに溜められた大量の水やベンチ、
競技用の飛び降り台などが見渡せる。
水は夜の空を映し墨汁の様に黒い。
プールを眺めていると
背後から祈先輩の声がした。
「泉?課題は終わったか?」
「あ、先輩。いや…それが全然…」
「…無理しなくていいからな。
今日は早めに終わろうぜ。」
祈先輩は優しく肩を叩いて
珍しく神妙な顔をした。彼なりに何かを感じ取っているのかもしれない。
「.……ありがとうございます。先輩。」
私はそう返した後もレポートを書く気にはなれなくて…屋上の柵から身を乗り出し
プールに目を戻した。
「え…??」
…飛び込み台の上に誰か立ってる。
ついさっきまで、人なんていなかったのに…
プールの飛び込み台は10メートルほどあり、
現在は事故多発の為、使用禁止だ。
「…夜に忍び込んでわざわざ飛び込み?」
私は望遠鏡ケースから簡易双眼鏡を取り出し
飛び込み台に立つ人影を見た。
…大きな学ランを着ていて背が低い。
長い髪がバツバツと色んなところで
切られたような独特なシルエット。
「ぇ…」
暗いけど間違いない。免色くんだ。
免色くんは飛び込み台の上で
いつも通り、制服の裾を引き摺りながら
のそのそと歩く。何でこんな所に??
「…何してるんだろ…」
不思議に思いながら見ていると
免色くんがぐるりとこちらを見て
口をパクパクと動かした。
そして次の瞬間
フッと彼は飛び込み台から落ちた。
「えっ!」
バシャと大きな音を立てて
彼は真っ暗なプールに沈む、
「……」
私は眼を見開いたままプールを見続けた。
けれどおかしな事に
彼が浮かんでくる事はない。
双眼鏡が手汗でじっとりと濡れていく。
……やっぱり彼は見えない。
じっとプールを見つめていても
黒い水面がゆらゆらと揺れるだけだった。
「……」
そんな時天文学部のみんなが私を呼んだ。
「おーい泉?みんな帰っちまうぞ?」
「マコちゃん早くー」
「え…あっ…はい!」
私は祈先輩とみんなに呼ばれて
後ろ髪を引かれながらも屋上を降りた。
みんなはワイワイと
談笑しながら正門まで歩く。
…あれはなんだったんだろう?
本当に免色くん?…だとすると何してたの?
なんでこんな時間にあんな場所に?
それに…私に向かって何か言ってた…?
こんな暗い時間に制服のまま飛び降りなんて危ないし…私がさせた怪我もあるのに…
大丈夫なのかな…
もしかして私が酷いことしたから
何か思い詰めた…とか…じゃないよね??
…いや、まさか…そんなわけない…
でも…彼には…私以外の人はいないだろうし…
小さな崖の下で血を流す彼が目に浮かんだ。
失望したようなあの眼差しも。
彼は確かに迷惑な人で怖かった。だけど…
たぶん悪意があったわけじゃない…
なのに私…恐怖に負けてあんな…。
さっき免色くんはきっと
私に恨み事を言っていたに違いない…
不安と罪悪感と疑問とがグルグルと脳を駆け巡って、さっきの口をパクパクとさせる免色くんと、彼の声が頭の中で繰り返される。
『酷いよマコちゃん。』
声なんか聞こえてなかったはずなのに…
罪悪感からなのか飛び込み台から彼が何度も私に向かってそう言っているのが
鮮明に頭に浮かぶ。
『酷いよマコちゃん。』『酷いよマコちゃん。』『酷いよマコちゃん。』『酷いよマコちゃん。』『君はあいつらと違う筈でしょ…?!』『君はあんなことしない!!』『証明して!!』『見捨てないで!!』
「…ぁ」
彼に会いに行かないと…
謝りに…行かないと…
「ね!マコちゃんだってそう思うよね!!」
「ぁ…ごめん聞いてなかった。」
京子ちゃんが何か話していたみたいだけど
彼の声が頭に響いていて聞こえなかった。
彼の事が気になって仕方がない。
やっぱり…せめてあの事を彼に謝るべきだ。
早く、今すぐに。
「もー最近マコちゃん変じゃない?
