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逆行のリンガ
しおりを挟む私へ。
目が覚めたならこの日記を読んで欲しい。
私の名前はリンガ、それだけは憶えているだろう?
必ず決まった時間に『目を覚ます』
そして、じりじりと老いていく事に気が付いて焦っている頃合いだろう。
そういう頃合いにはきっと目につくように、この日記は机の上に目立つ様に置く事を、忘れないようにして欲しい。
さて。
まず初めに、私が感じた直感はほぼ正しい、という事を伝えておこう。
かつてこの世界には……数々の禁忌と呼ばれる事象があった。過去形だ、すでにそういった天井は存在しない。禁忌という見えざる天意は取り払われている。
もはや、この世は全てが自由だ。
それは、喜ばしい事であると断じるのは危険だと云えるだろう。
自由の本質を知る者、あるいは、果てがある事の理由を知る者は、恐らく即座という程に事の重大さに気付くはずだ。
だが、その『重大さ』を総てが共有する必要が無い事にもまた、気が付くに違いない。それは、つまりその『重大』なこの世界の真実は――――
知り得た者だけが知っていればそれで、事足りる。
そういう風に出来ているのだ。
さぁ、この話はここで終わりだ。後の事は、いや……先の事だろうか?
どうしてそうなるか、などと云う事など語り倒す必要も無い。
私には時間が無さ過ぎるというのに、その癖に無限でもある。この矛盾すら許すこの世界で、限られた時間で、永劫と探し続けなければならない事が私には在る。
基礎概念はこれから、簡潔に書き記そう。基礎がなっていなければ話は前に進んで行かないのだ。私の時間は極めて有限であるからして、理解は直感で行っていく必要が有る。
有限だが無限に繰り返される、だからこそ時短の工夫が出来るというもの。
先に難しい概念を一つ唱えて置くとすれば、今この世界のトビラは開かれている。
その事は極めて専門的な言葉で『三つ首竜の許しを得た』と言うのだがこれは、所謂魔導師的な隠喩だというが、定かではない。
案外まっとうな事実である事も、一つの可能性として留意しながら私は、私の目的の為にこの日記を綴っていかねばならない。
ところで私は、今はそんな事よりもまず知っておきたい事がある……という思いでこの日記を読んでいるはずだ。なので、結論から先に書こう。
私は必ず決まった時間に目を覚まし、決まった時間に年老いて死ぬ。
死んだ先から生き返りまた、朝の決まった時間に自分がリンガである事を思い出す
そういう存在を永久と繰り返す、そういう存在だ。
割り切りが大切である。残念ながら、そういう存在であると今は飲み込んで貰う他無い。
そう、そういう事を否定する根拠が無い事は先に述べた通りだ。残念な事に私はあの『重大さ』とやらに気付いてしまった側の存在で自らが、そういう理不尽な存在をするに至っている。
故に、だ。
どうしてそうなってしまったかという因果も書いて置こう。
まだ、世界に禁忌というものが存在した時に『そう云うもの』に手を出したのだろう。
だがしかし、具体的に何をしたのかは、この日記のもっと先の方に書いてあるはずだ。もしかすればまだ到達していない可能性もある。なぜなら、日記の冒頭を書いている現在においては、具体的な原因を究明するには至っていないからだ。
ともすれば、大体この先の事が分かって来る事だろう。
原因を調べると云う事は、その因果を解いて現状を変えようとしているという事でもある。いや、変えねばなるまい。原因を突き止め、現状を変えなければずっとこのまま、奇妙極まりない存在を繰り返すだけなのだから。
*** *** ***
そこで私は一旦、日記を閉じて思考する。
状況は、大体理解をした。残念ながら記憶が持ち越せない、持ち越せているのなら状況はもっと先に進んでいる筈であると推測する……日記の表紙には手書きで、小さな四角が沢山並んでいたが、直感で感じるならこれは、数だ。
日記の冒頭に直感はほぼ当っていると書いてある。記憶は持ち越せない、しかし私には備わった直感があり、これは極めて優れている。
間違いない、私は刻一刻と年老いていく。すでに身長が倍近く伸びている。もちろん成長する栄養は必要とする様で常に腹が減っていて、それを全て見越してある様でテーブルには菓子や水差しが用意されていて、今もクッキーを貪りながら私は色々と考えている。
