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転校生
転校生
しおりを挟む翌朝。
私は教室でうとうとしながら
机に突っ伏してホームルームが
終わるのを待っていた。
こんなに眠いのはきっと、
昨夜、祈先輩とのお喋りが長引いたせいだ。
お喋りというか先輩のオカルト
マシンガントークに付き合っていたという方が正しいけれど。
青い空から教室に吹き抜ける風が
とても心地いい。
昨日は変な体験もしたけど…
まぁ…いつか高校生活の面白い思い出になるよね。そんなことを考えていると
意識の遠いところから担任の声がする。
「えー、来月にプール開きをするので
覚えておくように。
それと、大事なお知らせです。
私達のクラスに新しい仲間が増えました。」
先生がそう言うと
ガラッと教室前方のドアが開く音がした。
…転校生かぁ珍しいなぁ。
ボーッとそんなことを思いつつも
突っ伏した顔を組んだ腕の中に更に埋める。
転校生への興味より眠気が勝って
顔を上げる気になれなかった。
その転校生の名前を聞くまでは…
「えっーと彼は…
『免色 貞夫』くんです。」
先生が名前を言った瞬間
私は勢いよく顔を上げた。
「?!!…ぇ?」
…めんしき…さだお…????
昨日の怪談に出てきた男子生徒と
同じ名前だ…。
……偶然??
眉を寄せてその男子生徒を凝視する。
彼は酷い猫背で気弱な顔をした
いかにも暗そうな男の子だった。
小柄で細い体に大きすぎる古びた学ラン。
肩まで伸びた真っ黒な髪はボサボサで
所々ハサミで切られたかのように
跳ね回っている。
前髪も長く伸ばされ顔は殆ど見えない。
「…」
彼は教壇の上で
クラス中の視線を集めながら、
肩にかかった白いエナメル質の
スポーツバッグのベルトを
両手で握りしめて黙り込んだ。
かろうじて、長い前髪の隙間から
教室をギョロギョロと見回しているのが
わかる。その面持ちはとても暗い。
「………」
…?緊張してるのかな…??
そんな風に彼を見ていると…
彼のギョロリとした瞳と目が合った。
「ぁ……」
私が小さく声をあげると…
彼は目を見開いて、
口を大きくひしゃげ笑った。
顔から耳を真っ赤に染め上げ
じっとこちらを見つめて笑っている。
それは物凄く嬉しそうで
恍惚とした満面の笑みだった。
「ぇ…と…???」
?な…なに…??なんで私の方見てるの…?
こんなにしっかりと目が合っていても
彼は全く動じない。逸らすそぶりも全くみせない。
私と目を合わせたまま、
ずっーと笑っている。
「え…」
居た堪れなくなって
急いで彼から目を逸らす。
私が目を逸らしても彼はまだ
こちらをじっ…と見ている。
目を逸らしていても彼の
強くじっとりとした視線を肌に感じるのだ。
そのじっとりとした強烈な視線の中
彼の自己紹介が聞こえてくる。
か細く小さな声だったが、
その声は不思議なことに
脳に響く様に鮮明に聞こえた。
「め…免色 貞夫です。
お友達がとっても…
とーっても、欲しい…です。
仲良くしてください。
よろしく…お願いします。」
…偶然だよね…偶然に決まってる…。
『免色貞夫』なんて、そんなに…
いや…ちょっと珍しいけれど
同姓同名だってあり得ない話じゃない。
幽霊だっていう方がありえない。
眼だって合うこともあるよ…!
きっと彼は
私の自慢の極太眉毛を見てたのよ!!
たぶん…
私の困惑も知らず、
担任はホームルームを続けた。
「お前ら、仲良くしろよー。
えっと…免色の席は…」
先生は教室を見渡すと
私の横を指差した。
「お、泉の横が空いてるな。
免色くん。泉はそこのポニーテールに
白リボンの子だ。困ったらあの子になんでも聞きなさい。」
「え…」
泉は私だ。泉マコ。
担任に思いっきり転校生の
世話を押し付けられてしまった。
しかも、この奇妙な転校生の…。
免色くんはズボンの裾を引き摺りながら
私の前まで歩いて来ると
「な…仲良くしようね…マコちゃん。」
と微笑みながら会釈をして
私の隣の席に腰をかけた。彼が会釈した時。
鉄っぽい生臭い匂いと、
季節外れの金木犀の香りが混じった
変な匂いがした。
不思議に思って彼の顔を覗き込むと、額に
柘榴の様に抉れた大きく深い傷が見える…
私は鉄っぽい生臭さと
彼の長い前髪の理由に納得した。
「うん。よろしく。
わからない事あったらなんでも聞いてね」
…怪我してるのかな…
それとも皮膚病とか…かな…??