大丈夫?」
京子ちゃんは心配そうに眉を歪める。
…でも、私には彼女の心配を気に留めている余裕はなかった。
不思議なくらいに
彼が気になって気になって仕方がない。
おかしい…私はあんなに彼が怖いのに。
会ったら彼が怒って私に何かするかも…。
でも、会いに行かなきゃ…。
彼は私に会いにきて欲しがっている…
取り憑かれたように
そんな思いが湧いてくる。
「………忘れ物しちゃった。先帰ってて。」
私はみんなにそう告げて
すぐにプールへと走った。
星がよく見える良い夜だった。
肝試しをしたあの日と同じ様に。
「はぁ…」
私は旧校舎の屋上で
望遠鏡を覗き込みながら溜息をついた。
…部活に身が入らない。
放課後にあったことが気になって仕方がない。
免色くんが怖かったとはいえ…
あんな風に罵倒するなんて酷いし
完全に言い過ぎた…
しかも怪我までさせて逃げるなんて…
「はぁ…私って最っっっ低…。」
彼の哀しそうな目が、痛々しい傷が
脳裏に焼き付いて離れない。
「…怪我…大丈夫かな…
あの後、帰れたのかな…」
せめて逃げないで手を差し伸べれば良かった…
ちゃんと謝れば良かった…。
しかし天文学部の観測は帰宅してからの
8時集合。今から行ったところで
彼はもう学校にいないだろう。
屋上に冷たい風が吹く
もうすぐ夏だと言うのにまだ夜は肌寒い。
その冷たい風に乗ってきたのか
プールの塩素の匂いが鼻をくすぐった。
もうそんな季節なんだな…
ウチの学校のプールは校舎とは
別で建てられていて旧校舎の真横にある。
手すりに捕まって覗き込むと
プールに溜められた大量の水やベンチ、
競技用の飛び降り台などが見渡せる。
水は夜の空を映し墨汁の様に黒い。
プールを眺めていると
背後から祈先輩の声がした。
「泉?課題は終わったか?」
「あ、先輩。いや…それが全然…」
「…無理しなくていいからな。
今日は早めに終わろうぜ。」
祈先輩は優しく肩を叩いて
珍しく神妙な顔をした。彼なりに何かを感じ取っているのかもしれない。
「.……ありがとうございます。先輩。」
私はそう返した後もレポートを書く気にはなれなくて…屋上の柵から身を乗り出し
プールに目を戻した。
「え…??」
…飛び込み台の上に誰か立ってる。
ついさっきまで、人なんていなかったのに…
プールの飛び込み台は10メートルほどあり、
現在は事故多発の為、使用禁止だ。
「…夜に忍び込んでわざわざ飛び込み?」
私は望遠鏡ケースから簡易双眼鏡を取り出し
飛び込み台に立つ人影を見た。
…大きな学ランを着ていて背が低い。
長い髪がバツバツと色んなところで
切られたような独特なシルエット。
「ぇ…」
暗いけど間違いない。免色くんだ。
免色くんは飛び込み台の上で
いつも通り、制服の裾を引き摺りながら
のそのそと歩く。何でこんな所に??
「…何してるんだろ…」
不思議に思いながら見ていると
免色くんがぐるりとこちらを見て
口をパクパクと動かした。
そして次の瞬間
フッと彼は飛び込み台から落ちた。
「えっ!」
バシャと大きな音を立てて
彼は真っ暗なプールに沈む、
「……」
私は眼を見開いたままプールを見続けた。
けれどおかしな事に
彼が浮かんでくる事はない。
双眼鏡が手汗でじっとりと濡れていく。
……やっぱり彼は見えない。
じっとプールを見つめていても
黒い水面がゆらゆらと揺れるだけだった。
「……」
そんな時天文学部のみんなが私を呼んだ。
「おーい泉?みんな帰っちまうぞ?」
「マコちゃん早くー」
「え…あっ…はい!」
私は祈先輩とみんなに呼ばれて
後ろ髪を引かれながらも屋上を降りた。
みんなはワイワイと
談笑しながら正門まで歩く。
…あれはなんだったんだろう?
本当に免色くん?…だとすると何してたの?
なんでこんな時間にあんな場所に?
それに…私に向かって何か言ってた…?
こんな暗い時間に制服のまま飛び降りなんて危ないし…私がさせた怪我もあるのに…
大丈夫なのかな…
もしかして私が酷いことしたから
何か思い詰めた…とか…じゃないよね??
…いや、まさか…そんなわけない…
でも…彼には…私以外の人はいないだろうし…
小さな崖の下で血を流す彼が目に浮かんだ。
失望したようなあの眼差しも。
彼は確かに迷惑な人で怖かった。だけど…
たぶん悪意があったわけじゃない…
なのに私…恐怖に負けてあんな…。
さっき免色くんはきっと
私に恨み事を言っていたに違いない…
不安と罪悪感と疑問とがグルグルと脳を駆け巡って、さっきの口をパクパクとさせる免色くんと、彼の声が頭の中で繰り返される。
『酷いよマコちゃん。』
声なんか聞こえてなかったはずなのに…
罪悪感からなのか飛び込み台から彼が何度も私に向かってそう言っているのが
鮮明に頭に浮かぶ。
『酷いよマコちゃん。』『酷いよマコちゃん。』『酷いよマコちゃん。』『酷いよマコちゃん。』『君はあいつらと違う筈でしょ…?!』『君はあんなことしない!!』『証明して!!』『見捨てないで!!』
「…ぁ」
彼に会いに行かないと…
謝りに…行かないと…
「ね!マコちゃんだってそう思うよね!!」
「ぁ…ごめん聞いてなかった。」
京子ちゃんが何か話していたみたいだけど
彼の声が頭に響いていて聞こえなかった。
彼の事が気になって仕方がない。
やっぱり…せめてあの事を彼に謝るべきだ。
早く、今すぐに。
「もー最近マコちゃん変じゃない?
大丈夫?」
京子ちゃんは心配そうに眉を歪める。
…でも、私には彼女の心配を気に留めている余裕はなかった。
不思議なくらいに
彼が気になって気になって仕方がない。
おかしい…私はあんなに彼が怖いのに。
会ったら彼が怒って私に何かするかも…。
でも、会いに行かなきゃ…。
彼は私に会いにきて欲しがっている…
取り憑かれたように
そんな思いが湧いてくる。
「………忘れ物しちゃった。先帰ってて。」
私はみんなにそう告げて
すぐにプールへと走った。
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