このペースであるなら確実に、陽が沈んだあと老衰で死ぬだろう。そしてまた明日何故か同じ時間に『目を覚ます』……
日記の表紙に刻まれた四角は日数だというならもう、こうなって随分長いと言う事だ。
日記はいくつかの目次が付いていて、気になったところだけを拾い読める様に何度も、何度も整理したのが分かる。
記録を付け始めて分かる範囲ですでに、一世紀近くが立っているという予測が書いてある。だがあくまで予測であり、残念ながら何時からこういう存在になったのかは定かではない様だ。
今は家屋を得て、明日目を覚ます自分に向けて日記が用意されているが、そもそもこういう呪いに身を蝕まれている事を理解するにもかなりの年数を掛けた様だ。
残念ながら死因は老衰に限らない。
生まれて間もなく運が無ければ獣のエサとなる事もあるし、数時間で成長する人間を気味悪がられて、最悪殺されてしまうという事もある。
だがしかし、必ずもう一度この世界に生を受けてしまう。しかもその条件が悪辣で、死んだ残骸からと『決まっている』。
一度獣の餌食にされると循環を抜け出すのはなかなか難しいらしい。人間に捕らえられるのも同じくで、最終的に魔導師に売り飛ばされてかなりの年数、牢の中で過ごした事もあった様だ。
ともすれば、記憶を持ちこさないのは幸いな事か。
私は即座思考を切り替えた。
そう、時間は無い。幸いであった、などと感傷に浸っているヒマは無いのだ。
私は、この私の、呪われた存在を止めたい。
記憶が持ち越さないとしても、だ。その考えはどこか一貫してあるからこそ今、ここにこの日記が残されている。
その為に今、この場所を得た。この、魔王の庭と呼ばれる特異な森に居住を与えられ、必要な物資も求めれば与えられている境遇を得るに至った。
破格の待遇だ、ようやくここに来て日記を纏める作業が出来、様々な理解が進んでいる。
午前中はどうしたって日記を読むのに費やすであろうと書いてある。ともすれば老いがすすんだ頃合いからが私の研究が最も進む時間になるだろう。
この庭に住む為に、庭の管理者達が求めるならば協力する約束も交わしているらしい。昼一番にはそういう用事が来ることもあるらしく、私の状況は理解したうえでの協力要請であろうから断らない様に、という注意書きがあった。
時間は無い。だがしかし、焦る必要が無い事は午前中の内に理解した。
身長は伸びきって、血気盛んな頃合いが過ぎ去って私の精神も少し落ち着く頃合いなのだろう。
*** *** ***
扉を叩く音に、私は鋭く誰かと問うていた。
「失礼しますリンガ殿。私は、ジャン・ジャスティと言います」
日記を捲る、そのような人が居る事は日記に書いて無い……が、住人が増減する事はあるという。ともすれば、私がこの日記に彼の事を書かねばなるまいか。
「何か用かな」
「まだお会いした事が無かったのでご挨拶にと」
彼は一人の様だ、集団では無いならレギオンではないだろうしそもそもレギオンなら挨拶になど来ないだろう。かといってフリードの部下とも考えられない、彼の部下が一々私に挨拶に来ることは無い、と日記に書いてある。
と言う事は……八人目か。
いずれ八人目が来るだろう、と予言めいたメモが走り書きされているのを目にして私は席を立ち、扉の閂を開けて彼を招き入れてやった。
薄暗い私の住処に、眩しい昼の光があふれかえる。その光をさえぎって黒々とした影を落とす男を私は見下ろし、ようやく目が慣れて随分若い男と理解して部屋に入る様に動作で伝える。
礼儀正しい男だ、軽く一礼して扉を閉めて部屋に入り、許しがあるまでそこから動く気配が無い。私は椅子の一つを指してやらなければならなかった。
「すまないが時間が惜しい、テーブルのものは勝手に手に取って貰って構わないから好きに寛いでくれ」
「では、お言葉に甘えて」
遠慮する事が時に無礼に当たる事を知っている、優雅な身の熟しだと私の直感が言っている。
記憶の、引継ぎは無い。しかし誰に教わるでもなく私は文字が読めるし、西方貴族言語まで使って文章を作る事が出来る程度には知識がある。
引き継がれないのは……そう、目が覚めた後の私自身の記憶のみ。
目が覚めた時、私は大凡成人前くらいに成っていると日記に記されている。
恐らくその時何か禁忌であった事に手を出して、呪われて、以後こういう存在になってしまったのだろう。
「西方人の様だ、珍しい客人と云えるのではないか」
私の推理を、その通りである事をジャンは素直に認めて、素直に驚いているかな。