気にはなるけど
あんまりジロジロ見るのも失礼だ。
私は彼を見るのをやめ
机の横に掛かった通学カバンから
一限目の教科書とノートを取り出す。
そこでふと手が止まった。
「…あれ?隣の席って空いてたっけ?…」
私の席は廊下側、右端の列の真ん中。
その左が空いてるって…
そんな中途半端な所…
「あの…」
思考を遮って
免色くんが声をかけてきた。
「あの。教科書、一緒に見たいな…」
そう言って、彼は私の返答は聞かず
机をピッタリとつけてきた。
大人しそうな態度とは裏腹に
グイグイくるタイプなんだなぁ…。
少し意外だ。
転校生に教科書を
見せないわけにはいかないし、
どんな人にも親切に振る舞うべきだよね。
断る理由はなかった。
「うん。良いよ、
ここの第三問からなんだけど
前の学校でやった?」
私は机をまたぐ様に
教科書を開いて置いた。
「…………」
彼はお礼を言う訳でもなく、
質問に答える訳でもなく、
嬉しそうに笑って
私に身体を密着させてきた。
「…ん…??」
…近い。すごく近い。
肩と肩がべったりと触れ合っていて
ぬるく温かい彼の体温が移ってくる
…ちょっと…気持ち悪い…。
じわりと変な汗が背中を濡らした。
「あの…免色くん。近いよ?
肩当たってるし…もうちょっと離れよ?」
「…」
免色くんはチラッと私の方を見たけど
少し不満そうな顔をしただけで
何も言わない。離れるそぶりも一切見せない。
「離れて欲しいんだけど…」
「…」
免色くんは私を見つめてるし、
絶対に聞こえてる。でも離れない。
なんだろう…
…なんで離れてくれないの?この人…
私はなんとも言えない気味の悪さに
作り笑顔を引き攣らせ、
少し強めに注意してみた。
「離れてってば…!」
「……」
少しの間の沈黙の後、
「…………やだ。サミシイ。」
彼はちょっと不満そうにそう呟くと
私の身体に更に身を寄せて
腕を組んできた。
「ぁっ…ちょっとっ…?!ひゃ…」
そのまま彼の手は私の腕の内側を撫でると
その骨張った細い指で私の指の間をズルリと舐めて手を絡め取った。
「ひっ…!?え…な…何して…」
全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つ。
免色くんは黙ったまま
生温く、手汗でじっとりと濡れた手で
優しく私の手を握った。
クチュっと気持ち悪い水音がして
免色くんの手が私の手に
ピッタリと密着する。
「…っぇ!!?ちょっ!?離して…!?」
「……」
もう一度注意しても、彼はまたダンマリ。
無理矢理振り払おうともしたけど…
彼は見た目に反して、とても力が強く
手はビクともしなかった。
押しても、引いても、何をしても
私の手をギュッと握ったまま…
話しかけても黙っている。
…??ええ…?な…何なの…??!!
この人…怖い…!!
七不思議のお話に出て来る人と
同じ名前、とかそれ以前の問題…!
どうしよう…?!先生に言う?
でも、授業中だし…
「…。」
涙目になりながら狼狽えていると
彼は更に距離を詰める。
「…まっ…待ってよ…免色くん!!?」
避けようとしても
反対は壁でもう避けられない。
思い切り眉間に皺を寄せ
涙目になっている私を無視して、
彼は紅潮した顔を近づける。
「ねぇ…あ…あのね。
僕とマコちゃんは
仲良しになれると思うんだ。」
彼の息は荒く
繋いでいる手は震えていて
熱く、手汗で濡れている…
…なに?本当になんなの?この人…
怖いよ…
「え…と…免色くん…??…近いよ…?、?」
動揺しながらも彼の血走った目を見ると
彼は私を熱っぽく見つめている。
「と…友達に…ううん、友達以上…
親友になれる。絶対にそうだ…
君も…そう思うでしょ?」
免色くんは黒く澱んだ瞳を細める。
私はその言葉に声が出ない…。
彼は空いた方の手を
私の太腿の付け根の辺りに置いた。
ゾワゾワとした恐怖が身体を支配する。
「大丈夫…怖がらないで…ね?
…仲良くしよ…?」
「………」
その細められた深淵の様な瞳に
私は何も言えなかった。
ーーーーーーーーーーーーー
…その後も恐怖にめげず何度か
注意したものの彼の異常な距離感は
全く改善されなかった。
先生に言っても、
『仲良くしたいだけだろ?気にしすぎだ』
なんて言われて…。
もうどうしようもない…
仕方なく私は免色くんを気にするのは
やめて授業を受けることにした。
彼は私が嫌がるのを楽しんでるのかも。
しかし、無視していても
授業中ニコニコベタベタ…。
他のみんなは気づいてないの?
みんなも何とか言ってほしい…!
流石に免色くんの
距離は近過ぎだと思うよね??異常だよね?
と思ったけれど…
周りを見ても誰も彼の行動を
気にしている人はいなかった。
後ろの席の京子ちゃんも、先生達も、
まるで彼が見えていないみたいだった…。
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