「ここの連中は北と東の者が多いらしい」
「フリードは、」
「彼は北東人だし、出身を言えば東だ、そこからおのぼりしたに過ぎない。……レッド殿は南方人だ、いや……だった、というのが正しい様だ。ただし魔導師の肩書の通り殆ど東で育ったようなものらしい」
「それは初耳です、てっきり遠東方人(イシュターラー)だと思っていました」
「よく間違えられると言っていたな」
私は早速、どうやら庭に新しく居付いたらしい青年の事を日記に書きながら話を続ける。
「それでジャン殿は、私に挨拶だけをしに来たのだろうか?」
「リンガ殿の事はピーター女史にお聞きしました。ある程度は理解してここに来ている、と思います」
「ふむ」
無駄な事を解説するに話す必要は無い、と言いたい訳だな。私にとって時間がいかに大切なものであるのか、という事を彼はピーターから教授されて私に会いに来たというワケだ。
「いずれ会った時に、余計な時間を掛ける事が無いように……一度顔を出しておくべきだ、と言われました」
「成る程、それは在り難い配慮だ。彼女がこの庭に来てから色々と、効率が良くて助かっておる」
というのも、日記に書いてある事なのだが。
「それで、君はこの庭の新しい住人という事なのだろうが……随分毛色の違うモノが来たという感想を素直に述べてよいかね」
「やっぱりちょっと珍しいのでしょうか」
「外ツラばかり礼儀正しい連中か、悪人らしい悪人ばかりが集う所だろう、ここは」
「はぁ、」
なんとも不安そうな声を出す。実際、この人のよさそうな青年は……悪の庭に招致されてしまうような悪人にはどうも見えない。
「それを言ったらリンガ殿だって、その……見ていて、なんともその、不思議ではあるのですが」
私をずっと観察していれば、随分面白いものが見れるだろう事はもはや理解している。
私は、刻一刻と老いていくのだ。
一日の内に人の一生を終えるのだから、陽が傾き始めればあとは……段々と、文字通り老けていくに違いない。一日鏡を見て、自分のその呪われた生を眺めて見た事もあるらしい。
我ながら気味の悪い事だと思った、と日記に書いてある。
自分でそう感じるのなら他人はどうか?きっと、おぞましいものを見ていると感じる事だろう。しかし、彼はそういう思いを必死に隠して取り繕っている、そういう風では無いな。なんだろうか、本当に純粋に不思議だと思っているのかもしれない。
無邪気、という直感が浮かぶ。
日記に走り書いて置く。
「すみません、本当は見られたくなかったのでしょうか」
「まぁな、普段はほれ、あそこにあるローブで姿を隠している。人並みの感情を持つからこそ、他人に不快感を与えるべきではないと思ってしまう。しかし、君は私の事をピーターから聞いた知識でしか知り得て居ないなら、理解してもらうためにも見てもらった方が納得が行くだろう」
いつしか、口が回らなくなり始めたのを感じる。老いで口調が変わってしまうのは、口周りの筋肉の衰えが始まるかららしい。
ジャンは、小さくうなずいてから先ほどとどめた言葉を改めて続けた様だ。
「リンガ殿は、悪人の様には見えません」
「いやいや、若人よ、」
私の思考はすでに、40年を過ぎた円熟した大人のものになっていて何故か自然とそのように紡がれていた。
「善悪というのは自らで決めるものでは無いのでな」
「……」
何か引っかかりがある様だ。構わず、私は続けた。
「結局他の誰かから見てどうであるのか、というのが善悪というものだ」
「そう、でしょうか?」
「そうだとも。私はこの通り、完全に普通とは違う。その日のうちに年老いて死ぬ、その変化があまりにもはっきりと見えてしまって誰もがこれを最終的には恐れる。極めつけには、次の日にまた生まれ出て滅ぶ事も無く永遠と生きている。誰も、私も、この呪いを開放出来ずにいてな……私は恐るべき呪われた不死者として、れっきとした『悪しき』ものなのだ」
「貴方はその生を望んでおられるのでしょうか?」
「いいや」
私は首を振り、分厚い日記を彼に向けて指し示して応えた。
「恐らくは望んではいなかったろう。しかし、こうなったに至る、相応しい悪事を働いた事は間違いが無いのだろうと思っておるよ。これはその罰なのであろう、」
それで君は、何を『働いた』のだと尋ねていた。
ジャンは小さくため息をついてから……首を横に振った様である。
「私は……この庭に、斬るべき悪が居ると聞いて来た者です。私自分が悪人であるという自覚はありません、逆です。私は正義として世にある悪を滅ぼす者です」
閉じていた日記を私は、急いで開いて今聞いた事を急ぎ書き留める。そうしながら言った。
「おもしろい、君は正義を働いたのか」
「それが職務、として……育ちましたし、そうあるべきが私という存在ですので」
「信じているのか。まぁ、信じておるからそういう事をそこまで真っ直ぐ言うのだろうな……これは、おもしろい」
「私は正直、面白くは無いんですよ、」
ふむ、すでにジャンはこの庭に来て随分立っているのかもしれない。少なくとも正義を自らの主体性として信じて疑って来なかった者が、その正義の在り方に何か疑問のような傷を得はじめてしまった、そんな所か。そして、自分という存在に傷がつく事すら想定出来ておらず、傷がつく事を『おもしろくはない』と言っている訳だな。
まぁ、おもしろくはあるまいな。そういう事を面白がる私はやはり、どこか悪たる素質があるのだと思う。
「いや失礼、馬鹿にされていると思ったのならその時は、君のその正義で私を斬り捨ててもらっても構わないのだよ」
「感情論です、感情で善悪を判じる事を私はしないと決めています」
「それはまた随分な物を背負わされている様だが。成る程、だがしかしねジャン殿、私の価値観で言えば善悪とはそういう彼岸のこちらとむこうなのだ。そしてこの庭に悪として集った我々は、君のその正義に斬り捨てられても何も言い訳をしないだろう。正義の鉄槌を受けるに値する存在と、自らを認めている者こそがここに集まって来てしまっているのだ」
そして、そういう物理的な干渉をどこか望んでいる。
私だってそうだ、私だって……自らで、自らの正しい『滅び』を得るために毎日必死になって死んで生き返っているけれども、目を覚ます明日が来ない事を、他人によって解決されるならそれに越したことは無い。本気で、そう思っているのだよ。
他人から解決されたならどれだけ良いだろうかと、我々悪を自覚する者達はそんな事を甘美に夢見ているものだろうと私は、直感で思う。
日記をめくった。
目を覚まさない明日を迎えるために、今までどういった事を試したかという記録の日記だ。そう、そこにはまず第一に書いてある。
自らを獣に食わせる事。失敗。
人に恐れられて殺してもらう事。失敗。
灰になるまで燃やしてもらう事。失敗。
再び生まれてすぐに踏みつぶしてもらう事。失敗。
研究者に身を委ね、ありとあらゆる方法を試してもらう事。失敗
:
:
:
ありとあらゆる、他人に解決を任せた記録がずっと続く。そうして結局どうにもならないと知って、今は自分で自分を消す方法を探っている所だ。
勿論、自ら死んでみる事。なども失敗に終わっている。
今まで、試しに試したあらゆる方法が書いてあった。死ぬ方法、手段、魔法の類の小細工から禁忌類の魔法まで。特に禁忌魔法に手を出したことで恐らくこうなったのだろうから、再び使えば元に戻るのかと期待を寄せて色々試したがさっぱり上手く行かない。
それはどうやらいつの間にか、世界においてそれらは禁忌でもなんでもなくなってしまっているからだ、という事に気が付いた時の絶望たるや、その絶望だけで死んで無くなれるのではないかとも思ったがそんなことも無く。
私は次の日に目を覚ます。
「私、という存在については理解が行ったかね」
ジャンは、少し暗い顔をしているな。それは、理解出来たと言う事なのだろう。
「貴方も、自らの消滅を願っている存在、なのですね。……この庭の王と同じく」
「いや?王が消滅を願っているかどうかはわからんぞ、あの方はそういう事にはもはやどうでも良いとお答えになるはずだ」
虚を突かれたようにジャンが顔を上げた。窓の隙間から指す、傾いた陽の光が彼の顔を照らす。
「しかしこの庭に集う連中は消滅させる事を願っておるのだろうよ、だから私によって私が求める解を得られるのであれば、それはこの魔王の庭の在り方にも一つの波紋を投げ入れられるだろうと望まれてここに居る。私にとってもその方が、明日が来ない為の研究が捗るという事もある。即ち……利害一致じゃ」
もう、大分私は老いて来た様だ。
「逆もしかりでな」
「……逆?」
「そう、逆に、じゃ。あの庭の王が何らかの方法で消える日が来るのなら、それと同じ方法で私の明日も来なくなるだろう」
すっかり骨と皮ばかりになろうとする指を広げ、私は差しこむ夕日を掬い上げる様にしてジャンへと、手を伸ばす様に掲げる。
「君の剣があのお方に届くのならば、その時は是非私にもその剣が欲しいものだ。そしてその為になら、喜んで君の望む悪へと進むだろう。私たちは、そういうどうしようもない悪党なのだと思うよ」
ジャンは再び肩を落とし、陽の光の届かぬ所に顔を埋めて呟いた。
「よくわかりませんが、死にたい者を殺すのは正義たる行いでは無いと思っています」
「ふふ、そうか。では今の話は君にすべきでは無かったな」
私は嗤って、骨ばっていく指を組み合わせる。
「だが、その様に我々は安易に他人任せに、命を投げ出すだろう。無責任に、他人を容易く巻き込んで自分勝手に振る舞い世界に仇名す。君は、そういうものを見つけ出して斬るのではないのか」
「……」
「君の基準では実に悪しき存在として、そういうものは斬るべき対象となるはずだ。しかしその心が自らの滅びであったのなら?途端、君の剣は鈍るのかね?」
「いえ、その時は」
迷いなく斬ります。
ジャンが、瞳だけ私に向けてそう告げた。そこに迷いは無い様だ。彼の中では……死を望む者を斬る事は正義では無いとして、その為に悪を働く場合は斬るべき事が優先される訳だな。
なんとも、素晴らしく魅力的な正義であろうか。成る程これはこの庭にあるべきモノだ。
恐らく、ずっと待ち望んでいた者なのだろう。
きっと、8人目が来るだろう。
日記に書いてある。
この悪の庭に人は増えるだろう、とは書いて無い。予言されていたのは8人目の彼なのだ。
ともすればこの、悪の集う王の庭はようやく私の様に、午後の光が差し込んでいるのかもしれない。
「……さて、陽が大分傾いて来た。私はこれから自分の時間としているのだが、」
「失礼、思っていたより長居をしてしまったようだ、」
「いや、それは構わないよ。今日はこれから君の事を日記に書こう、有意義な時間だった」
「ならば良いのですが」
勿論だ、と言う様に私は微笑み、彼に握手を求め彼は素直にそれに応じてくれた。
目の前であっという間に枯れて行った不気味な男に、何も迷いもなく触れてくれた人はそう多くは無く、そういう意味で大変好感の持てる人物だと直感が言っている。
「ああ、ついでに一つお使いを頼んでも良いかね」
「勿論です、どういった御用でしょうか」
「君は良い人だねぇ、私はこの通り引きこもっている事が多いから……もし君がヒマをしていたらで良い。2精(二週間)に一度くらいで顔を出して庭の近況など教えてもらえると助かるのだが」
「喜んでお受けしましょう、」
私は紙に、素早くお使いを書き記してジャンに渡した。
「フリードの物資調達部にこれを渡して欲しい」
*** *** ***
走り書きをしたメモを纏めて私は、日記に8人目の項目を加えた。手が震える、段々と限界に近いが、筆は良く走った。
ジャンと定期的に会う約束も取り決めた事だからとりあえず、今日の私の仕事としてはこれで良いだろう。また、何か進展があれば明日以降の私がここに文章を連ねていくはずだ。
椅子に深く座る、もはや立ち上がれないので今日はここで朽ちるしかない様だ。
本当はベッドの上に移動した方が良いのだが……今までの経験、石の床の上で何度も生まれて朽ちるを繰り返したことだってあるのだ。上等なモノではないか。
筆を置く、日記を、机の中央へなんとか押しやって……。
私の今日がまた終わった。
終わり
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作業の隙間があったので手直し更新少し再開。連休中に二話、あとは一週間一編月曜更新で。話は多少前後する事もありますが、比較的起った順番になっています。
こちらも『異世界創造NOSYUYOトビラ』後の話(8期後半)なので後日譚の一種ですが、トビラに向けてのネタバレはあまり無い方です。同世界シリーズの一つなので、説話は色々と重複します。
更新が一番早いのはエブリスタになるので気になる方はこちらへどうぞ
https://estar.jp/creator_tool/novels/25065679
こちらも『異世界創造NOSYUYOトビラ』後の話(8期後半)なので後日譚の一種ですが、トビラに向けてのネタバレはあまり無い方です。同世界シリーズの一つなので、説話は色々と重複します。
更新が一番早いのはエブリスタになるので気になる方はこちらへどうぞ
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